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王の第一手

 あの日の光景が、俺の脳裏から焼き付いて離れない。

 粉々に砕け散ったガラス戸。

 散乱する本。

 そして、何よりも膝を抱え震える楓の姿。


 Mr.リー。

 お前は、決して踏み越えてはならない一線を踏み越えた。

 俺の最も大切な聖域に土足で踏み込んだ。

 その罪は決して許されん。


 翌日。

 アマンの書斎には、俺、健司、陽介、そしてエリカが集まっていた。

 だが、そこにあるのは、いつもの定例評議会の張り詰めた空気ではない。

 もっと、冷たく、もっと殺気に満ちた絶対零度の静寂。

 俺の目の奥には、もはや迷いも理性も存在していなかった。

 あるのは、ただMr.リーへの純粋なそして絶対的な憎悪だけだ。


「…今回の、神保町の一件。Mr.リーの右腕の指示だった」


 健司が、淡々とした口調で報告する。

 彼の顔は昨日の怒りに燃えていた顔とは違い、今は冷静な、そして冷徹な軍師の顔に戻っていた。


「土地の登記簿を調べたところ、楓さんのカフェの土地はすでに数週間前にMr.リーが設立した複数のダミー会社を経由して完全に買い取られていた。そして、その地上げの実行部隊に直接指示を出していたのが奴の右腕。彼の名は、黒田。以前、銀座の『月光』で拓也と会った男だ」


「…その男の詳しい情報を」


 俺の声は、氷のように冷たかった。

 震えるような低音。

 陽介は、俺の隣で、ただ静かに頷いている。

 彼もまた怒りに燃えていることを俺は知っていた。

 楓とひかりは彼にとっても大切な家族なのだ。

 守るべきものを汚された怒り。

 それは、拓也と同じ炎を彼の胸にも灯していた。


 エリカもまた、いつも以上に真剣な表情で俺の言葉を待っていた。

 彼女は、俺のこの内なる炎を誰よりも理解している。

 そして、それがどれほど危険なものであるかも。


「黒田は、Mr.リーの日本での事業全般を統括している。表向きはリー・ホールディングスのアジア太平洋地域総責任者。裏では日本の政財界の人間をMr.リーへと繋ぐ仲介役だ。彼の情報はすでに全て洗い出してある。健司」


 俺は、健司に視線を向けた。

 健司は、一枚の資料を俺の前に差し出した。

 そこに記されていたのは、黒田の詳細な個人情報。


 家族構成。

 趣味。

 行動パターン。


 そして、彼の人生における決定的な「弱点」が明確に記されていた。

 それは、彼が家族の中でも特に溺愛している一人娘の存在だった。


「…なるほど」


 俺はその弱点に冷たい笑みを浮かべた。

 Mr.リー。

 お前は俺の最も大切なものを傷つけた。

 だから、俺はお前の最も大切なものを奪い取る。

 それが、王の流儀だ。

 一寸の躊躇もなく、その最も脆弱な部分を躊躇なく貫く。


「陽介」


 俺は、陽介に視線を向けた。


「黒田を社会的に完全に葬れ。金も、名誉も、家族も、全て一瞬にして奪い取れ。特に、彼の『娘』。奴が最も大切にしているものを徹底的に利用しろ」


 陽介の目が、ギラリと光った。

 その光は、かつての軽薄な輝きではなく獲物を仕留める獣のそれだった。


「わかった、拓也」


 陽介は、立ち上がると書斎のドアへと向かった。

 その背中からは、COOとしての冷徹な判断力と、夜の世界の支配者としての圧倒的な行動力がほとばしっていた。


「エリカ」


 次に、俺はエリカに視線を向けた。


「FLEURへの敵対的買収。Mr.リーが仕掛けている全ての動きを逆手に取れ。奴が動かせば動かすほどその資金源が枯渇するように仕向けろ。そして、奴が買収したブランド群を我々が逆に市場から買い占める準備を進めてくれ。今度は奴を丸裸にしてやる」


『承知いたしました。私の、全てを賭けましょう』


 エリカの瞳には、ビジネスマンとしての、そして、女王としての誇りが宿っていた。

 彼女もまた、Mr.リーの悪辣な手口を許してはいなかった。

 拓也の信頼に応え、この復讐劇に彼女の全てを捧げる覚悟がそこにあった。


 健司は、何も言わずに、ただ俺の前に立っていた。

 彼の役割は、俺の命令を完璧に遂行すること。

 そして、俺が感情に流されすぎないよう、計算され尽くした策を提供することだ。


「健司。お前には、Mr.リーの全ての資産を洗い出してもらう。表の顔も、裏の顔も全てだ。奴が、どこにどれだけの金を隠しているのか。そして、その資金が、どこからどうやって流れてきているのか。全て明確にしろ。奴の命綱を、一本残らず断ち切る準備だ」


『わかった』


 健司の声には、一切の感情がなかった。

 だが、その言葉の奥には、彼自身の、Mr.リーに対する静かな怒りが込められているのを俺は知っていた。


 俺は再び窓の外の夜景を見つめた。

 きらめく光の海。

 その光一つ一つが、Mr.リーという怪物がこの国に伸ばした無数の触手のようだ。

 だが、もう終わりだ。

 この光の裏で奴が築き上げてきた全てを、俺が一つ残らず消し去ってやる。


 俺はスマホを取り出し、画面に映し出された楓とひかりの笑顔を静かに見つめた。

 俺が戦う理由。

 俺が怪物になる理由。

 それは、全てここにある。

 俺はこの聖域を守るためならば、どんな地獄の底にでも落ちる。


 Mr.リー。

 お前は本当に愚かな選択をした。

 俺の聖域を、汚した罪。

 その報いは、地獄よりもずっと深いぞ。

 王の絶対的なる復讐劇が、今、幕を開けた。

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