王様の気まぐれ
美月のサイドストーリー1話目です
私の人生はずっと灰色だった。
田舎の小さな町で生まれ、特別な才能もなく、ただ息を潜めるように生きてきた。
女優になるなんていう途方もない夢を抱いて上京したけれど、現実は汚いワンルームのアパートと鳴り止まない督促の電話だけ。
生活のために働き始めた銀座のクラブ。
そこは私のような田舎者にはあまりにも眩しすぎる世界だった。
周りの女の子たちは、みんな綺麗で、強くて、自信に満ち溢れている。
私は誰からも指名されず、店の隅でグラスを磨くだけの日々。
ああ、ここも、私の居場所じゃないんだな。
そう思って、店を辞めることばかりを考えていた。
あの日、彼が現れるまでは。
店のNo.1である静香さんや他のVIP客には目もくれず、店の隅にいた私の前に、彼は、静かに座った。
「サトウ」と名乗ったその人は、私が今まで出会ったどんな男とも違っていた。
彼の瞳はまるで私の心の奥の自分でも気づいていなかった何かを見透かしているようだった。
『今夜は、あの子だけでいい』
彼がそう言った時の、ママや他の女の子たちの驚いた顔を私は忘れない。
なぜ、私なの?
私には何もなかったのに。
その日から私の人生はシンデレラの魔法のように色鮮やかに変わり始めた。
彼は毎日のように店へ通い私だけを指名してくれた。
そして、私にたくさんのことを教えてくれた。
客を楽しませる会話術、美しい立ち居振る舞い、そして、自分に自信を持つことの大切さ。
「お前はダイヤモンドの原石だ。だからダイヤモンドらしく堂々としていろ」
彼の言葉は魔法の呪文のように私の臆病な心に勇気をくれた。
彼が選んでくれたドレス、彼が教えてくれたワインの知識、彼が見せてくれた一流の世界。
私はスポンジが水を吸うようにその全てを吸収していった。
私は、必死だった。
彼がかけてくれるこの魔法が解けてしまわないように。
いつしか、私は彼に本気で恋をしていた。
この人の特別な一人になりたい、と。
だが、私は気づいていた。
彼の心はここにはないということに。
たまに、彼が、ふと、すごく遠い優しい目をすることがあるのだ。
それは銀座のきらびやかな夜景を見ている目ではない。
きっと彼の心の中にある全く別の穏やかな景色を見ているのだ。
そこに誰がいるのか私には分からなかったが、その存在が彼の本当の宝物なのだということだけは痛いほど伝わってきた。
彼は私を育て最高の女に仕立て上げてくれる。
でも、決して一線は越えようとしない。
アフターに誘っても枕を期待させても、彼はいつも静かに首を横に振る。
『お前は俺が選んだ最高の女なんだから。自分を安売りするな』
その言葉は優しくてそして残酷だった。
彼は私を一人の女としてではなく、ただ、最高の「作品」としてしか見ていないのだと思い知らされるから。
運命の月末。
私が店のNo.1になった、あの日。
彼は心から祝福してくれた。
でも、その夜も彼は私を抱きしめてはくれなかった。
「立派になったな、美月」
そう言って、私の頭をポンと撫でる彼の笑顔はどこまでも優しくて、そして、どこまでも遠かった。
その日を境に彼が店に姿を見せる回数は少しずつ減っていった。
まるで最高の作品を完成させた芸術家が次の創作へと向かうように。
彼の興味は、もう私にはないのだと私は悟った。
神様の気まぐれは終わったのだ。
私に残されたのは銀座No.1という称号と、彼の思い出、そして、どうしようもないほどの喪失感だけだった。




