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王様のいない場所

美月のアナザーストーリー3話目です

深夜ドラマの撮影が始まった。

それは、私が想像していた以上に過酷な現場だった。


早朝からのロケ、深夜まで続くスタジオ撮影。

睡眠時間は毎日数時間しかない。

でも、不思議と辛くはなかった。

初めて自分の力で何かを創り上げているという確かな充実感がそこにはあったからだ。


だが、私を苦しめたのは肉体的な疲労ではなかった。

現場に渦巻く嫉妬と、見えない悪意。

それが、私の心を少しずつ蝕んでいった。


私がオーディションでヒロインの妹役を勝ち取ったことは業界内ですぐに噂になったらしい。


「あの新人、銀座の有名なクラブの元No.1だってよ」

「バックにとんでもないパトロンがついてるらしいぜ」


共演者たちは私と話す時いつもどこか探るような値踏みするような目をしていた。

監督やプロデューサーたちは、佐藤さんの存在を知ってか、私に丁重に接してくれたが、それが逆に私の孤立を深めていった。


特に主演の若手女優からの風当たりは強かった。

彼女は本来私の役を自分の親しい後輩にやらせるつもりだったらしい。

それをどこの馬の骨とも分からない素人の私が奪い取ってしまった。

彼女が私を快く思わないのは当然だった。


挨拶をしても無視される。

私がNGを出すと聞こえよがしに大きなため息をつかれる。

ある時は、私の衣装にこっそりジュースがこぼされていたこともあった。

陰湿で、幼稚な、嫌がらせ。


私は誰にも相談できなかった。

佐藤さんにこんなことを話せば、彼はきっとすぐに金の力で全てを解決してしまうだろう。

でも、それでは意味がないのだ。

これは、私が私自身の力で乗り越えなければならない壁なのだから。


私は、ただ、歯を食いしばった。

そして、自分の与えられた役を完璧以上に演じることだけに全ての神経を集中させた。

文句があるなら結果で黙らせてやる。

それが、私の唯一の戦い方だった。


ドラマの最終回の撮影日。

それは、私が演じる役が病気で亡くなる、この物語で最も重要なシーンだった。

私はその日のために何日も前から食事を抜き、役に入り込んでいた。


本番。

カメラが回る。

私はもはや美月ではなかった。

死を目前にした、儚く、しかし、強く生きようとする一人の少女だった。


私の目から涙が自然と溢れ出す。

それは、台本にはない私自身の心の叫びだったのかもしれない。

この理不尽な世界で、それでも必死に自分の足で立とうともがく、私の。


「――カット!」


監督の声が響いた。

その声はいつもより少しだけ震えているような気がした。


シーンが終わってもスタジオはしばらく水を打ったように静まり返っていた。

やがて、誰からともなく大きな拍手が巻き起こった。

スタッフも共演者たちも、皆泣いていた。

私にあれほど冷たい態度を取っていた主演女優でさえ、その美しい瞳を涙で潤ませていた。


その日の夜。

ドラマの打ち上げパーティーが開かれた。

主演女優が私のところに一人でやってきた。

そして、深々と頭を下げた。


「…ごめんなさい。私、あなたのこと誤解してた」


彼女は涙ながらに言った。


「あなた、本物よ。本物の女優だわ」


私たちはその夜初めて笑顔で言葉を交わした。

いや、戦場で互いを認め合った戦友のようにグラスを合わせた。


私は気づいた。

王様のいない場所でも、私は一人で戦えるのだと。

彼がくれた翼は、もう私の体の一部になっているのだと。



ドラマの最終回が放送された後、私は久しぶりに佐藤さんに電話をかけた。


「佐藤さん。私の演技みてくれましたか?」


電話の向こうで、彼が優しく微笑むのが分かった。


『ああ、見てたぜ。最高の演技だった。』


その言葉がどんな賞賛よりも私の心に温かく染み渡っていった。


私の本当の女優としての人生が、今、この瞬間からようやく始まろうとしていた。

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