銀座の原石
六本木の夜はもはや俺にとって日常の一部でしかなかった。
「Club Z」は、俺の不在時でも陽介や健司そして忠実な店長によって完璧に運営されている。
俺はもはや王として時折そこに君臨するだけで良かった。
退屈だった。
刺激が足りない。
俺は楓のカフェで穏やかな時間を過ごす一方で、心の奥底では新しい戦場を求めていた。
そしてその答えは最初から分かっていた。
六本木とはまた違うもう一つの夜の聖地。
本物の富と権力と歴史が渦巻く街。
銀座。
俺は、日本で最高と言われるコンシェルジュサービスに電話をかけた。
「今夜、銀座で飲みたい。一見では入れない最高の店を用意してくれ。予算の上限は、ない」
俺の、あまりに無茶な要求。
だが電話の向こうのコンシェルジュは少しも動揺しなかった。
『…かしこまりました。お客様にふさわしい、最高のお店を一つだけ存じ上げております。今宵、あなた様のためにそのお店の扉を開けてみせましょう』
その日の夜。
俺は陽介と健司を連れて、銀座八丁目の看板もない雑居ビルの地下にいた。
重厚な樫の扉を開けると、そこは六本木の派手さとは全く違う、静かで、凛とした空気が支配する空間だった。
客は俺たち以外に数組だけ。
だが、その誰もが日本の政治や経済を動かしているであろう本物のVIPであることが肌で感じられた。
黒い着物を着こなした、美しいママが、俺たちを丁重に迎え入れる。
俺たちのテーブルにも何人かの女の子が挨拶に来た。
店のNo.1だという「静香」は、まさに完璧な女性だった。
美しい容姿、気の利いた会話、さりげない気遣い。
だが、俺の心はなぜか少しも動かなかった。
彼女は美しすぎる。
完成されすぎていて俺が手を加える隙間がどこにもない。
俺は退屈を感じ始めていた。
銀座も所詮はこんなものか。
そう思いながら、俺は、ふと、フロアの隅にある小さなカウンター席に目をやった。
そこに一人の女の子がぽつんと座っていた。
他の客につくでもなく、ただ、静かにグラスを磨いている。
派手なドレスでも、高価な宝石でもない。
シンプルだが上質なワンピースを彼女は着こなしていた。
他の誰も彼女に注目していない。
ランキングにも、もちろん名前はないだろう。
だが、俺の目には彼女がこの店で一番輝いて見えた。
あれは、原石だ。
まだ誰にも磨かれていない最高純度のダイヤモンドの原石。
俺は、ママを呼び寄せた。
「ママ。あそこの子、名前は?」
俺の視線の先に気づいたママは、少しだけ意外そうな顔をした。
「あら、あの子でございますか。美月と申します。まだ、入って数ヶ月の新人でして…」
「新人か。面白いじゃないか」
「…佐藤様。あの子は、まだこの世界に慣れておりませんで、失礼があっては申し訳ございません。すぐに、静香を呼び戻させますので…」
「いや、いい」
俺はママの言葉を遮った。
「今夜はあの子だけでいい。俺の隣にずっとつけてくれ」
俺の思いがけない指名に、ママもそして周りで聞いていた他のキャストたちも驚きを隠せないでいた。
店のNo.1ではなく、ランキング外の新人。
しかも、他の客の席にもついていない売れない子を。
すぐに美月という女の子が緊張した面持ちで俺の隣にやってきた。
「…美月です。よろしくお願いいたします」
声が少しだけ震えている。
「佐藤だ。そんなに緊張するなよ。取って食ったりはしねえから」
俺がそう言って笑うと、彼女は少しだけはにかんだ。
その笑顔は他の誰の笑顔とも違っていた。
作られたものではない素朴で温かい光があった。
俺はその夜、他の女の子は一切席につけず美月とだけ話した。
彼女の話は面白かった。
田舎から出てきて女優になるという夢を追いかけていること。
この世界は自分には合わないと思いながらも生活のために必死で頑張っていること。
俺は確信した。
こいつは化ける。
会計の時。
俺はママにこう告げた。
「来月から、俺のボトルは全て美月の売り上げにつけてくれ」
「…え?」
「それと俺がこの店で使う金は、全て美月の指名としてカウントしろ。目標は三ヶ月後。俺は、あの子をこの店のNo.1にしてやる」
俺のあまりに無茶な宣言。
ママは絶句していた。
だが俺は本気だった。
これが俺の新しいゲームだ。
金で原石を買い占めるんじゃない。
俺の力でこの原石を世界一の宝石に磨き上げてやる。
そしてこの格式張った銀座の夜に俺だけの女王を誕生させるのだ。




