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王様の赦し

ミナのアナザーストーリー最終話です

リビングは墓場のように静まり返っていた。

希望はいつもと違う空気を察したのか、おもちゃを抱きしめたまま小さな椅子の上で固まっている。


拓也さんは何も言わなかった。

ただ、静かに私を見下ろしている。

その瞳には怒りも悲しみもなかった。

まるで、嵐が過ぎ去った後の静かな海のように、全てを受け入れた穏やかな色が浮かんでいるだけだった。


「…いつから」


私がようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど、か細く震えていた。


「いつから、知ってたの…?」


「最初からだ」


彼の静かな答え。


「お前が俺を騙していることも。カイトという男がいることも。そして、希望が俺の子ではないことも。全部最初から知っていた」


私は息ができなかった。

ああ、そうか。

私はずっとこの人の掌の上で踊らされていた、ただの道化だったのか。


「…なぜ」


「ん?」


「なぜ、黙ってたの…!?なぜ、私を追い出さなかったの…!?」


私は叫んでいた。

軽蔑してほしかった。

罵倒してほしかった。

そうすれば、私はただの罪人としてこの地獄から解放されたのに。


拓也さんはそんな私にゆっくりと近づいてきた。

そして、私の前に跪くと、私の冷え切った手を、その温かい両手で、そっと包み込んだ。


「…愛して、しまったからだ」


彼の掠れた声。


「お前が嘘つきだって分かっていても。希望が俺の子じゃないと知っていても。俺はお前たちを愛してしまったんだ。この偽物の家族を本物だと思い込みたかった。ただ、それだけだ」


彼の瞳から、一筋涙がこぼれ落ちた。

私が初めて見る王様の涙だった。


彼は静かに立ち上がると、テーブルの上に二つのものを置いた。


一つは、分厚い銀行の小切手帳。

そして、もう一つは離婚届だった。


「ミナ」


彼は私に最後の選択を迫っていた。


「この小切手に好きなだけの金額を書け。数十億でも、数百億でもいい。お前が一生遊んで暮らせるだけの金をくれてやる。希望を連れてどこか遠い国へ行け。カイトの元へ行ってもいい。それがお前が望んだ自由な人生だ」


彼は続けた。


「それとも、この偽物の家族を続けるか?全てを知った上で、それでも俺の妻として希望の母親としてこの城に残り続けるか?」


究極の選択。

金と自由か。

それとも、嘘と愛か。


私は、もう、迷わなかった。

私はゆっくりと立ち上がると、小切手帳には目もくれず、彼を両手で抱きしめた。

そして、彼の胸に顔を埋めた。


「…ごめんなさい」


「…」


「ごめんなさい、拓也さん…!」


私は子供のように声を上げて泣いた。

彼への数え切れないほどの謝罪の言葉を、何度も、何度も繰り返した。


彼はそんな私の背中を、優しく、そして、力強く抱きしめてくれた。


「俺もお前を試すようなことをした。俺も、罪人だ」


彼は私の耳元で囁いた。


「だが、俺はお前と希望を愛している。血の繋がりなど関係ない。俺たちが家族になると決めれば、その日から俺たちは本物の家族だ」


その言葉が、私の全ての罪を洗い流してくれた。



数年後。

私たちの間には新しい命が生まれていた。

拓也さんの瞳と私の笑顔を受け継いだ、可愛い女の子。


血の繋がった子と繋がらない子。

でも、そんなことは私たちにとっては、もはやどうでもいいことだった。

リビングでは拓也さんが二人の子供たちを、同じ愛情でその大きな腕で抱きしめている。


嘘から始まった、私たちの偽りの物語。

それは、幾多の試練を経て世界の誰よりも強い絆で結ばれた、本物の家族の物語へと昇華されたのだ。


私はそんな愛する家族の姿を心の底からの幸せな笑顔で見つめていた。

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