第31話 ある実験
「まったく日本政府の政策にはうんざりだよ。君のような者の将来の芽を摘み取り、意味の分からない外人ばかり優遇する政策を―。経済的な事情で君のような、将来有望な科学者の卵がかえらず―。」
東武博物館で得た物を頭の中に入れ、後日、改めてアポを取ってから東京天文大学の糸川教授を訪ねたルナに、糸川教授はうんざりしたように言いながら、コンピューターに向かう。
「こいつは、電子工学が生み出したコンピューターの中では最高の能力を持ち、人間の頭脳の殆どの働き、人間と同じ言葉を使って思想の伝達をも可能とした人工知能AIを搭載したコンピューターAIL10000。」
と、糸川教授は目の前のコンピューターを紹介する。
AIL10000型コンピューターは、現在存在するコンピューターの中で最も信頼性の高いコンピューターで、情報処理や判断を誤ったマシンは未だ存在せず、ミスを犯さないと言う定評を得ている。
「ちょっと、宇宙論について―。この宇宙はどのような形で存在するのかと言う事を考えました。」
「-。具体的には?」
「私は―」
ルナは包み隠さず、今置かれている状況を話す。
糸川教授は「何を言っているのか」と言う態度を示した。
「やれやれ。君も論理的に考えられなくなったのかね?」
「非科学的で、非論理的であることは重々承知です。しかし、科学で証明できない―。或いは、現代科学の全てを集めても、説明できないならば、どうすればよいのでしょうか?」
「思想を巡らせた結果、たどり着いたのが、宇宙論。宇宙がどのような形で存在しているかということか。短絡的だな。」
糸川教授は吐き捨てるが、
「それでも、量子力学の「多次元解釈」として考え、シュレディンガー方程式を引っ張り出したのは優秀だ。やはり君は、科学者の道へ進むべきだったのに。」
とも言った。
「並行世界と言う物は確かに存在するとされている。だが、その世界へ行く事は不可能だ。並行しているが故に交わらず、知覚する方法も、存在を知る術も無い。何かの弾みで、世界が交錯しない限り、並行世界へ行く事は不可能だ。」
「-。」
「もし、君が7月20日に太陽フレアを観測し、7月23日に堂平山天文台でオーロラに包まれたという現象が、世界の交差点であるとするならば、その時点で君は並行世界へ行っている。だが、君が並行世界を認知したのは、9月11日の旅であり、大きく外れている。そうなると、9月11日に乗った「スペーシアX5号」が結節点。これを「スペーシア・クロスロード」と仮称しよう。この「スペーシア・クロスロード」と言う結節点を通過した事で、君は並行世界を認知するようになった。では、「スペーシア・クロスロード」は何処かとなるが―。」
糸川教授はここで嫌な結論に達し、目の前に居るルナを人間と見る事ができなくなった。
糸川教授は、「スペーシアX5号」の踏切事故で死亡しているのが発見された乗客こそルナであり、ルナは既に死んでいて、並行世界へ転移しているのではないかと考えたのだ。
「月詠。私は君を人として見られなくなりそうだ。」
「-。」
「私は現在、AIL10000型コンピューターによる子育てという実験のプロジェクトマネージャーにもなっている。北関東にある南條大学で、横川エレナという人間をコンピューターで育てるという、非人道的行為を行っている。人間を機械が育てる。そんなことあって溜まるかと言いたいが、今の政府を見るならば、やむを得ないのだろうか―。」
「-。」
「ルナ。君は実験をしてみたまえ。これは、宇宙の形を探る空想上の実験だ。極めて単純な実験だよ。」
糸川教授の言う実験は本当に簡単な実験だった。
地球から宇宙全体へ一本のロープを張り巡らせ、それを手繰り寄せて行く。もしその途中で何かに引っかかったなら、宇宙は空洞では無く、ドーナッツのような形をしているという空想実験。
これを応用し、便箋を鬼怒川温泉に住むという「アイル」に送り、それの返信を待ち、返信があったならば、その世界は存在し、その世界を認識できているという事だが、「宛先不明」で返送されて来たならば、その世界は存在しえない世界であると分かるという物だ。
ルナは手書きで手紙を書こうとしたが、「正確に記録を残せる」と言う理由から、AIL10000型コンピューターに搭載されたワープロ機能を用いて手紙を作成する。
「AIL。頭文字を取って愛称は「アイル」だ。」
と、糸川教授に言われる。
「並行世界で出会った女の子と同じ名前です。」
ルナは言った。
手紙の作成が済んだ。
手紙には、次、いつ自分が鬼怒川温泉へ向かうかを書き、そして、「アイル。君はどこの誰なのですか?」と敢えて書き、返信用封筒と便箋1枚を同封。そして、それをしっかりと封筒に入れ、テープで留め、最寄りの郵便局に出した。
(さて、どっちへ転ぶ?)
と、ルナは思うが、糸川教授は「ルナはもう死んでいる」と考えた。




