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私をフローラと呼んだ人

作者: 矢井瀬 月

後半流れが変わるので、序盤苦手な方もよかったらお付き合い下さいませ(,,ᴗˬᴗ,,)⁾⁾⁾


──あの人は、わたしの王子様でした──

──全てを投げ売ってでも一緒に居たかった──

──憧れの、大好きなユージーン様──



「会いたかった、僕のフローラ!」


 人混みの中、私に駆け寄ってきた男は感極まったように叫び、私の手を掴んで走り出した。


「え、ちょ……どこ行く……」

「二人で話せるところ!」


 そう言って前を駆ける男の姿は、まるでここはお花畑だったかしら、と錯覚させられてしまいそうなほど、無駄にキラキラとしていた。


 私は近くのカフェへ連れて行かれ、引きずられるがままに男の向かいの席に座らされた。


「フローラ、ずっと君を探していたんだ」

「あの、どちら様でしょうか?」


 私がそう尋ねると、男は大袈裟に仰け反って額に手を当てた。


「まさかわからないというのか……!? 僕は一目見ただけで、君こそがフローラだとすぐにわかったというのに」

「フローラって、……もしかして?」

「そう、そうだよ!! じゃあ僕のこともわかるだろう?」


 男は自身の銀糸のように輝く髪をサラリとかきあげ、マリンブルーの瞳を指差した。


「ユージーン、様?」

「ああ! フローラ!!!」


 “ユージーン様”は、私の手をガッと握った。

私は反射的に振り払った。


「あ、びっくりして思わず。すみません」


 振り払った反動で椅子から転げ落ちた、自称ユージーン様に私は謝罪した。


「いや、いいんだ。君って意外と力が強いんだね」


 周囲の視線を気にしつつ、彼は照れ臭そうに笑うと椅子に掛け直した。


「もしかしてフローラは、僕が“ユージーン”だってことが信じられないのかな?」


 穏やかな笑顔で彼は問う。


「どちらかというと、私が“フローラ”と呼ばれている意味がわからないのですが……」


 だって、フローラもユージーンも、乙女ゲームの登場人物なのだ。私はゲームイベントに参加していた、ただの29歳日本人。黒髪を後ろでひとつに束ねたヘアスタイル。普通の黒縁メガネを装備しただけの、地味な一般女性にすぎない。


「フローラの格好をしている訳でもないですし、ええと、貴方はレイヤーさんですよね? ユージーン様のコスプレ、とてもお似合いだと思いますよ!」


 私がニコリと笑いかけながら言うと、その人は悲しげに首を振った。


「ああ、違うんだ。よく見て、僕の服はコスプレじゃないだろう? この髪と瞳は8年前、前世を思い出した瞬間、不思議なことに色が勝手に変わったのさ。今の職業はゲーム制作会社のシナリオ担当。どうしても君を見つけ出したくて、あのゲーム……『フローラへ捧ぐLOVE LETTER』を作ったんだ。僕らの前世の世界を参考にしてね」


 彼は私の右手を恭しく取った。今度はそれを受け入れることができた私は、手を振り払わなかった。


「すぐに信じられなくても構わない。でも本当に一目でわかったんだ。僕は君がフローラだと確信しているよ。ずっと探していたんだ……君だけを。どうか傍にいさせてくれないかな?」


 懇願しながら、彼の瞳は真っ直ぐに私を見ていた。


──わたしを見る瞳が優しかったから──

──わたしに触れる手が優しかったから──

──やっと見つけた、わたしだけのユージーン様──


 この人を、根拠もないのに信じたくなってしまう心理がとても不思議だった。一体どういう仕組みなのだろう。

 嘘を吐いているようにはとても見えない、真摯で淋しげな瞳。固く握られた手は不安からか少し震えていた。もしかすると、彼のこういうところに母性本能的な何かを擽られたのかもしれなかった。


