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第42話 手紙の行く末

 穴あけパンチと、100均のファイルでレポートをまとめる。

 印刷に使ったのも100均の安い普通紙だ。


「お父様も、ルナに会いたいと申しております。私の婚約者さんですからね。私も少々、強引に大平山天文台で抱いてしまいましたから。初恋相手に強引に迫って、自らの物にしてしまうのは、母親譲りでしょうか。」


 アイルは微笑みながら、夕食の支度を始める。

 ルナはオーロラ爆発を記録した映像をどうしようかと思いながら、


「お父様も、里緒菜さんと同じく天文学者でしたか?」


 と聞く。


「大平山天文台の台長ですわ。お母様曰く、大平山天文台に隕石に乗って落ちて来たとか。まったく奇妙な話で―。」

「―。」


 ルナは奇妙な話に食い付いた。

 自分は太陽フレアと、オーロラ爆発を経験した。

 その後、いきなり大学進学を断念せざるを得ない形に奨学金制度が変わり、東武関連の職業を探し始めたら、とんとん拍子に話が進んで通い詰めていたSL大樹関連の職に就くことになった。そして、その直後の9月11日の旅でアイルと出会い、タイムスリップとも、異世界転移とも取れる奇妙な体験をしている。


 そして、アイルの父から「9月11日に太陽フレアとオーロラを観測した」と電話で聞いた。もしも、ルナが観測した太陽フレアとオーロラ爆発が、次元転移の入口であったとしたとしたら、アイルの父が観測した物に何か関連があるかもしれない。何より、アイルの父が隕石落下と同時に、アイルの世界に現れたと言うならば、アイルの父もまた、天文事象に関連した次元転移を経験した人物の可能性もある。


「自分も、会ってみたいです。アイルさんのお父様に。」


 と言ったが、それは今、ルナの身の回りに起きている、アイルと一緒に居る事でタイムスリップや異世界転移のような事象の謎を探れるヒントを得られるかもしれないという事からだ。

 ルナはアイルの父という人物に渡すレポートに、追加で別のレポートを急遽作成して渡す事にする。だが、これはアイルの父以外には絶対に見せてはならない物だ。


「アイルさん。申し訳ございませんが自分はこれから緊急で論文を書きます。アイルさんのお父様宛です。故に、アイルさん。例えアイルさんであっても見せることは出来ません。」

「-。」

「作成は1時間程度で終わります。しかし―。アイルさんのお父様以外の方には、絶対に見せないでください。アイルさん、貴女も見ないでください。」

「-。」


 ルナが破れかぶれで、DVD-Romを引っ張り出し、それにオーロラ爆発の映像を入力する傍らで、アイルは微笑みを浮かべてはいるが、細い唇と目はナイフのようになり、触れただけで、切られてしまいそうだ。


「今朝、奇妙なお手紙が貴方から届きました。」


 アイルは携えていた手提げバッグから手紙を出す。

 それは、ルナがアイルに宛てて書いた手紙だった。

 あの手紙は確かに、アイルの世界に届いていた。つまり、アイルの世界は存在する世界である。だが、アイルが返信を直接持って来てしまった事で、アイルの世界に行く事は出来るが、アイルの世界からルナの居る現実世界に戻る事が出来ないという可能性が生まれてしまった。


「宇宙論について随分と書かれておりますね。このお手紙の内容を聞いたお父様の驚きは凄かったです。ルナこそ、現実を認めたらどうですか?」

「何を。」

「私を今夜、抱いてくださいな。」

「-。」

「逃がしませんよ。貴方が認めるまで。大平山天文台で抱いた貴方は存在が希薄でした。しかし、今、私は貴方の存在をはっきりと認識しております。身体の事も感じることが出来ます。」


 アイルは言いながら、巻湯波のふくませ煮と、鮭の塩焼き、ごはん、味噌汁をテーブルに置く。


「精の付く物とは、言い難いかもしれませんが。」


 アイルは微笑む。

 その微笑みは、鋭く冷たい。アイルの瞳の奥は、暗黒星雲を覗いているように真っ暗だ。


「安心してください。変な薬は入れておりませんよ。」

「貴女は人間なのですか?」


 ウイル・スミス主演のSF映画で、ウイル・スミス演じる主人公が、地球に落ちた宇宙人を初見でいきなり殴り倒して気絶させるシーンもあったが、そんなことが出来る者などいないだろう。

 もし、松本零士やアーサー・C・クラークのSF作品のような地球外生命体と遭遇したならば、その人知を超えた存在を前に、恐怖で震えるだろう。


 そして、そんな地球外生命体のような存在とも見える人物が、ルナの目の前に居る事に、ルナは恐怖で震えていた。


「論文は見ません。しかし、ルナ。貴方も私という現実を受け入れて貰いますね。」


 夕食後、ルナはアイルに抱かれてしまった。

 スルスルと、紅い着物を脱いでいくアイルの身体は確かに人間の身体だった。

 だが、ルナにはブラックホールに吸い込まれていくようにしか感じなかった。



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