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昼間の顔、夜の顔

銀座で美月をプロデュースするという新しいゲームは、俺の退屈を完璧に埋めてくれた。

彼女は俺の予想以上のスピードで成長し、三ヶ月どころかわずか二ヶ月で名実ともに店のNo.1へと登り詰めた。

俺は銀座の夜に俺だけの女王を誕生させたのだ。


だが、そんな華やかな世界の頂点にいながら、俺の心は日に日に神保町のあの小さなカフェへと向かっていた。

楓と過ごす穏やかな時間。

それこそが俺にとっての本当の安らぎになっていた。


その日の昼下がり。

俺はいつものように楓の店でコーヒーを飲んでいた。

二人の関係は少しずつだが確実に変化していた。

もうただの店主と客ではない。

名前で呼び合いプライベートな話もする、親しい友人。

いや、それ以上の何か特別な感情が二人の間に芽生え始めているのを俺は感じていた。


「…拓也さんって、不思議な人ですよね」


ふと、楓がカウンター越しにそう言った。


「そうか?」


「はい。すごく物知りだし、色々なことを経験されてきたんだろうなって思うんですけど、時々すごく寂しそうな顔をするから」


楓のまっすぐな言葉に俺は少しだけ心臓が跳ねるのを感じた。

この女は俺の金の力などではなくその奥にある俺自身を見ようとしている。


俺は意を決した。

この心地よいだけの関係から、一歩前に進む時だ。


「楓さん」


「はい?」


「もし、よかったら…。今度の休みの日、どこかに出かけませんか?」


俺の初めての誘い。

楓は一瞬だけ驚いたように目を見開いた。

そして次の瞬間花が咲くようにふわりと微笑んだ。


「…はい。喜んで」


俺たちは美術館に行く約束をした。

金も、権力も、夜の世界も関係ない。

ただの男と女としての初めてのデートの約束だった。


その夜、俺は美月を伴い銀座の最高級フレンチレストランで食事をしていた。

彼女をNo.1にした、お祝いの席だ。


「佐藤様。本当に、ありがとうございました」


美月は俺がプレゼントした数千万円はするであろうダイヤモンドのネックレスを胸に輝かせながら深々と頭を下げた。


「私、佐藤様に出会えなければ今頃どうなっていただろうって…」


「気にするな。お前には、それだけの価値があった。ただ、それだけだ」


俺たちは最高の料理とワインに舌鼓を打った。

美月は俺の前ではすっかり洗練された淑女だった。

だが、俺の頭の中にはなぜか昼間の楓の姿がちらついていた。


コーヒーを淹れる、丁寧な手つき。

本について語る、楽しそうな笑顔。

そして、デートの誘いにはにかみながら頷いたあの表情。


「…佐藤様?」


俺が黙り込んでいるのに気づき、美月が不安そうな顔で俺を覗き込んだ。


「どうかしましたか?」


「…いや、なんでもない」


俺は首を振った。

そして、自分でも気づかないうちにこんな質問をしていた。


「なあ、美月。お前、今の仕事楽しいか?」


俺の唐突な質問に、美月は一瞬戸惑ったような顔をした。

そして完璧な笑顔を作ると答えた。


「はい。もちろんです。佐藤様のおかげで私は最高の毎日を送れています」


完璧な答えだった。

だが、その完璧さが今の俺にはひどく空虚なものに感じられた。


その時俺は理解した。

俺が本当に求めているのは金で作り上げた完璧な女王ではない。

一杯500円のコーヒーを淹れてくれるあの穏やかな日常。

そして、その中心にいる楓という女性のありのままの笑顔。

それこそが俺が心の底から求めているものなのかもしれない。


俺は銀座の夜景を見ながら、グラスに残った高級ワインを一気に飲み干した。

その味はなぜか昼間に飲んだ500円のコーヒーよりもずっと薄っぺらく感じられた。

俺の奇妙な二重生活の歯車が少しずつ狂い始めているのを俺自身気づいていた。

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