王様のプロポーズ
美月のアナザーストーリー5話目です
翌朝。
私が目を覚ますと、隣には穏やかな顔で眠る彼の寝顔があった。
私はそっとその頬に触れた。
夢じゃない。
この人は本当に私の腕の中にいる。
拓也さんが初めて私に男としての剥き出しの独占欲を見せてから、私たちの関係は以前よりもずっと深く熱いものに変わっていった。
彼はもう私を「作品」とは呼ばない。
「俺の女優」と、呼ぶようになった。
その、少しだけ不器用な所有格に、私の心はいつも満たされていた。
私は女優としてのキャリアを、着実に一歩ずつ登っていった。
主演ドラマは高視聴率を記録し、いくつかの映画賞で新人賞も受賞した。
拓也さんはそんな私を決して甘やかすことはなかった。
むしろ、彼の要求は日に日に厳しくなっていく。
「今の演技じゃ、ダメだ。お前はもっとやれるはずだ」
「なぜ、あのシーンでその表情を選んだ?役の解釈がまだ浅い」
彼は最高のプロデュー-サーとして、私に一切の妥協を許さない。
その厳しさは、彼が本気で私を世界の頂点に立たせようとしてくれている愛情の裏返しだと私には分かっていた。
そして、彼は自分の戦場で戦っていた。
2030年、ビットコインで数百億円の現金を再び手にした彼は、Jリーグチームの買収や世界を股にかけた壮大な遊びを始めていた。
私たちはそれぞれの戦場で互いを高め合う最高の戦友だった。
会える時間は限られていた。
でも、たまにアマンのペントハウスで会う時間は、何よりも濃密で穏やかなものだった。
「…疲れたか?」
「少しだけ。でも、楽しい」
「そうか」
彼はそう言って私の髪を優しく撫でてくれる。
ただ、それだけの時間が私にとっては最高の報酬だった。
♢
そして、運命の年。
私が出演したある映画が、世界中の映画祭で絶賛を浴びた。
私は日本人として初めてアメリカのアカデミー賞、主演女優賞にノミネートされるという快挙を成し遂げた。
授賞式当日。
ロサンゼルスの華やかなレッドカーペットの上を、私は一人で歩いていた。
拓也さんは日本からその様子を見守ってくれているはずだ。
そして、私の名前が呼ばれた。
「――主演女優賞は、ミツキ!」
頭が真っ白になった。
夢にまで見た世界の頂点。
震える足でステージに上がり、重いトロフィーを受け取る。
スポットライトが眩しい。
私はマイクの前に立ち、世界中の人々が見守る中、涙ながらにスピーチを始めた。
共演者、監督、スタッフへの感謝。
そして、最後に。
「そして、私を、ただの石ころだった私を見つけ出し、磨き、そしてこの場所に立つための翼をくれた、たった一人の方に、この賞を捧げます」
私はカメラの向こうの彼にだけ届くように言った。
(拓也さん、見ていますか?私は、あなたの期待に応えられましたか?)
その夜、授賞式のアフターパーティーの会場は興奮と熱気に包まれていた。
世界中のスターたちが、私の元へ祝福の言葉をかけに来てくれる。
だが、私の心はどこか上の空だった。
彼に会いたい。
一秒でも早く、会ってこの喜びを分かち合いたい。
そう思った、その時だった。
会場の喧騒を切り裂くように一本の道ができた。
モーゼの十戒のように、人々が左右に分かれていく。
その道の先から、一人の男が静かにこちらへ歩いてくる。
拓也さんだった。
彼はマスコミのフラッシュを浴びる私の元へとまっすぐにやってきた。
そして、私の目の前で静かに片膝をついた。
会場がどよめきに包まれる。
彼は私の手を取り、小さな箱を私に差し出した。
その中には、夜空の最も深い青を閉じ込めたような、世界に一つしか存在しないと言われる奇跡のブルーダイヤモンドの指輪が静かに輝いていた。
「見つけたぞ、俺のシンデレラ」
「もう、舞台の上じゃない。俺の隣で永遠に輝き続けてくれ。結婚しよう、美月」
私の目から大粒の涙が溢れ出した。
最高の舞台で、最高の男からの最高のプロポーズ。
私が夢見た全てのものが、今、ここにあった。
私は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、人生で一番幸せな声で叫んだ。
「…はい。喜んで。あなたのお嫁さんになります」
王様に見つけられたシンデレラは、最後に自らの力で神様の隣に立つ権利を勝ち取り、永遠の愛を手に入れたのだった。




