王様の結婚と、最後の凱旋
俺と楓の結婚式は身内だけでささやかに行った。
と言っても、俺の「身内」の規模は普通とは少し違う。
会場は俺が所有する伊豆の旅館。
全館を数日間貸し切り最高の料理と酒を用意した。
出席者は、陽介と健司の家族、そして、俺が長年世話になった数人のビジネスパートナーだけ。
楓の側も彼女の両親とカフェの常連でもあった数人の友人だけを招いた。
純白のドレスを身にまとった楓は言葉を失うほど美しかった。
俺は陽介と健司に「お前、顔がニヤけすぎだぞ」と、何度もからかわれた。
誓いの言葉を交わし、指輪を交換する。
その、ごくありふれた儀式が俺にとっては人生で最も価値のある瞬間に感じられた。
結婚後、俺の生活は穏やかなものに変わっていった。
夜の世界で遊ぶ時間はほとんどなくなった。
毎晩のように開かれていた派手なパーティーも、もうない。
俺は楓と共にアマンのペントハウスで静かな日常を過ごすことが何よりの幸せとなっていた。
楓も自分の店を人に任せ、俺のそばにいてくれることを選んだ。
彼女はこの天空の城で見事に自分の居場所を見つけていた。
高価なドレスや宝石を身につけるでもなく、ただ、彼女らしく自然体でこの城の主として堂々と振る舞っている。
その姿は、どんな夜の女王よりも気高く美しかった。
そんなある日の夜。
俺は、ふと、昔を懐かしむような気持ちになった。
「楓」
「はい、拓也さん」
「少し、昔の俺の遊び場に付き合ってくれないか」
俺の提案に楓は少しだけ驚いた顔をした。
そして、すぐにいつもの穏やかな笑顔で頷いた。
「はい。あなたが、どんな世界で生きてきたのか、少しだけ見てみたいです」
俺たちが最初に訪れたのは銀座のあの店だった。
俺が美月を育て上げた格式高いクラブ。
俺が楓を伴って現れたことに、ママも、黒服たちも目に見えて動揺していた。
俺たちはいつもの席ではなく、あの日、美月が一人で座っていたカウンター席に座った。
「…あなたが、あの佐藤様を射止めた方なのね」
店のNo.1として、今もトップに君臨している美月が挨拶に来た。
その目は楓を値踏みするように上から下までじろりと見ている。
嫉妬とそしてほんの少しの敗北感。
それが彼女の瞳の色だった。
だが、楓はそんな視線を柳のように受け流した。
「はじめまして。主人が、いつもお世話になっております」
楓は静かにしかし完璧な礼儀でそう言って微笑んだ。
その圧倒的な正妻のオーラ。
戦うまでもなく勝負は決まっていた。
美月は何も言えずに自分の席へと戻っていった。
次に俺たちは六本木の「Club Z」へ向かった。
俺がオーナーを務める俺の城だ。
俺が、しかも美しい女性を伴って現れたことに店内は騒然となった。
「拓也!…と、楓さん!?」
陽介と健司が驚いた顔で駆け寄ってくる。
エリカやユイ、レイカたちも遠巻きに信じられないものを見るような目で俺たちを見ていた。
俺は玉座ではなく普通のテーブル席に座った。
そして、楓にゆっくりと説明してやる。
「ここが、俺が長い間、戦ってきた場所だ。ここで、たくさんのものを手に入れてたくさんのものを失った」
楓は何も言わずにただ静かに俺の話を聞いていた。
その時店内のステージでサプライズのショーが始まった。
陽介と健司が俺たちのためにこっそり準備していたらしい。
キャスト全員がステージに上がり俺たちの結婚を祝う歌を歌ってくれる。
その中心でエリカやユイたちが少しだけ涙ぐんでいるのが見えた。
それは嫉妬の涙ではない。
自分たちが愛した王が本当に幸せになったことへの祝福の涙だった。
俺はその光景を楓の隣で静かに眺めていた。
もうここに俺の居場所はない。
俺の戦いはもう終わったのだ。
俺はそっと楓の手を握った。
「帰ろうか」
「…はい」
俺たちは誰にも告げずにその店を後にした。
六本木の喧騒を背に、俺は楓と共に俺たちの本当の家に帰っていく。
もう振り返ることはない。
俺の最後のゲームがもうすぐ始まろうとしていたからだ。




