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第34話 次元転移

 ルナは堪え切れなくなった。


 鬼怒川温泉に着いた時、ルナはアイルの電話番号に電話を掛けたのだ。

 その瞬間、景色は一転する。

 アイルの居る世界の景色に変わっていくのだ。

 しかし、ルナは恐怖を覚えなかった。


「ルナ―。」


 と、背後から声をかけられる。

 アイルの声だった。

 振り返る。


「申し訳ございません。こちらで暮らす住まいの件で、不動産屋の方に行く用事が急に―。午前中で始末したので、会えない物かと、今、連絡したところです。」

「ふふっ。そうでしたの。住むところなど、私の家で同棲しましょう。私は、お客様をお迎えするため、偶々、駅に来たのです。私の仕事は夕食後までかかりますが、いかがいたしましょう?」

「最終のスペーシアの時間が―」

「あぁ、その時間には間に合うか微妙で―。」

「そうですか―。自分は15時41分発のSL大樹6号で下今市に行き、下今市でスペーシアX10号に乗り継ぎです。」


 そんな会話をしていた時、アイルに別の着物姿の女性が駆け寄って来た。


「お客様は、1本後の特急「会津131号」で来られるそうです。事務の方で、手違いで伝えてしまいました。」


 と、女性が言う。どうやらアイルの上司のようだ。

 アイルはそうと分かると「ふふっ」と微笑んだ。

 微笑みは里緒菜に似ているが、やはりナイフのように冷たく細い目と唇は、触れたら切られてしまいそうに見える。


「そうですか。では―。」


 アイルはルナに視線を飛ばすと、ルナは頷き、スマホのアプリで乗車券変更を行った。


(若干プラスになった―。)


 と、ルナは鬼怒川温泉から浅草までの特急「スペーシアX」のコックピットラウンジをまた確保した。

 アイルは上司に何か言うと、アイルの上司は「お洋服を汚さないようにね」と微笑んでいる。


「列車まで短い時間ですが―。お茶を飲みましょう。」


 アイルは言いながら、ルナの腕に自分の腕を絡めて先日の喫茶店へ案内する。

 喫茶店でルナはミルクセーキ、アイルはコーヒーを注文。


「書簡で、いつこちらへお伺いできるかを送りましたが、それよりも前に、こちらへ―。」

「あら。お手紙を書いてくださったのですか。ロマンチックですね。」


 等と会話し、ルナは暗に、アイルへ手紙を書いた事を伝える。

 それが届いたならば、アイルの居る世界は存在する世界。届かない、或いは返信が無いならば、この世界は異なる次元に存在する並行宇宙という事だ。

 本当に短い会話だった。

 慌ただしくお茶を飲み終えると、もう、特急「スペーシアX9号」が到着する時間を過ぎていた。この、特急「スペーシアX9号」の折り返しとなるのが、「スペーシアX10号」だ。

 ポケットのスマホを取り出すと、スマホのケースから紙の切符が出て来た。切符の日付は今日で、一枚は乗車券。もう1枚は特急券。


「あっちょっとよろしいでしょうか?」


 ルナは思い立ったように言う。


「書簡の方に返信用封筒と便箋を1枚同封しました。勝手では御座いますが―。」

「ふふっ。私の恋文ですね。」


 アイルは噴き出しそうになりながら答えた。

 改札を抜け、1番線の特急列車に向かうと、そこに居るのはぶどう色の電車。


(こいつは―。デハ10系ではないか。)


 東武デハ10系。

 1935年から1942年に掛けて新製された特急用電車だ。

 車内はクロスシートを装備し、室内灯は八角形のグローブが取り付けられたシャンデリア型。車端部には沿線案内図が設けられている。尚、クハは全車クロスシートだが、デハは車内主電動機点検蓋を設置するため、車端部はロングシートだ。


(スペーシアXが、デハ10系に化けたか。)


 ルナは笑った。


「お手紙、楽しみにしておりますね。」


 アイルが微笑みながら、ルナを引き寄せ、唇を重ねる。

 重なった唇は物凄く冷たい。まるで、ドライアイスを直接肌に当てたかのような冷たさが一気に、身体の中へと入り込んで来る。


(ひっ!)


 やはり、ルナはアイルが怖かった。

 キスされながら薄らぼんやりと、何度か聞いたメロディーが流れるのが聞こえる。

 東武ワールドスクウェアのテーマソング「夢のワールドスクウェア」をアレンジした発車メロディーだ。 

 アイルが唇を離し、ルナが目を開くと目の前にアイルは居るのに、周囲の景色はアイルのいる世界の鬼怒川温泉駅であるのに、1番線には特急「スペーシアX10号」のN100系が停車していた。


「近いうちに、会いに行きますからね。」


 蜘蛛の糸のように細い目で微笑みながら、アイルはルナを見送る。

「夢のワールドスクウェア」の発車メロディーを聞きながら、スペーシアX10号のコックピットラウンジに乗車する。

「ドアが閉まります」と、機械音声が流れて列車のドアが閉まると、アイルの姿はまるで風に舞うように消えてしまった。



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