第45話 母娘の見送り
国立科学博物館の用事を済ませ、ついでだからと上野公園を散策し、上野東照宮や清水観音堂を参拝し、昼食は線路のガード下のカレー専門店でカツカレーを食べる。
「あぁ、私はそろそろお暇しないと―。」
と、霧積博士が言う。
「JAXAの筑波宇宙センターですと、常磐線回りだと荒川沖で下車して、バスに乗り換えですね。」
ルナは1度だけ、糸川教授と一緒にJAXA筑波宇宙センターに行った事があるが、JAXA筑波宇宙センターは、つくばエクスプレス線のつくば駅と、常磐線の荒川沖駅の中間にあり、行きはつくばエクスプレス、帰りは常磐線に乗った。
「えっ?違うわよ。土浦まで行って、土浦から筑波鉄道よ。」
霧積博士が言うが、筑波鉄道は確かに土浦から筑波山の麓を通って水戸線の岩瀬までを結んでいたが、とっくの昔に廃線となり、廃線跡はサイクリングロードになっている。
どうやら、霧積博士が務める筑波山観測所は、JAXA筑波宇宙センターとは違う場所にあるらしい。
霧積博士と上野駅の中央改札口で別れると、ルナは無断欠勤してしまった朝のバイトの埋め合わせをしようと、塾がある月曜日であるが、塾を欠席した上で、午後のバイトに出勤したい旨をバイト先に連絡しようとしたが、アイルと里緒菜が浅草へ帰る前に浅草寺にも行きたいと言い、ルナも一緒に来て欲しいと言う。
「朝のバイトを無断欠勤してしまいました。その埋め合わせを―。」
「そのために塾を欠席とは―。貴方は朝、何と言い訳しました?朝、風邪を引いたと言ったのに、午後、何食わぬ顔でバイトに行くというのは―。それに、朝、風邪を引いたのに塾に行くというのもねぇ―。」
アイルがニヤリと笑いながら言うのに、(誰のせいだと思ってる!)と怒鳴りたくなった。里緒菜や人目が無ければ、今頃、アイルの顔を滅茶苦茶に切り刻んで、隅田川か東京湾に沈めて魚の餌にしてしまっただろう。
ルナは結局、押し切られる形になって塾まで仮病で休んで、アイルと里緒菜に付き合う。
地下鉄銀座線で浅草まで行き、浅草駅から雷門まで歩き、里緒菜はアイルとルナの記念写真を撮影する。カメラはタブレット端末の物だった。
アイルの世界観から、タブレット端末と言う物を所持しているとは思えなかっただけに、ルナは不思議に思う。
(タブレット端末は開発されている?それだけの技術が進んだ世界であるのに、なぜ、ハッブル宇宙望遠鏡やスペースシャトルが無いのだ?)
ルナは首を傾げる。
雷門から仲見世通りで食べ歩きする。
行き交う人は和服姿で、外国人観光客の姿は殆どない。ルナの着ている服でさえ、和服だ。
「お二人さん。こちらを向いて。」
里緒菜に言われて振り返るとその瞬間、里緒菜がまた、タブレット端末で写真を撮る。
「二人仲良く、人形焼きを食べる様子を、お父様に送って差し上げます。」
「後で印刷してくださいな。」
アイルが微笑む。
浅草寺と浅草神社に参拝した後、更に追加で待乳山聖天に行こうと言われるのではとルナは思ったが、流石にそれは無かったので少し安心した。
アイルと里緒菜が帰る列車の時間が迫って来た。
二人は浅草駅を16時に出る特急で栃木に帰ると言う。
「出来れば、ルナも一緒に栃木に来て欲しいですわ。」
アイルは微笑むが、やはりその微笑みはブラックホールのようにどす黒い。
「16時の特急と言うと―。特急「スペーシアきぬ139号」ですね。」
ルナは一瞬考えて言う。
「私は栃木の実家に寄ってから、下今市に帰ります。」
アイルは微笑む。
「本当に、私と一緒に住みましょう!どうせ、結婚するのですから私達!」
「そうですね―。前向きに検討させていただきます。」
ルナは社交辞令でそう答えた。
浅草駅まで歩き、ルナは入場券を買って、ホームに入る。
(アイルさんの世界で100系スペーシアは、1720型デラックスロマンスカーに化けるよな。)
ルナは思いながらホームに入るとやはり、1720型デラックスロマンスカーが停まっていた。
(帰り、上野駅に行こう。昨日と同じ事になっているなら大変な事になるぞ。)
そんな事を考えながらホームを歩き、里緒菜とアイルが乗る2号車の乗車口に来た。
「この記録と論文は、お父様に渡します。」
アイルが言う。
「よろしくお願いします。アイルさんのお父様とも近いうちにお話ししたく思います。」
「それは、この記録と論文、特に、論文の感想についてですね。」
アイルはニヤリと笑う。相変わらず、その微笑みを浮かべる顔は触れたら切られてしまいそうだ。
「それより先に、霧積博士が何か言うかもですわ。」
里緒菜も微笑みながら言い、「私もオーロラ爆発の記録とこの論文に興味があります。」と言う。
「申し訳ありませんが、この論文はアイルさんのお父様以外に見せたくない物なのです。なので―。」
ルナは項垂れる。
「分かりました。しかし、もし旦那が良いと言った場合、見ますがそれでも良いですか?」
「その場合は―。良いです。」
一瞬迷ったが良いと言った時、発車ベルが鳴り始めた。
アイルはルナの項を引き寄せ、頬に唇を当てる。
「では、また会いましょう。」
アイルは言いながら、列車に乗った。