「正直、突然過ぎて何がなんだか。……ですが、何故か拒んではいけない気がするんです」


 私も彼を見つめ返すと、彼は安堵の表情で微笑んだ。


「それが君の中にフローラが居る証なのだと、僕は思う。受け入れてくれてありがとう」


 そう言うと、彼は私の手にくちづけた。日本人らしからぬこういった振る舞いも、前世の人格が影響しているというのだろうか。

 初めて出会った男性からの、そんな仕草に思わずまた手を跳ね除けてしまいそうになったのを堪えた私は、動揺を隠しきれないまま、彼に頼みごとをした。


「あ、あの! ですが“フローラ”と人前で呼ばれるのは居た堪れないので、“ハナ”と呼んでいただけませんか?」


 名前を聞いた彼は少し驚いた表情をした。


「“ハナ”。それが君の今世の名前なんだね? 花の女神の名を持つフローラにピッタリだ! よろしくね、ハナ。僕の事は“ユージン”と呼んで」


 テーブルの隅にあったペーパーナプキンに、手持ちのボールペンで“優仁(ゆうじん)”と書いて、「今世の名前、前世とそっくりでしょう?」と彼は笑う。

 

 私たちは連絡先を交換して、その日は別れた。



──あの人はいつも、その季節に合った薄いピンク色の花をくれました。春にはスイートピー、夏にはバラ、秋にはガーベラ、冬にはクリスマスローズ──

──このピンクはフローラの色だから。そう言って微笑む彼の笑顔は花よりも華やかでした──

──彼とのひとときはいつも甘く、わたしを満たしてくれました。



「ハナ」


 ユージンがわたしを優しく呼ぶ。花瓶に生けたスイートピー越しに、蕩けそうな瞳でわたしを見つめる。出会ってからというもの、彼はずっと変わらずわたしをお姫様のように甘やかしてくれた。

 わたしはまだ何も記憶を取り戻せないものの、彼との逢瀬を重ねるにつれて、自分が変わっていくのを感じていた。


 美しい彼に少しでも釣り合うように、メガネをやめて、身だしなみに気を遣うようになった。

 憧れていた張本人が傍にいるから、ゲームに癒やしを求める必要がなくなったのもあり、ゲームに時間を費やすのをやめた。

 愛されているという自信から、陰気な気持ちが消え失せて、周りからは穏やかになったと言われるようになった。

 もしかすると、可憐で優しいフローラが己の中に蘇りつつあるのかもしれないと、わたしは思っていた。


 3回目のデートで、改めて告白をされた。

 5回目のデートで、初めてのくちづけをした。

 8回目のデートで、夜を共にした。


 それからは彼が、わたしの独り暮らしの部屋に入り浸るようになった。これがいわゆる半同棲状態というやつだろうか。仕事が忙しいのに家事も怠らず、いつもわたしを労ってくれた。

 そうして共に夜を明かすたび、不思議なことが起こった。わたしは何故か彼と情を交わした直後に毎回気を失うのだ。目覚めると少しずつ髪が淡い色に変化している。気を失うのに最初は驚いていたユージンも、慣れてくると気を失っている間に甲斐甲斐しく身体を拭いたり服を着せなおしたりと世話を焼いてくれるようになっていた。そしてわたしの髪色が淡くなるたびに、


「嬉しいよ。フローラの金髪に近づいているのかな?思い出してくれる日も近いといいのだけれど」

 と、目を細めて喜んでいた。


 出逢って一年が過ぎた頃の誕生日にはエンゲージリングを渡され、プロポーズを受けた。

「早くない? 大丈夫かな?」

 そう、わたしが尋ねると、

「僕のパートナーは、ハナしか考えられないよ。君さえ良ければ結婚してほしい」

 と、甘やかに微笑まれて、二つ返事で了承した。もうユージンのいない人生なんて考えられなかった。


 そんな幸せに包まれていたある日のことだった。ゲームでも見た悲劇の展開がわたしたちを襲った。彼に心臓の病気が見つかったというのだ。

 ゲームでは、ユージーン様を助けるか否かの選択をユーザーが行う。大魔法師様の治療を受ければ治るのだが、その治療を受けるためには凄まじい量の消費アイテムが必要だ。


 ユージンの心臓病も海外で最先端の手術を受ければ治るそうだが、莫大な費用が必要だとのこと。なんて辛い運命(さだめ)なのだろう。


 ゲームなら泣く泣く見過ごせるかもしれない。もしくは期間をおいて無料アイテムを溜めることもできる。だが現実の、しかも愛する人とあっては決して見過ごす訳にはいかないし、時間の猶予もない。解決策は課金しかないのだ。

 渋るユージンを説き伏せて、わたしは知人、友人、家族に金融機関、あらゆる伝手を辿り、身を切る覚悟でお金を掻き集めた。

 

