王様の嫉妬
美月のアナザーストーリー4話目です
深夜ドラマでの私の演技は業界内で、小さな、しかし、確かな評判を呼んだ。
「あの新人は誰だ?」
「あんな素晴らしい演技をする新人がいるのか。」
私の元には、次々と新しい仕事のオファーが舞い込むようになった。
最初は小さな役ばかりだった。
でも、私はどんな役でも全身全霊で取り組んだ。
佐藤さんが見てくれている。
その一心で私はただがむしゃらに走り続けた。
♢
数年後。
私はゴールデンタイムの連続ドラマで主演を張るまでになっていた。
もう、私を「元キャバ嬢」だと陰で笑う者はいなくなった。
私は自分の力で「女優・美月」としての地位を確立したのだ。
佐藤さんはそんな私の活躍を一番喜んでくれた。
彼は、もう、私の仕事に一切口出しはしない。
ただ、一番のファンとして、毎週私のドラマを見てくれているらしい。
時々、彼から送られてくる「今日の演技、良かったぞ」という、短いメッセージ。
それが、私にとって世界で一番の原動力だった。
そんなある日。
私はドラマの共演がきっかけで、一人の男性と親しくなった。
彼は、今、日本で最も人気のある若手俳優の中のひとり、「健太」くん。
爽やかで優しくて誰にでも分け隔てなく接する太陽のような人だった。
彼は私の女優としての才能を心から尊敬してくれているようだった。
撮影の合間もよく二人で演技について熱く語り合った。
それは、私が今まで経験したことのない新鮮で刺激的な時間だった。
ある日の撮影終わり。
健太くんが私を食事に誘ってくれた。
「美月さんのお芝居に対する考え方すごく好きです。もっと色々な話を聞かせてくれませんか?」
そのあまりにまっすぐな瞳。
私は少しだけ戸惑った。
佐藤さん以外の男性と二人きりで食事に行くなんて考えたこともなかったからだ。
でも、断る理由もなかった。
彼はただの共演者。
仕事仲間。
そう自分に言い聞かせて。
「…はい。喜んで」
私はそう答えていた。
それが、私の、そして、佐藤さんの運命を大きく変えることになる選択だとも知らずに。
私と健太くんの食事は週刊誌に格好のネタとしてすっぱ抜かれた。
【人気俳優・健太、ブレイク中の女優・美月と深夜の密会!】
もちろん、私たちにはやましいことなど何一つない。
ただ、食事をしながら仕事の話をしていただけだ。
だが世間はそうは見てくれない。
その記事を佐藤さんがどう思ったか。
怖くて聞けなかった。
その日の夜、私は久しぶりにアマンのペントハウスに呼び出された。
リビングに入ると、佐藤さんは一人静かに窓の外の夜景を眺めていた。
その背中は私が今まで見たこともないほど大きく、そして、どこか寂しげに見えた。
「…佐藤さん」
私が声をかけると、彼はゆっくりと振り返った。
その顔には何の感情も浮かんでいなかった。
それが、逆に私を不安にさせた。
「記事、見たぞ」
静かな声だった。
「…あの、あれは違くて…!」
私が慌てて言い訳をしようとすると、彼は手でそれを制した。
「分かってる。お前がそんな安い女じゃないことくらいな」
「じゃあ…」
「だがな、美月」
彼は一歩私に近づいた。
その瞳の奥に私が今まで見たこともない、暗く、そして、燃えるような炎が宿っているのを私は見た。
「…気に食わないな」
「え…?」
「お前が俺以外の男と二人きりで会うのが。お前が俺以外の男にあの笑顔を見せるのが。どうしようもなく気に食わない」
それは、嫉妬。
この世界の全てを手に入れた絶対的な王が、生まれて初めて見せる一人の男としての、醜く、そして、剥き出しの独占欲。
私は息を呑んだ。
怖かった。
でも、それ以上に。
私の心はどうしようもなく歓喜に打ち震えていた。
この人は、私をただの「作品」としてではなく、一人の「女」として見てくれている。
そのあまりに熱い事実に、私はもう立っていることさえできなかった。
彼はもう一歩私に近づいた。
その距離がゼロになる。
彼が私の震える肩をその大きな両手でそっと掴んだ。
「…俺は、お前を日本一の女優にしてやる、と言った」
「…はい」
「だが、それは間違いだった」
「え…?」
彼の瞳が苦しそうに歪んだ。
「俺は、お前が誰の手の届かない遠い世界のスターになっていくのを見たくない。俺だけの手の届く場所にずっと置いておきたい。…俺はいつの間にかそんなみっともないことを考えるようになっていた」
それは、初めての告白だった。
私を最高の作品に仕立て上げた絶対的な王様の仮面を脱ぎ捨てた一人の不器用な男の本心。
私の目から涙が溢れてきた。
嬉しくて、そして、愛おしくて。
「…拓也さん」
私は初めて彼のことをそう呼んだ。
佐藤、ではなく。
私のただ一人の大切な人の名前を。
「私はずっとあなたのものです」
「美月…」
「あなたが私を見つけてくれたあの夜から。私の人生の全てはあなたのものです。女優としての私も。
ただの女としての、私も。全部、全部、あなたに捧げます」
私はそっと背伸びをした。
そして、彼の少しだけ驚いたように開かれた唇に自分の唇を重ねた。
それは、私からの初めてのキスだった。
彼が私に与えてくれた数え切れないほどの魔法に対するたった一つの、しかし、私の全てを込めたお返しのキス。
その夜、私たちは初めて本当の意味で結ばれた。
もう、そこにプロデューサーと女優という役割はなかった。
ただ、一人の男と一人の女とし、互いの孤独を温め合うように求め合った。




