道化と盟友
陽介のサイドストーリー最終話です
俺が拓也の「顔」として六本木に君臨し、数年の歳月が流れた。
街の景色はすっかり様変わりしていた。
かつて俺たちを敵視していた店の多くは潰れ、その跡地には拓也の息のかかったクリーンで洗練された新しい店が次々とオープンした。
俺自身も変わった。
ただのお調子者だった男は、今や六本木の夜の世界で知らぬ者はいないほどの有力者となっていた。
俺の携帯には毎日のようにあらゆる人間からの連絡が入る。
店のトラブル、新しいビジネスの話、そして、ただ俺に取り入ろうとする下心に満ちた誘い。
俺はその全てを巧みに捌いていた。
拓也のように金の力で全てを黙らせるのではない。
俺は俺のやり方で、人と会い、酒を飲み、笑い、時には脅し、この街の複雑な人間関係を一つずつ丁寧に解きほぐしていった。
いつしか俺の周りには拓也の金だけが目当てではない、俺を「陽介さん」と慕ってくれる本当の仲間たちが集まっていた。
だが、そんな華やかな世界の中心にいながら俺の心は時々どうしようもなく空っぽになることがあった。
拓也は変わってしまった。
いや、変わったのは俺の方か。
楓さんという太陽のような女性と出会ってから、拓也は夜の世界に顔を出すことがめっきりと減った。
たまに会っても、その顔は俺が今まで見たこともないほど穏やかで幸せそうだった。
俺は親友の幸せが心の底から嬉しかった。
だが、同時に、どうしようもない寂しさを感じていた。
かつて三人で馬鹿なことを言い合い同じ夢を見ていた、あの頃。
拓也は、もう、俺たちの手の届かない本当に遠い場所へ行ってしまったのかもしれない。
俺はこのきらびやかで虚ろな世界の王として一人取り残されてしまったのかもしれない、と。
そんなある日、拓也から久しぶりに連絡があった。
ミッドタウンの奴のプライベートオフィスに呼び出された。
健司も一緒だった。
オフィスに入ると、拓也は俺たちが今まで見たこともないような真剣な顔で窓の外に広がる東京の夜景を静かに見下ろしていた。
「よう、陽介。健司」
俺たちの存在に気づいた拓也がゆっくりと振り返る。
その目には俺が知っているあの悪戯小僧のような光と、そして王としての絶対的な覚悟が宿っていた。
拓也は俺たちに一枚の企画書を見せた。
【佐藤ホールディングス設立計画書】
その壮大すぎる計画。
個人の資産家として遊び尽くした彼が最後に仕掛ける未来そのものを創り変えるための最後のゲーム。
俺はその計画書を、ただ黙って見つめていた。
健司が息を呑むのが分かる。
「…お前、マジかよ」
俺がようやく絞り出した声は少しだけ震えていた。
拓也は静かに頷いた。
そして、俺の目を見て言った。
「陽介。お前にはこの財閥のエンターテイメント部門の全てを任せたい。六本木の夜だけじゃない。映画、音楽、スポーツ…世界中の人々を熱狂させる最高の遊びをお前が創るんだ」
俺は何も言えなかった。
寂しいなんて感じている暇はどこにもなかった。
拓也は俺を置いていくんじゃなかった。
俺たちを次のもっとデカいステージへと一緒に連れて行こうとしてくれているんだ。
俺は健司と顔を見合わせた。
健司の目にも俺と同じ熱い光が宿っていた。
俺は拓也に向かってニッと笑って見せた。
それは、高校時代、屋上でサボって将来の夢を語り合った、あの頃と何も変わらない最高の笑顔だったと、思う。
「…面白そうじゃねえか、拓也」
俺は差し出された企画書を力強く受け取った。
「お前のそのクレイジーな夢。最後まで付き合ってやるよ。ダチ、だろ?」
俺の人生は道化だったのかもしれない。
常に王の隣で笑い、場を盛り上げるだけの、ただの道化。
だが、それでいい。
王が孤独な道を歩むというのなら俺は生涯をかけてその隣で世界一の道化を演じきってやろう。
それが、俺が最高の親友にできるたった一つの友情の証なのだから。




