第38話 アイル来訪
東向島駅から浅草に戻ろうとホームに出ると、ちょうど特急「スペーシアX4号」が通過するところだった。
「パァーン!」と言う電子警笛が聞こえ、白地のN100系特急電車が通過するかと思った。
先頭6号車が通過した後、5号車と続くのだが、4号車のタイミングで列車の姿が変わった。ぶどう色の電車になったのだ。
(デハ10系―。幻覚か?)
ふと、東京スカイツリーを見上げる。空は澄み渡って晴れているのに、上の部分がやはりぼやけているのだ。
後から来た東武10000系の普通列車に乗り浅草駅に向かう。
ロングシートに座って一息つくと、車内の雰囲気が変わった。
木目調の車内に、白熱電球の照明。そして、青色のビロードを張ったロングシートは、スプリングがやけに弾む。
「ミャンミャンミャン」と、吊り掛けモーター特有の音がする。
「ゴゴンゴン!」と、隅田川を渡って浅草駅に着くと、先ほどのデハ10系がいる。そして、ルナが乗って来た普通列車は、東武博物館に展示されているデハ1系と同じ物。いや、デハ1系そのものだったのだ。
(まさか―)
改札口に向かっていくと、紅い着物の女の子とえんじ色のスーツ姿の女性。
「アイルさん!」
ルナはアイルを見付けて声をかけた。
「あらぁー。」
アイルは振り返った。
「お母様の付き添いです。これから東京天文台に向かいますの。その際、ルナの住まいに突撃してあげようと思ったのですが―。」
アイルはくすぐったそうに笑った。
「突撃なんて―。不摂生な食事しかしていないであろうルナに、まともな夕食をと―。ご迷惑でしたか?」
里緒菜が言うのに「いいえ。迷惑ではないです」と答えた。
「では、ルナも一緒に天文台へ行きましょう!」
アイルに引かれて、里緒菜と共に向かった先は浅草駅前の都電の駅だった。
都電など、もう荒川線しかないのに。
路面電車で吾妻橋を渡って、着いた場所はルナの高校だったがルナの高校の校舎の最上階に塔望遠鏡が設置されており、これが里緒菜の言う東京天文台だというのだ。
「正確には、東京天文台吾妻橋分室ね。本体があるのは―。」
と、里緒菜が言うが、本体がある場所はやはり、東京天文大学だった。
「ルナの無念の同情から好きになったのではないですよ。」
アイルは微笑む。どうやら、アイルはルナが天文大学に経済的事情と奨学金制度の改変で進学不能になった事まで知っているらしい。
分室を後に、東京天文台へ行くと言う里緒菜に、ルナもついて行こうとした。
だが里緒菜は天文学の定例会の他、久しぶりに筑波山観測所に居る天文学者仲間と呑み倒すと言う。
「明日の夕方の列車で帰りますが、今夜はアイルがルナと一緒に居たいと言うので―。」
と言って、ルナの同行を認めず、アイルを連れて、上野駅近くにあるルナの住まいへ帰るハメになった。