 それでも足りないだろうけど、と、ユージンに工面したお金を渡せば、何とかなりそうだ、と感謝された。

 必ず元気になって戻ってくる、そうわたしに約束して彼は飛行機で旅立った。


 ……と、ここまでが昨年の出来事で。


 それからは一向に、彼と連絡が取れないのです──



「まだ海外で療養しているのかもしれないけれど、捜索願を出せないでしょうか?」


 不安そうな面持ちで、婚約者の行方が知りたいのだと、 “ハナ”さんが警察に相談しに来たのはおよそ1年前のことだ。

 初対面直後に“ファミリーレストラン”で自称ユージーンに口説かれてから、彼が海外に飛び立つまでの経緯を、生活安全課から呼び出されて事情聴取していた “私”は、ハナさんに残酷な事実を告げた。


「ここ数ヶ月のうちに、他の方からも同様の相談を受けました。貴女で3件目です」

「え?」

「結婚詐欺の可能性が高いですね」


 ハナさんは、青褪めた顔で私を見た。



 リリースは4年前にもかかわらず、更新頻度が高く、現在も人気の高い乙女ゲーム、『フローラへ捧ぐLOVE LETTER』。


 シナリオライターは“ユージン”と名乗る、銀髪青目の人物とは全くの無関係であることがわかった。


 “ユージン”はおそらくSNSを利用し、ユージーンというキャラを推す廃課金ユーザーのイベント参加状況を確認。現地に赴いて持ち物などからそのユーザーを特定し、『一人で参加している・自分に自信のなさそうな・推しには躊躇なく貢ぐ女性』であることを見定めて接触しているのだろうと、私含めた特殊詐欺捜査課の刑事たちは見当(アタリ)をつけた。


 それっぽいアカウントを作って罠を仕掛け、ゲームの知識を頭に入れ、“ユージン”に狙われそうな女性を装った私に、バディで後輩の高山が小型マイクを手渡してきた。


「囮捜査、先輩なら大丈夫だと思いますけど。やっぱり相手は男ですし……。なんかされる前に絶対逃げてくださいよ」


 私は前被害者と同名の“ハナ”を名乗り、囮になることを決めていた。前被害者のハナさんはファミレスで口説かれたとのことだが、このイベント会場近辺にはカフェしかないので、おそらくそこに連れ出されるだろうと、既に他の刑事が客のふりをして待機している。


「まあ初回の顔合わせでは紳士的だったって被害者全員言ってたし大丈夫でしょ。

 とはいえ、カラダも使ってくるようなやつだしねぇ。行為中に意識失わせて髪の脱色とかしてるっぽいし。ヤバいクスリでも使ってるなら、その辺の裏付けも本当は取りたいけど、さすがにね。そこは他の奴らに任せるわ。

 貞淑でお堅い、夢見がちなお嬢様でも演じてくるから安心して」


「はい、でも」

「全部ちゃんと聞いててね。無理やりな手口に出たら、それはそれで好都合なんだから」


 笑ってみせても、尚心配そうな高山の小指に、自分の小指を絡めて握った。それから高山の肩をポンポンと叩いて歩き出すと、一瞬顔を赤らめた高山も覚悟を決めた様子で、数メートル離れた位置から着いて来た。


「ターゲット確認、接近します」


 銀髪青目の男が私を視界に捉えたのがわかった。自信なさげに俯いてみると、男は私の前に来て叫ぶ。


「会いたかった、僕のフローラ!」


 私が彼の新たなフローラに決定した瞬間だった。


 カフェで手を取られ、誤って投げ飛ばしてしまった時はさすがに失敗したかと焦った。というか幾ら私が鍛えているからといって、手を振り払っただけで転ぶなんてひ弱過ぎる。高山の心配も薄れるだろう。

 “ハナ”を名乗ったときは、流石に少し動揺したように見えたから、やはりこいつがハナさんを騙した男で間違いなさそうだ。



 3回目のデートで、改めて告白をされた。

 5回目のデートで、くちづけをされそうになった私は、「初めては結婚式の教会で、って決めてるの」と貞淑ぶった。妙に感動した彼は「それでこそ僕のフローラだ!いずれは君と結婚したい」と言ってきた。

