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凡人の憂鬱

健司のサイドストーリー1話目です

俺の人生はいつだって拓也と陽介の後ろを少しだけ遅れて歩くような人生だった。

拓也は昔から何を考えているか分からない天才肌の男だった。

陽介は太陽みたいに明るくて、いつだって輪の中心にいるような男。


そして、俺、藤田健司ふじたけんじは、そんな二人のごく平凡で取り柄のないただの友人だった。

二人といる時間は最高に楽しかった。

だが、心のどこかでいつも焦りと劣等感を感じていた。

いつか二人は俺の手の届かない遠い場所へ行ってしまうのではないか、と。


その予感は拓也があの「6億円」のスクリーンショットを、グループLINEに貼り付けた日、現実のものとなった。


陽介はすぐにその現実を受け入れ、拓也の成功を自分のことのように喜んでいた。

だが、俺は違った。

怖い、と思った。

金という得体の知れない力が俺たち三人の大切な関係をめちゃくちゃにしてしまうのではないかと本気で思ったのだ。


拓也にファミレスで借金のことを打ち明けた日。

俺は情けなくて死んでしまいたかった。

親の介護費用と自分の不甲斐なさが重なってどうしようもなくなっていた。

そんな悩みを人生が最高潮のダチに打ち明けなければならない。

これ以上の屈辱はなかった。


拓也が「やるよ」と言って、俺の口座に500万円を振り込んでくれた時。

俺は感謝よりも先に圧倒的な「断絶」を感じていた。

俺が一生かかっても返せないかもしれない大金を、彼はまるで自販機でジュースを買うように俺に与えた。

俺と拓也はもう違う世界の人間なのだ、と。

その事実が涙になって溢れて止まらなかった。


拓也の金で俺の借金はなくなった。

生活は楽になった。

妻も、子供も、心からの笑顔を取り戻してくれた。

拓也には感謝しかない。

感謝しているはずだった。


だが、六本木の夜に毎晩のように連れ出されるたびに俺の心は少しずつすり減っていった。

陽介は水を得た魚のようにきらびやかな世界に順応していく。

拓也はもはや王としてその世界のルールを次々と書き換えていく。


俺だけがいつまでもただのしがないサラリーマンのままだった。

一杯数万円もするシャンパンの味も隣に座る美女たちの香水の匂いも、何もかもが俺には不釣り合いで、居心地が悪かった。


拓也が数億円の腕時計を俺たちにプレゼントしてくれた、あの夜。

陽介は神様からの贈り物だと言って大喜びしていた。

でも、俺は怖かった。

こんな自分の年収の何倍もするものを受け取ってしまっていいのか。

これを身に着けた瞬間、俺は、もう元の自分には戻れないのではないか。


俺は拓也の金に飼いならされていくただのペットになってしまうのではないか。

その恐怖が俺の心を支配していた。


そんなある日。

拓也が六本木の競合店との全面戦争を始めた。

陽介は拓也の隣で楽しそうに戦況を見守っている。

俺は何もできなかった。

ただ、拓也がどんどん俺の知らない世界の人間になっていくのを黙って見ていることしかできなかった。


そんな俺に拓也は一つの仕事を命じた。


「健司。お前に仕事を頼みたい」

「黒田が経営している全ての会社の財務状況を調べろ。金の力で買収できる弱小の取引先を全てリストアップしろ」


それは、俺がこの世界で初めて拓也から与えられた意味のある「役割」だった。

経理の仕事をしてきた俺にしかできない専門的な仕事。


俺は震えた。

恐怖ではない。

武者震いだ。

拓也は俺を見捨てていなかった。

ただの遊び相手としてではなく、共に戦う「仲間」として俺を必要としてくれている。


俺は何日も徹夜してその仕事に没頭した。

ボロボロになりながら黒田の会社の金の流れを金の弱点を丸裸にしていく。

辛くはなかった。

むしろ充実していた。


俺は金をもらうだけのペットじゃない。

俺には俺の戦い方がある。

凡人には凡人の矜持があるんだ。


全ての調査を終え俺が拓也に報告書を渡した時。

彼はただ一言こう言った。


「…よくやったな、健司。さすが、俺のダチだ」


その言葉だけで、俺は救われた気がした。

俺の新しい人生がこの瞬間からようやく始まったのだ。

王の財産を管理する最強の「金庫番」としての、人生が。

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