中間報告
楓との穏やかなデートを重ねる日々。
それは、俺の荒れ狂っていた心に確かな安らぎを与えてくれた。
俺は生まれて初めて金では買えない幸福の意味を理解し始めていたのかもしれない。
六本木や銀座へ足を運ぶ回数は自然と減っていった。
陽介や健司との付き合いは変わらなかったが、夜の世界の刹那的な興奮に対する興味は急速に薄れていった。
「拓也、最近付き合い悪いじゃねえか。銀座の美月ちゃん寂しがってたぞ」
陽介にそう言われても俺の心はもはや少しも動かなかった。
美月は俺が作り上げた完璧な作品だ。
だが、その輝きは楓のあの自然な笑顔の前では色褪せて見えた。
そんな穏やかな日々が、数年間続いた。
季節が何度か巡り、世界は2030年を迎えていた。
俺と楓の関係は変わらずに続いていた。
俺はまだ彼女に自分の本当の正体を明かすことができずにいた。
このささやかで温かい日常を失うのが怖かったからだ。
そして、その日。
俺の人生を再び根底から揺るがす決定的な瞬間が訪れた。
俺はアマンのペントハウスで数年ぶりにあのアプリを開いていた。
仮想通貨の取引所のアプリだ。
2022年の暴落の底で俺が50億円分を仕込んだビットコイン。
長い冬の時代を終え暗号資産の市場は再び熱狂の渦に包まれようとしていた。
世界的な大企業が次々とビットコインを資産として購入し始めその価値は連日のように急騰を続けていた。
そして、ついに。
ビットコインの価格が、1BTC = 1億円という、歴史的な大台に到達した。
俺が保有するビットコインは、約4,545 BTC。
その価値は、約4545億円に達していた。
2022年に投じた50億円が、8年の歳月を経て約90倍に化けたのだ。
俺はその天文学的な数字を前にもはや何の感情も湧かなかった。
それは俺が予測していた未来の通過点の一つに過ぎない。
俺の最終目標は、2034年、1BTC = 4億円。
まだ道半ばだ。
だが、俺は計画通りここで一度中間利確をすることに決めた。
今後のより壮大な「遊び」のための軍資金を補充するために。
俺は保有するビットコインのちょうど1割。
約454 BTCを、市場で売却した。
手にした現金は、約454億円。
2026年の税制改正後なので、税率は約20%。
納税額の約90億円を差し引いても俺の手元には約364億円の新しい現金が残った。
かつて俺の人生を変えた6億円が子供のお小遣いに思えるほどの圧倒的な金額。
俺の現金資産は以前の残高と合わせて再び400億円を超えた。
その日の夜。
俺は久しぶりに陽介と健司を銀座のあの店に呼び出した。
「拓也、どうしたんだよ急に」
俺は何も言わずにスマホの銀行口座の残高を二人に見せた。
そこに表示された「4」から始まる、11桁の数字。
二人はその数字の意味を理解した瞬間言葉を失った。
「…おい。まさか、ビットコインか?」
健司が震える声で尋ねる。
俺は静かに頷いた。
「ああ。中間報告、というやつだ」
陽介が頭を抱えて天を仰いだ。
「…もう、わけわかんねえよ。お前、マジで神様か何かなのか?」
俺はそんな二人を見て静かに笑った。
そして、その場でこの新しい軍資金の最初の使い道を宣言した。
「陽介、健司。俺は、Jリーグのチームを買うことにした」
「「はあああああ!?」」
俺の黄金時代の第二章。
それは億り人時代の比ではない。
個人では不可能な国家規模の「神の遊び」として、今、静かに幕を開けようとしていた。
楓と生きる穏やかな昼の世界。
そして、神として君臨する夜の世界。
二つの世界の歯車が再び大きく動き始めようとしていた。




