女王の屈辱
エリカのアナザーストーリー1話目です
西麻布の、あの夜。
私は生まれて初めて絶対的な敗北を知った。
IT長者の男に媚び、拓也への当てつけとほんの少しの優越感に浸っていた愚かな私。
その目の前に現れた拓也は私が知っているただの金払いの良い男ではなかった。
彼は冷徹な瞳で、私をまるでモノのように値踏みした。
そして、あの男が逆立ちしても払えないほどの金で、私のプライドを、尊厳を、いとも簡単に買い取っていったのだ。
『お前の値段は、俺が決める』
その言葉が私の心に焼き印のように刻み込まれている。
彼が用意した六本木のタワーマンションの一室。
私はその金色の鳥かごの中で、ただ、王の帰りを待つだけの美しい置物になった。
屈辱だった。
だが、不思議とそれは心地よくもあった。
もう誰かと競う必要はない。
一番を目指す必要もない。
この絶対的な王の所有物として全てを委ねてしまえばいいのだから。
数日後の夜。
拓也が初めて私の部屋を訪れた。
私は完璧な笑顔と、最高の肉体を用意して彼を待っていた。
所有物としての、最初の勤め。
そう覚悟していた。
だが、彼の行動はまたしても私の予想を裏切った。
彼は私を抱こうとはせず、ただ、リビングのソファに深く腰掛けると、静かに私に問いかけた。
「お前、悔しいか?」
「…え?」
唐突な質問に、私は言葉に詰まった。
「俺に全てを奪われて。プライドも、未来も、俺の金にひれ伏した。悔しいかと聞いているんだ」
私は唇を噛み締めた。
悔しい。
悔しくないわけがない。
だが、それを認めることは私の最後のプライドが許さなかった。
「…いいえ。私は佐藤様のものですから」
私は完璧な笑みを作ってそう答えた。
彼が望んでいるであろう、答えを。
だが、彼は鼻で笑った。
「つまらない女だな、お前は」
その心底軽蔑しきったような瞳。
私の心臓が冷たく凍りついた。
金でも体でもない。
私は彼に人間として否定されたのだ。
「俺がなぜミナではなく、お前をここに置いているか分かるか?」
彼は続けた。
「ミナはただ守られるだけの、か弱い女だ。だが、お前は違う。お前には野心がみえる。自分の力で頂点に立ちたいというギラギラした欲望がある。そうでなければ、俺を裏切ってまで他の男に走ったりはしない」
彼の言葉は私の心の奥の自分でも気づいていなかった部分を容赦なく抉り出していく。
「俺はそのお前の『野心』を買ったんだ。ただの美しい置物なら代わりはいくらでもいる。俺がお前に与えたいのはもっと刺激的な役割だ」
彼はテーブルの上に一枚のタブレットを置いた。
画面には複雑な金融商品のチャートが映し出されている。
「…これは?」
「俺の資産の一部だ。お前にこれを管理させてみる」
「なっ…!私に、ですか…!?」
「ああ。お前は夜の世界で男たちの欲望を読み、市場を動かしてきた。それも立派なビジネススキルだ。その力がこの本物の市場でどこまで通用するのか試してみたくなった」
彼は立ち上がると私の耳元で悪魔のように囁いた。
「もし、お前がこの金を見事に増やしてみせたら。その時は、お前をただの所有物じゃない、俺の『ビジネスパートナー』として認めてやる」
「だが、もし失敗すれば…。お前は生涯俺の鳥かごから出ることはない」
彼は私にゲームを仕掛けてきたのだ。
屈辱的な、しかし、あまりにも魅力的な悪魔のゲームを。
私の死んでいたはずの野心に、再び小さな火が灯るのを感じた。
「…面白いじゃないですか」
私は久しぶりに、心の底からの挑戦的な笑みを浮かべていた。
「やってやりますよ。あなたのその退屈な世界をこの私がもっと面白くしてしてあげる」
王と女王になれなかった女。
俺たちの奇妙で歪な共犯関係が、この夜静かに幕を開けた。




