チェックメイト
数日後。
日本中が衝撃的なニュースに釘付けになった。
俺と陽介、健司は、アマンのペントハウスの巨大なスクリーンでその瞬間を静かに見守っていた。
速報のテロップが画面に踊る。
【警視庁組織犯罪対策部、伊豆の別荘を家宅捜索。指定暴力団幹部らと、有名クラブ経営者・黒田容疑者を逮捕】
カメラは上空のヘリコプターから伊豆にある広大な別荘を映し出している。
屈強な捜査員たちが、次々と建物の中へ突入していく。
しばらくして、屋敷の中から数人の男たちが連行されてきた。
その中には、見覚えのあるあの古株オーナー黒田の姿があった。
彼は憔悴しきった顔でなすすべもなく捜査員に腕を引かれている。
ニュースキャスターが、興奮した声で原稿を読み上げる。
「警視庁によりますと、黒田容疑者らはこの別荘を拠点に、海外の犯罪組織と連携し大規模なマネーロンダリング、いわゆる金の密輸を行っていた疑いです!」
「先日、週刊誌を巡る名誉毀損訴訟で話題となった、資産家のサトウ氏を攻撃していた人物の一人とみられ、警視庁は関連を慎重に調べています!」
全てが、俺の描いたシナリオ通りに進んでいた。
伊豆の女将からの情報。
興信所が掴んだ、金の流れの証拠。
そして弁護士が国税庁と警察上層部にリークした、決定的な内部告発。
俺が張り巡らせた蜘蛛の巣に、ハイエナたちは一匹残らずかかったのだ。
「…終わったな」
俺は、誰に言うでもなく静かに呟いた。
陽介は、ゴクリと喉を鳴らし、健司は、固唾を飲んで画面を見つめている。
テレビの中の黒田は、最後に一度だけ憎悪に満ちた目で空のヘリコプターを睨みつけた。
まるその先にいる俺の存在に気づいているかのように。
だが、もう遅い。
チェックメイトだ。
黒田の逮捕は決定打となった。
首謀者を失ったオーナーたちの連合は、砂上の楼閣のようにあっけなく崩れ去った。
脱税で追徴課税を課された者。
俺の訴訟に敗訴し莫大な賠償金を背負った者。
キャストが全員いなくなり、店を畳むしかなかった者。
一週間後には、俺に牙を剥いた店は、一軒残らず六本木の地図から消えていた。
あまりにも一方的な完璧な勝利。
俺の、そして俺の金の、完全な勝利だった。
その日の夜。
俺は、陽介と健司を連れて、新生「Club Z」の玉座に座っていた。
店内は、勝利を祝うキャストや黒服たちの熱狂的な歓声に包まれている。
「拓也!乾杯しようぜ!」
陽介が、最高の笑顔でシャンパンボトルを掲げた。
「俺たちの、新しい門出にな!」
健司も少しだけ誇らしげな顔でグラスを合わせた。
乾杯の音頭と共に、店内は熱狂的な歓声に包まれた。
俺はグラスを片手に静かに立ち上がった。
そしてマイクを手に取るとフロアに集まった100人以上のキャストと黒服たちに静かに語りかけた。
「まずは、お疲れさん。今回の戦争、お前たちの忠誠心がなければ勝てなかったかもしれない」
俺の言葉に、従業員たちの顔が誇らしげに輝く。
「だから今夜は褒美をやろうと思う」
俺は隣にいた店長に合図をした。
店長は震える手で巨大なアタッシュケースをテーブルの上に置いた。
ケースが開けられると、中にぎっしりと詰められた現金1億円の札束が姿を現す。
店内が、どよめきに包まれた。
「まず、黒服とスタッフ全員。この1億円を、全員で山分けしろ。新人だろうがベテランだろうが関係ない。全員、平等だ」
「「「うおおおおおおおっ!!!」」」
男たちの雄叫びのような歓声がシャンデリアを揺らした。
俺は、次に、静まり返っている女の子たちに向き直った。
「そして、お前たちキャストには別のボーナスを用意した」
俺はスマホを取り出すと、店の売上管理システムの画面を店内の巨大モニターに映し出した。
そこには、今月の彼女たちの売上ランキングが表示されている。
「今月のお前たちの売上。その金額の後ろに、ゼロを一つ俺が追加してやる」
「……え?」
誰かが間抜けな声を上げた。
意味が理解できていないようだった。
「つまり、こういうことだ」
俺は、モニターの画面を操作した。
ランキング1位のエリカの売上は、今月、約3000万円。
その数字の隣に、俺は「×10」と打ち込んだ。
そして、表示された金額。
3億円。
「今月エリカに支払われる給料は歩合だけで3億円だ。2位のレイカは、売上2000万だから、2億円。3位のユイは、1500万だから、1億5000万円」
俺は、ランキングの全員の給料をその場で10倍にしていく。
女の子たちは最初はあっけにとられていたが、やがてそれが現実だと理解した瞬間、歴史上でも稀に見るような甲高い絶叫の渦が店内を支配した。
泣き出す者、抱き合って喜ぶ者、その場で崩れ落ちる者。
この一夜にして、俺は、この店のキャスト達を億り人へと変えてしまったのだ。
この祝勝会にかかった費用は、人件費だけで総額30億円を超えていた。
だが、俺にとっては最高の仲間たちと分かち合う勝利の酒の代金としては安すぎるくらいだった。
俺は熱狂の中心で静かに玉座に座りその光景を眺めていた。
敵がいなくなった戦場で王はこれから何をすればいいのだろうか。
俺の新しい退屈がまた始まろうとしていた。
俺はグラスを片手に静かに立ち上がった。
そして眼下に広がる六本木の夜景を見下ろす。
きらびやかなネオンの光。
その一つ一つが俺にひれ伏しているように見えた。
旧世界の王は死んだ。
今日この瞬間から、この街のルールは俺が決める。
俺がこの街の唯一の王だ。
俺はグラスに残っていた黄金色の液体を一気に飲み干した。
勝利の酒は最高に美味かった。
だがその味はなぜかほんの少しだけ虚しく感じられた。
敵がいなくなった戦場で、王はこれから何をすればいいのだろうか。
俺の新しい退屈がまた始まろうとしていた。




