第32話 特発
手紙を出したと並行して、ルナはその日の特急列車に飛び乗った。
特急「リバティーけごん49号」に乗り、向かう先は、終点の東武日光。
東武日光駅前のユースホステルも飛び込みで予約し、更に翌日のSL「大樹6号」の切符も予約した。
ルナは実験と並行して、ルナが認識した世界を再度見てみようと思ったのだ。
その理由として、もしアイルの居る世界が存在していなければ、自分は誰と会っていたのか、9月11日に「スペーシアX5号」が事故を起こした事を認知出来なかったのはなぜなのか、という疑問以上に大変な問題に衝突しかねないからだ。
そもそも、今の自分はどこの何者なのだ。
踏切での脱線事故に遭遇した列車に乗っていたならば、東武日光にも、日光鬼怒川地区に到着することが出来ないのに、自分は事故を知らずに、日光鬼怒川地区を走るSL「大樹ふたら72号」に乗っていた。その自分とはいったいどこの自分なのだ。
(或いは、月詠ルナという人間が二人いなければ、証明できない。もう一人、月詠ルナという人間が存在し、その月詠ルナが見ている世界を、今いる世界に居る自分という月詠ルナが認識しているのではないだろうか?だとしたら、その月詠ルナは何者か突き止める。こんな思い付き作戦でうまくいくか分からないが、何もせず、じっとしていられるか!どっちにしろ、不動産屋や入社前のすったもんだで下今市に行くんだから、今行こうが変わらねえ!)
感情任せだ。
夜の闇の中、東京スカイツリーが後方へ遠ざかり、荒川を渡って首都高速を潜り、500系リバティーは3両編成の列車の身を翻しながら、漆黒の闇に包まれた北関東へ向かっていく。
リバティーと言う名前は、併結・分割機能を生かした多線区での運用を表す「Variety」と運用の自由度の高さを表す「Liberty」を組み合わせた造語だ。
車内随所にある木目調は、雄大な大地や樹木をイメージした物。座席シートのデザインは江戸小紋のデザインが取り入れられ、モケットの紫は江戸の伝統色である江戸紫だ。
車中で、ルナはアイルの世界で見た列車をメモに書いて行く。
(最初は無造作に旧型電車が化けて出て来ていたが、後半、及び前回の旅辺りから、化けて出て来る旧型電車に法則があるように感じられた。100系スペーシアは1720型デラックスロマンスカーに化けた。リバティーは5700系ネコひげに化けた。スペーシアXに乗っていたらどうなるか―。スペーシアXも1720に化けたけど一瞬だった―。この法則であるなら、この列車がどこかのタイミングでネコひげに化ける。もし化けたら警戒だ。最も、何をどう警戒すればいいか分からないけど。そして、無造作な化けから、法則が生まれ始めたという事は、それだけ、アイルさんの世界をはっきりと認識していることであるのか、或いは世界が侵食しているという事なのか。)
気が付くと、春日部を発車していた。
杉戸高野台、南栗橋と停車し、南栗橋の次が栃木。
里緒菜の住む町とされている場所だけに、ルナは身構える。
一気に、北関東の雰囲気が近付いて来た。
闇の質が違う。
東京都内の灯り等、町灯りもあったのに、南栗橋を過ぎるとそれらが少なくなり、闇は更に濃くなったように思うのだ。
(アイルって子に会いたい。)
と、ルナはいきなり思った。
そして直ちに首を横に振った。
(何を考えている!)
ルナは車内販売で何か買おうと思ったが、特急「リバティー」の車内販売は2021年に終了し、同時に自動販売機も撤去されていた。そのため、ルナの手元に今あるのは、水筒の水だけだ。
(クソッ!春日部駅で立ち食いラーメンでも食えばよかった。)
春日部駅の停車時間は僅かなので、そんな時間はないのだが、何か飲み食いしていなければ気が変になりそうだ。冷静に考えれば、なぜそうなっているのか分かった。
夕食を食べずに、「リバティー」に飛び乗ったからだ。
地下鉄銀座線の浅草駅の地下商店街で何か食べてから、或いはコンビニで何かちょっとした軽食でも買ってから乗ればよかったが、それすら忘れていたのだ。
(これで「お腹空いているでしょう?」とか言ってアイルって奴が現れて見ろ。ジ・エンドだ。だが、そうなって欲しいとも思う。今に、月詠ルナという人間は、二つに分裂してしまいそうだ。)
車内放送が「まもなく栃木」と告げた。
(なんでもいいから、何かに備えろ!)
だが、何も起きず、栃木駅に到着し発車したので拍子抜けする。
しかし、同時に何か起きて欲しいと言う想いも芽生える。
更に言えば、アイルという紅い着物の女の子が現れて欲しいとまで思ってしまう。
真っ暗な車窓の中に、時折、日光例幣使街道沿いの小さな灯りが見える。
新鹿沼を出ると、特急「リバティーけごん49号」は山の中へ入って行く。
まもなく、明神駅が500系のヘッドライトに照らされて浮かび上がり、あっという間に通過した。そして、列車は踏切事故が起きた踏切を通過する。
一瞬の通過な上、夜であったためにはっきりと見えなかったが、踏切事故の形跡と思われる物は見えなかった。
(事故で「スペーシアX5号」の、3号車と4号車が脱線して、乗客1名死亡―。死亡となるなら、車体が架線柱に激突した、或いは横転したのだろう。だが、架線柱に激突や横転となれば、死者数は1人で済むか?重傷者も相当数―。いや、3号車と4号車の旅客全員、無事じゃ済まないぞ。福知山線脱線事故や、三河島事故の例からも分かるが―。)
そんな事を考えていたら、特急「リバティーけごん49号」は下今市駅に到着し、直ぐに終点の東武日光駅に到着した。
何も起こること無く。




