女王の値段
ミナのサイドストーリー1話目です
私の人生はいつだって値札がついていた。
最初に値段をつけたのは、私を産んだ母親だった。
田舎のスナックで働く彼女にとって、父親の分からない私はただの厄介者であり、同時に客から同情を引くための安っぽい道具だった。
次に値段をつけたのは店の常連だった男たち。
彼らは幼い私に菓子を買い与えながら、「ミナちゃんは可愛いから、大きくなったら高く売れるねえ」と、汚い笑みを浮かべた。
弟のユウタが重い心臓病を患ってからはさらに多くの値段が必要になった。
莫大な手術費用と入院費。
母は早々に匙を投げ、私は高校を中退してこの夜の世界に飛び込んだ。
私の若さと美貌とそして心を偽る才能には、幸いにも高い値段がついた。
六本木「Club Z」。
そこは私の価値を最大化できる最高の市場だった。
私は誰よりもしたたかに、誰よりも美しく自分という商品を磨き上げた。
客が求める言葉を囁き、客が見たいと願う女を演じる。
そうやって私は若くして店のトップキャバ嬢へと登り詰めた。
そんな私の前に彼が現れた。
佐藤拓也。
最初は、ただの「宝くじが当たった運の良い男」としか思っていなかった。
だが、彼は違った。
彼の金は私が今まで相手にしてきた男たちのちっぽけな自尊心を満たすための金とは次元が違った。
彼はまるで神様がゲームでもするように、気まぐれに、そして圧倒的な額の金を使った。
私はすぐに理解した。
この男こそが私の人生を、そして弟の人生を救済できる唯一の神様なのだと。
私は最高の演技で彼を魅了した。
「金だけが目当ての他の女とは違う、純粋な私」を演じきった。
彼が私の瞳の奥に「特別な光」を見出していることに私は気づいていた。
馬鹿な男。
でも、最高のカモ。
彼が私に与えてくれた金は全てユウタの治療費と、そして、私の唯一の安らぎである恋人のカイトのために使った。
カイトは売れないバンドマン。
夢を追いかける彼を私が支えなければならない。
拓也は、私にとってただの「金づる」。
カイトこそが私の本当の愛。
そう、信じていた。
あの日までは。
『二度と俺の前に現れるな』
拓也に全てを見透かされ、アマンのペントハウスを追放された、あの夜。
私は人生で初めて本当の恐怖を感じた。
だが、同時に心のどこかで安堵していた自分もいた。
これでやっと嘘の生活が終わる。
もう、あの孤独な王様の隣で偽りの笑顔を浮かべる必要はない。
私にはカイトがいる。
拓也からもらった数億円の金もある。
これからはカイトと二人で本当の幸せな人生を歩んでいける。
私は震える手でタクシーを拾うと、カイトが住む下北沢の安アパートへと向かった。
合鍵を使ってそっとドアを開ける。
サプライズで彼を驚かせようと思ったのだ。
「…ただいま、カイト」
部屋は薄暗かった。
リビングのソファの上で二つの影がいやらしく絡み合っているのが見えた。
一人は、カイト。
そして、もう一人は私が知らない若い女だった。
「…え?」
私の声にカイトは億劫そうに顔を上げた。
私を見ても彼は少しも驚かなかった。
ただ、面倒くさそうに舌打ちをしただけだった。
「あ?なんだよ、ミナ。帰ってたのか」
「…この人、誰?」
「誰って見りゃわかんだろ。新しい彼女だよ」
カイトはそう言うと隣の女の肩を見せつけるように抱いた。
私の頭は真っ白になった。
何を言っているのか理解できない。
「な、何言ってるの…?彼女って…。私と別れるってこと…?」
「ったりめえだろ」
カイトは心底うんざりしたという顔で言った。
「お前ももう用済みなんだよ。あのサトウとかいう金持ちに捨てられたんだろ?もう、お前から貢がせてもらう金もねえじゃねえか」
「…え、だって、拓也さんからもらったお金が…」
「ああ、あれな。もう、この子のために全部使ってやったよ。新しいギターとレコーディング費用、あと、この子の服代とか?」
私の足元が、ぐらりと揺れた。
立っていられない。
嘘だ。
嘘だと言って。
私が心を殺して、体を売って、必死で稼いできたあのお金。
弟の命を救い、そして、この男の夢を支えるためだったあのお金。
全てがこの数時間会っただけの若い女のために消えたというのか。
私はカイトを問い詰めた。
いや、懇願した。
「待って、カイト!私、また稼いでくるから!拓也さんに土下座してでも謝ってまたお金を…!」
その時だった。
カイトが私の頬を思い切り平手で打った。
乾いた音が部屋に響く。
「みっともねえんだよ、ババア」
カイトは私を虫ケラでも見るような冷たい目で見下ろしていた。
「お前の代わりなんていくらでもいんだよ。夢もねえ、愛もねえ、金に汚ねえお前みたいな女はもういらねえんだよ」
その言葉が私の心を完全に殺した。
私はふらふらとその部屋を後にした。
雨が降っていた。
拓也という孤独な王様。
カイトという夢見る道化。
そして、その間で必死に嘘をつき続けた、私。
結局、誰も彼もが私を「金」としてしか見ていなかった。
そして、その金さえも失った今、私にはもう何も残っていなかった。
雨に打たれながら私はアスファルトの上に崩れ落ちた。
私の人生の値段は結局いくらだったのだろうか。
もう何も分からない。
何も。




