第25話 特急「きぬ156号」
呑み会もお開きとなり、下今市駅の改札口を抜ける。
今の下今市駅の姿はルナの知らない、昔の姿だ。
それにも関わらず、駅舎の中はルナの知った物になっていて、自動改札機も並んでいた。
アイルも後ろから自動改札機を通る。
「お見送りしますね。」
アイルに言われながら、下今市駅の鬼怒川温泉側の跨線橋を渡る。
(内装は同じなのに―。)
ルナは横目で、跨線橋より新鹿沼方向を見る。
下今市駅には、鬼怒川温泉(東武日光)寄りと、新鹿沼寄りの2か所に跨線橋があり、この内、新鹿沼寄りの跨線橋には、エレベーターもある。しかし、今見ている下今市駅には新鹿沼寄りの跨線橋が無いのだ。
だが、列車案内の自動放送のアナウンスは、ルナの知っている下今市駅の物で、「特急きぬ156号浅草行き―」とアナウンスしている。
しかし、留置線を見ると、やはりB1型蒸気機関車と客車が数両という編成の列車が止まっており、サボを見ると鬼怒川温泉行きと書かれ、これが鬼怒川温泉方面行きの普通列車となるのだろう。
ホームに降りると、鬼怒川温泉方面から浅草行きの特急「きぬ156号」がやって来るのが見えた。
やって来た列車の車両を見ると、先日のプラレール運転会でルナが絶叫する原因を作った1720系デラックスロマンスカーだった。
(今度はデラックスロマンスカー。こいつも東武博物館に居る車両じゃないか。タイムスリップだか何だか知らねえけど、もう、この人達と居ると、列車も町も、何もかも昔の物になってしまうから、麻痺して驚かなくなってきたよ。)
ルナは溜め息。
(ただ、なんでこの人達が一緒に居ると、タイムスリップしたような、昔の世界に行ってしまうのだろうか。或いは、この人達と一緒に居る世界こそが現実であり、この人達が居ない世界と言うのが異世界であるのだろうか?)
「ルナ。」と、アイルが声をかけると手を広げている。
「抱いてくださいな。」
アイルは目を瞑ってルナを待つ。
「あの、ここでは人目が―。」
「私は、気にはしません。」
ルナの身体をギュッと抱くアイルに、里緒菜と鉾根は「フフッ」と笑う。
熱烈な見送りを受け、そして、里緒菜と鉾根というお供を連れる格好で、帰りの特急「きぬ156号」に乗って、下今市駅を離れた。




