第39話 終着駅・上野
浅草駅から東京メトロ銀座線に乗る。
日本で初めて開業した地下鉄である。
故に、アイルが東京にやって来て、東京都内もタイムスリップしたように、昔の街並みになったとしても、それが銀座線の開業した1927年12月30日よりも前の時代の物ではない限り、銀座線は存在することになる。
地下鉄浅草駅の改札を抜けると、東京メトロ銀座線は存在した。
車両は東京メトロ1000系だと、ルナは思った。だが―。
(違う。編成が短い。車体も一回り小さい。)
と、ルナは気付いた。
先頭を見るとLEDのヘッドライトでなく、電球のヘッドライト。車内は木目調の内装に、少々暗い電球の照明。緑色のビロードを張ったロングシート。
(これは、東京メトロ1000系ではない。)
駅の壁面に貼られたポスターを見る。
「東洋唯一の地下鉄道」と書かれ、東京地下鐡道株式会社とも書かれていた。
「東京は凄いですわ。」
アイルははしゃぐが、ルナは東武鉄道に続いて東京メトロもおかしくなったのだから気が気ではない。
「あの―。家に行く前に、上野駅―。JRの上野駅に行ってもいいでしょうか?」
「列車を見るのですね?ああ、でしたら、上野駅で夕食にしませんか?でも、立ち食い蕎麦は勘弁してくださいな。」
夕食でも、列車を見るのでもない。
東武鉄道に続いて、東京メトロがアイルの出現で変化したのなら、JRがどうなっているのかを見たいのだ。
今のJRは親の仇の如く、電気機関車やディーゼル機関車を廃車にし、代わりにGV‐E197系という事業用気動車やE493系事業用電車を走らせ、かつて上野駅から発着した夜行列車や、長距離特急は常磐線を除いてほとんど廃止され、長距離列車が発着した上野駅の地平ホーム(低いホーム)の13番線から17番線は、もぬけの殻なのだが、もし、アイルの時代ならば、それらが生きていると考えられるのだ。
地下鉄は上野駅に着いた。
上野駅の地下鉄連絡口から、中央改札口へ向かい、出札窓口で100円の入場券を買う。
(おやっ?)
と、ルナが思ったのは、JRの入場券は100円ではないからだ。
改札も駅員に鋏を入れて貰って通ったが、後になって(いや、自動改札では?)と思った。駅自体の構造は、ルナの住む時代の物と変わりないのだが何かが違う。
目を上げて、目の前の地平ホームを見ると天井から、カーテンのように何かがぶら下がっている。
最初は何か分からなかったが、よくよく見てみると急行「十和田」「八甲田」「津軽」、寝台特急「ゆうづる」「はくつる」などと書かれていた。
現代の中央改札を抜けたところには、大きな電光掲示板があり、そこに現代でこそ何の味気も無く普通列車の表示がされていたが、かつて上野駅から東北・北陸方面行き長距離列車が発着していた時代には、「あけぼの」「はくつる」「ゆうづる」と言った寝台特急や、「はつかり」「みちのく」と言った昼行特急の案内がひっきりなしにされていた。そして、電光掲示板が無い時代には、列車名を書いた沢山の札が下がっていたのだ。
ルナは、列車名を書いた札が大量に下がっている事から、上野駅も昔の姿になっていると分かった。
地平ホームに入って行くと、そこに居たのは月光型と呼ばれた583系電車。
583系は、昼行特急としても寝台特急としても使用可能な世界初の形式であると共に、世界初の寝台電車だが、定期仕業はJR西日本の急行「きたぐに」廃止をもって消滅し、波動輸送用のJR東日本車両も2018年に廃車となっており、当然、ルナの時代に583系は居ない。
「お母様は、時に遠くまで行ける列車で旅をしておりますの。そうでなくとも、長距離を走る列車を眺めるのが好きですわ。そのあたりが、私のお母様にルナは似てます。」
アイルは微笑む。
(こうなりゃ夜まで待って、ブルートレインが出て来るのを待ってみたいな。この世界にブルートレインが居るのかを見てみたい。そして、ブルートレインの客車も時代感を見るのに役立つ。まぁ、末期まで20系を使っていた「あけぼの」は参考になるか分からないが。急行「津軽」に12系が使われているのか、或いは旧客のごちゃ混ぜ編成なのかも見たいな。)
ルナは思ったが、夜行列車の時間まで相当時間があり、それまで無駄に上野駅で過ごすことになる。
だが、時計を見る。
(そうだ。)
ルナは改札に戻ると、改めて切符を買う。今度は東京駅までの切符だ。
現在時刻は15時半。
(ブルートレインが存在する時代ならば、この時間に東京駅に行くと、1列車と3列車を見られる。1レの東京駅発は16時30分。3レが16時45分。その後、5レが17時だ。)
ルナは山手線のホームに上がる。
やって来たのは鶯色の103系かと思った。だが、
(おいちょっと待て!これは―)
やって来たのは、ぶどう色の国鉄63系電車。
(583系と時代が合わねえぞ。)
ルナは思うがアイルの存在を見て、
(そうだ。時代感が滅茶苦茶なんだ。でなければ、スペーシアXと東武博物館に居るような電車が並んでいるなんて有り得ねえんだ。)
と、ルナは頷いた。




