王様のレッスン
美月のアナザーストーリー2話目です
あの夜、佐藤さんが私に「日本一の女優にしてやる」と宣言してから。
私の人生は再び激動の渦の中へと飛び込んだ。
彼は本気だった。
翌日には彼は銀座のあのクラブのママに電話をかけ、こう告げたらしい。
『美月は、今日で店を辞める。俺が引き抜いた。違約金やら迷惑料やらは言い値で払う』
ママは何も言えなかったという。
銀座の夜の女王である彼女でさえ、佐藤さんの前では一人の無力な人間に過ぎなかったのだ。
こうして、私はあっけなく夜の世界から足を洗った。
そして、彼が私のために用意したのは最高峰の講師陣が待つプライベートなレッスンスタジオだった。
演技、ダンス、語学、教養…。
女優になるために必要な全てのレッスンがそこにはあった。
私は必死で学んだ。
夜の世界で働いていた時とは比べ物にならないほど過酷な毎日。
朝から晩まで、スケジュールは分刻みで埋め尽くされている。
何度も心が折れそうになった。
才能のない自分が嫌になった。
でも、その度に私を支えてくれたのは佐藤さんの存在だった。
彼はどんなに忙しくても、毎日必ずスタジオに顔を出してくれた。
そして、ただ、静かに私のレッスンを見守っている。
彼がそこにいてくれる。
ただ、それだけで、私はどんな困難も乗り越えられるような気がした。
レッスンが始まって、一年が過ぎた頃。
佐藤さんは、私に一つの脚本を渡してきた。
「オーディションだ。お前の最初の戦場だよ」
それは、有名な監督が撮る深夜ドラマのヒロインの妹役だった。
セリフは数えるほどしかない、小さな役。
だが、応募者の中には有名な若手女優の名前もいくつもあった。
「…私に務まるでしょうか」
不安で震える私。
佐藤さんはそんな私の頭を、ポン、と軽く撫でた。
「お前ならできる。俺が保証する」
その絶対的な信頼。
私は涙が出そうになるのを必死でこらえた。
もう、彼に弱い自分を見せるのは、やめよう、と。
♢
オーディション当日。
私は会場の隅で一人出番を待っていた。
周りはきらびやかなオーラを放つプロの女優たちばかり。
元キャバ嬢の素人の私。
その場にいるだけで押しつぶされそうだった。
だが、私は佐藤さんの言葉を何度も心の中で繰り返した。
『お前はダイヤモンドの原石だ』
『俺が選んだ最高の女なんだから』
そうだ。
私はあの人が見つけてくれた、原石。
私が私を信じなくてどうする。
私の番が来た。
審査員の前に立ち、私は全ての神経を役に集中させた。
もう、周りの目も声も何も気にならない。
私はただ一年間佐藤さんと二人で作り上げてきた「美月」を、演じるだけだ。
数日後。
私の元に合格の通知が届いた。
信じられなかった。
私がプロの女優たちを打ち負かしたのだ。
その日の夜、私は佐藤さんに震える声で電話をかけた。
「…佐藤さん。私、受かりました…!」
電話の向こうで彼が心の底から嬉しそうに笑うのが分かった。
『当たり前だろ。言ったはずだ。お前は俺が選んだ最高の女だってな』
その言葉がどんな合格通知よりも、私にとっては最高の褒美だった。
私の女優としての、小さな、しかし確かな第一歩。
それは、彼と共に掴み取った最初の勝利の証だった。




