第15話 恋しき、彼の世界
浅草駅のホームに、特急「スペーシアX」がやって来た。
ルナは結局、わたらせ渓谷鐡道経由は後日にした。
紅葉シーズンには微妙な季節であった上に、前の旅で、せっかく「スペーシアX」に乗ったのに、往路では眠ってしまった上、復路では意味の分からない事態が起きて、せっかく「スペーシアX」のプレミアムシートを確保したのに、ボックスシートにされてしまった事が引っかかってしまい、結局、またも「スペーシアX」に乗る事にしたのだ。
今回は行きをコックピットラウンジにし、帰りはスタンダードシートと言う形を取った。
(用事のある時に、贅沢な席に座っても楽しめない。帰りは、「家に帰る」と言う用事が生まれてしまう。だから、行きで良い席を利用しよう。)
と、ルナは考えたのだ。
コックピットラウンジは一人用の場合、スタンダードシート特急料金に500円だけ追加料金を払えば良く、プレミアムシートよりも若干安いが、内装はプレミアムシートよりも優っている。何よりも、コックピットラウンジには、移動時間においても沿線の魅力を感じる事が出来るよう、土地の魅力を伝える逸品を取り揃えた「GOEN CAFÉ SPAICI X」がオープンしており、スタンダードシートとプレミアムシートの場合は原則、オンライン整理券で申し込みしてから案内されるが、コックピットラウンジ及び、6号車 (コックピットスイート・コンパートメント)の旅客ならば、いつでも利用できるので、豪華さで言えば、プレミアムシートよりも上だ。
乗車したのは特急「スペーシアX1号」。これで下今市駅まで行き、下今市駅でSL大樹に乗り換える。だが、下今市駅での「スペーシアX1号」とSL大樹1号の乗り換え時間は僅か3分であり、その一本後のSL大樹3号に乗る予定だ。
「スペーシアX1号」でSL大樹1号に乗り換える際、3分と言う短い乗り換え時間のため、観光客の大半はろくに記念写真を撮る暇も無く、SL観光アテンダントに蹴飛ばされるようにSLの客車に押し込まれてしまう。これでは、特に窓の開かない14系客車に乗ってしまったら、SLに乗っているという実感は薄れ、何に乗っているのか分からなくなってしまうだろう。
故に、ルナは敢えて、SL大樹1号は見送って、後続のSL大樹3号に乗る事にした。こちらなら、余裕を持って乗り換えが出来る。
それに加えて、下今市機関区のSL展示館も先日は見ていなかったので、こちらにも顔を出せる。
(出来れば、あの里緒菜さん?に似ている容姿のアテンダントのお姉さんに会って名前確かめてみたいが―。個人情報保護法故に、変に詮索しない方が良いが、里緒菜さんの事もあって気になる。)
そう思っていると、浅草駅を定刻通り特急「スペーシアX1号」は発車した。
ルナは早速、営業を始めたカフェカウンターで、日光珈琲と酒粕のバターサンドを頼む。だが、これだけで1000円以上の価格。
この珈琲は、下今市駅近くの日光珈琲玉藻小路と言うカフェが手掛けた珈琲で、お店では飲めないオリジナルブレンドを「スペーシアX」の車内で飲めるのだが、列車の中であることや厳選素材を用いている故に仕方ないのかもしれないが、手が出にくい価格かもしれない。
少なくとも、ルナの財布事情では、列車の中での間食としては高額だ。
(秩父の西武にしろ、日光鬼怒川の東武にしろ、箱根の小田急にしろ、なんでこう、大手私鉄系資本の入ったところは、ボッタクリみてえな価格の割に大した量も無く、味も普通なカフェや食事処ばかりなのだろう?確かに、厳選素材を使っているのは分かるし、こだわりもあるのは分かるけど。)
ルナは思う。
東武鉄道には散々世話になっている上、あまりこういう悪口を言うのは良く無いとは思うのだが、時折、こうした不満をぶちまけたくなることがある。
春日部を過ぎる頃、コーヒーを飲み終え、バターサンドも食べ終えた。
(ふーむ。今のところ何も起こらないな。それなら、それでいい。ただ―)
ルナは流れる景色を見ながら、この先で何が起こるのかを考えた。




