見えざる敵
エリカのアナザーストーリー4話目です
新生「FLEUR」の成功は、私に今まで感じたことのない充実感を与えてくれた。
拓也という絶対的な後ろ盾はある。
でも、このブランドは私が自分の力で育てているという確かな実感があった。
もう、誰かの二番手ではない。
私は私自身の世界の女王になれるのかもしれない。
そんな希望を抱き始めていた。
だが、過去は私が思っていたよりもずっとしつこく私を追いかけてきた。
『速報:フランスの巨大ラグジュアリーグループ『LVMH』、日本の別のアパレル企業を買収』
そのニュースを見た時、私の背筋を冷たいものが走った。
巨大な黒い影が私たちの小さな王国を飲み込もうとしている。
直感的にそう感じた。
そして、その予感は最悪の形で現実のものとなる。
数日後、ネットに私の過去を暴く下品なゴシップ記事が出回った。
『新生FLEURのカリスマデザイナー・ERIKAの正体は夜の帝王サトウの愛人だった!』
『枕営業でのし上がった、元キャバ嬢デザイナー』
記事の内容はくだらないものだった。
だが、その影響は絶大だった。
新生「FLEUR」の、クリーンで力強いイメージは一夜にして汚された。
提携寸前だった百貨店との契約は白紙に戻され、株価も大きく値を下げた。
頭が真っ白になった。
消したくても消せない過去。
夜の世界で生きてきたという事実。
それを、最も残酷な形で白日の下に晒された。
提携先からの契約解除の連絡が鳴り止まない。
社員たちが私を疑いの目で遠巻きに見ているのが痛いほど分かった。
私は数日間部屋に閉じこもった。
怖かった。
また、全てを失うのが。
やっと、自分の足で立てると思ったのに。
結局、私は過去の亡霊からは逃れられないのか。
そんな時だった。
部屋のドアがノックされた。
拓也だった。
私はドアを開けることができなかった。
こんな惨めな姿を彼にだけは見られたくなかったから。
「エリカ」
ドアの向こうから彼の少しだけ冷たい声が聞こえた。
「いつまで、そうやってメソメソしてるつもりだ」
「…」
「お前は俺が選んだ最高のパートナーだろ」
その言葉に、私の肩がビクッと震えた。
「過去がなんだ。元キャバ嬢がなんだ。お前はお前の才能でここまで来たんだろ。くだらないゴシップに負けるような安い女じゃねえはずだ、お前は」
涙が溢れてきた。
悔しくて、そして、何よりも嬉しくて。
この人は分かってくれている。
私がただの愛人ではないことを。
私が自分の力で戦おうとしていることを。
「次のコレクションで奴らを黙らせてやれ。お前の最高の作品でお前の才能が本物だってことを、世界中に証明してやれ」
彼はそれだけ言うと去っていった。
でも、私の心の中には確かな炎が再び灯っていた。
翌朝。
私は泣き腫らした顔を最高のメイクで隠し会社へと向かった。
もう、迷わない。
私は戦う。
私のプライドを、そして、私を信じてくれたたった一人の男のために。
「見てなさい、拓也。私が私の力であの巨大な帝国のその高い鼻をへし折ってやるわ」
私の本当の戦いが、今、始まったのだ。




