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神の遊び方

深夜0時。

六本木のネオンは、週末の熱狂を吸い込んで爛熟した光を放っていた。

俺が店の前に着くと、待っていたかのように黒服が駆け寄り深々と頭を下げた。


「佐藤様。お待ちしておりました」


「ああ」


俺は短く応えると、慣れた足取りで店内へと進んだ。

通されたのは、いつもの一番奥にあるVIP席。

すぐに、ミナが笑顔で駆けつけてきた。


「拓也さん!来てくれたんですね!」


「ああ。少し、飲みたくなってな」


「嬉しい!最近、なんだか元気がないように見えたから心配してたんです」


ミナは、甲斐甲斐しく俺の隣に座り酒の準備を始める。

彼女の笑顔も、気遣いも、以前と何も変わらない。

彼女にとって、俺はまだ「億り人」の最高の客の一人なのだろう。


無理もない。

俺自身、まだこの体に宿った、新しい金銭感覚に慣れていないのだから。


「そういえば、陽介さんたちは?」


「ああ。今日は一人だ」


「えっ、珍しいですね」


ミナが、意外そうな顔でこちらを見る。

いつも仲間たちとバカ騒ぎをしている俺が一人で飲みに来るのは初めてだった。


「たまには、静かに飲むのもいいだろ」


俺はそう言って、グラスに注がれたウイスキーを一口飲んだ。

熟成された深い香りが、喉を焼く。


数日前、俺の資産は1000億円を超えた。

俺がこの店で使う一晩の金など、もはや俺の資産が生み出す1日の利息にも満たない。

そう思うと、目の前のきらびやかな内装も、高級な酒もどこか色褪せて見えた。


これが、退屈、というやつか。


俺は、少しだけ自嘲気味に笑った。

金を手に入れるために、必死で知識を詰め込みリスクを取ってきた。

その結果、手に入れたのは金では埋められない絶対的な孤独感なのかもしれない。


いや、違う。


俺は、首を振った。

金の使い方を、俺はまだ知らないだけだ。

億り人の遊び方は、もう極めた。

ならば、その先。

神の領域に足を踏み入れた男は、一体、どうやって遊べばいい?


俺がそんなことを考えていると、ミナが少しだけ寂しそうな顔をした。


「拓也さん、やっぱり元気ないですよ」


「そうか?」


「はい…。何か、悩み事でもあるんですか?」


俺の悩み。

それは、金が有り余ってどう使えばいいか分からない、という悩みだ。

目の前の彼女に言っても理解できるはずがない。


「…なあ、ミナ」


俺は、話題を変えることにした。


「今月、もうすぐ終わるだろ。店の売り上げ、どうなんだ?」


俺の唐突な質問に、ミナは少し驚いた顔をした。

そして、すぐにプロの笑顔に戻ると首を横に振った。


「それが、全然ダメなんです。今月は、どうしてもNo.1になりたかったんですけど…」


ミナの表情が、わずかに曇る。


「今、トップの子と、2000万円くらい差があって。もう、逆転は無理かなって諦めてます」


そう言って、彼女は寂しそうに笑った。

2000万円。

一人のキャバ嬢が、一ヶ月で覆すには絶望的な金額だ。


だが、俺には、それが神の啓示のように聞こえた。


ああ、そうか。

金の使い方は、案外シンプルなのかもしれない。


俺は、近くにいた黒服を手招きした。


「黒服さん」


「はい、佐藤様。何なりと」


俺は、目の前で不安そうにこちらを見ているミナに向かって静かに言った。


「ミナ。お前、今日、この店のNo.1になれ」


「え…?」


ミナが、何を言っているのか分からないという顔をする。

俺は彼女の頭をポンと軽く撫でると黒服に向き直った。


「黒服さん。この店のメニュー、上から下まで、全部一本ずつ持ってきてくれ」


「……は、はい?」


黒服が、間抜けな声を出した。

彼の長い夜の仕事の経験の中でも、そんな注文をした客は一人もいなかったのだろう。


「聞こえなかったか?メニューにある酒、全部だ。それと、ドンペリとアルマンドは店の在庫を全部ここに持ってこい」


黒服は、口をパクパクさせて完全に思考が停止している。


俺は、そんな彼に、追い打ちをかけるように言った。


「それで、さっきミナが言ってた2000万に足りるか?」


黒服の顔が、みるみるうちに青ざめていく。

隣では、ミナが両手で口を覆って小刻みに震えていた。


「さ、佐藤、さま…。それは、さすがに…」


「金なら、ここにある」


俺は、スマホの銀行アプリを開き、普通預金口座の残高を見せた。

そこには、遊び金として確保してある、150億円の数字が、静かに輝いていた。


黒服は、その数字を一瞥すると、カクンと膝から崩れ落ちそうになった。彼は、震える声で、インカムに向かって何かを叫んでいる。


「て、店長!至急、VIPへ!と、とんでもないことに…!」


数分後。

店の奥から、店長や他の黒服たちが見たこともないような高級ボトルを必死の形相で運んできた。

俺たちのテーブルは、あっという間に、数百本はあろうかという酒のボトルで埋め尽くされた。


その光景を前に、ミナは、ただ静かに涙を流していた。

それは、感謝や喜びの涙ではなかった。

常識では計り知れない、圧倒的な存在を前にした人間の畏怖の涙だった。


俺はそんな彼女を見て静かに微笑んだ。

そして、こう思った。


ああ、そうか。

これが、神の遊び方か、と。

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― 新着の感想 ―
ちなみに1000億の年間の利回りを5%としたら年間50億円 一年間は3100万秒くらいなので1秒の利息は150円程度ですね 利息じゃなくて現在もコインが値上がりしているから1秒間に増えている金額って…
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