 そこで乗り気な態度を見せてみると、キスはされないものの抱きしめられた。

 それを見ていた高山が、飛び出していきたい衝動を堪えるのに苦労したと、仕事が終わると同時に甘えてきたのは可愛かった。


 7回目のデート前日、私はここで自ら金髪に脱色して肩下までのゆるふわパーマをかけ、メガネからコンタクトレンズに変えた。

「少しでも前世の姿に近づいて、フローラのことを思い出したいの」と話すと、またユージンは大袈裟に感動してみせた。


 8回目のデートで、ブランド物のリングを渡され、プロポーズを受けた。後でそのリングを鑑定に出すと、コピージュエリーだった。こちらの出どころも突き止めたいところだ。


 そうしてプロポーズを受けた数日後、ついに待ち侘びた日が来た。


「ハナ、プロポーズしたのにごめん。結婚できないかもしれない……」


 悲壮な顔でユージンは言った。心臓の病が見つかったと。前世と同じ運命を辿るのかと。


「なんて皮肉な運命なの……!? でも大丈夫、貴方は必ず私が守ってみせる! 実はうちの実家、大きい会社なの。パパに頼んでお金を用意するから」


 そう話すと、ユージンは驚いた表情を見せ、厚かましくも億単位の金銭要求をしてきた。

 慎ましやかな表情を意識していたようだが、少し口の端が歪んでいた。初めて彼の隠しきれない裏の顔を見た気がする。


 それからまた数日の後、先に幾らかの金額を渡しておきたいと告げて、初めて話したカフェにユージンを呼び出した。


「ごめん、ハナ。迷惑をかけて」

「ううん、いいの。あなたが元気になってくれるのなら」


 札束を詰めたバッグを渡すと、彼は軽く中身を確認した。


「大金持って歩くの怖いから、今日はここで帰らせてもらうね。ハナ、本当にありがとう」


 にこりと笑って立ち上がった彼に、私も満面の笑みを向けると、持っていたマイクに口をあてた。


「確保」


 高山と、同じ班の刑事たちが数人で彼を取り囲んだ。


「13時56分、詐欺罪の容疑で保良吹(ほらぶき) 一郎、現行犯逮捕します」

 

 全然“優仁”じゃないじゃん、と最初に本名を突き止めたときに思ったのは言うまでもない。

 ちなみにこの捜査期間中、彼を泳がせ尾行もしていたので、小規模ではあるが、詐欺グループの摘発も同時に行えた。


 被害報告者3名以外にも、現在進行形で数名騙していたようで、余罪捜査も必要だ。

 彼女らには弁護士をつけることを勧めた。心の傷はいかほどか計り知れない。せめて搾取された金銭が、無事に返金されることを願うしかない。



 その日の仕事を終わらせた私が署を出ると、頭に冷たい何かがくっつけられた。


「先輩、お疲れ様でした」


 高山から、頭にくっついたままの缶コーヒーを受け取る。


「ありがとう。ああ、いい歳してかわいこぶるの、めちゃくちゃ疲れたー!」


 ひひ、と笑うと高山も笑った。


「あれはあれで可愛かったですけどね。でもやっぱ、いつもの先輩がいいです」

「高山はそういうのサラッと言えちゃうところ、ホントずるいよねぇ」

「本音ですよ? 尊敬と可愛さとかっこよさの狭間で毎日揺れてます。あ! 先輩の金髪、全然(さわ)れてない。もう元に戻しますよね?」

「あ、そうだね」

「戻す前に金髪の先輩堪能したいです。俺は俺で、他の男に触られる先輩見てるのキツかったんですから、労ってください。……ね、理沙さん」


 少し拗ねたような顔でこちらを見てくる。私なんかより高山の方がよっぽど可愛い。


 初めて私の名を呼んだ高山に、いつ私も下の名で呼び返そうかなぁ、なんて考えながら、私の髪を自分の指に巻きつけて遊ぶ高山の腕に、私は私の腕を絡めた。



 ゲームの題名がバレては売り上げに支障が出るかもと、この事件は『乙女ゲーム結婚詐欺事件』と呼ばれ、広まることとなった。


 皆さんも、詐欺にはくれぐれもお気をつけて。


『──』の間は被害者の証言、前半と後半の『私』は理沙(=偽ハナ)、中盤の『わたし』は被害者ハナで進んでおりました。読み取りづらくなければ良いのですが……!


数年前、祖母が優しいイケメンオレオレ詐欺師(イケメンは祖母主観)に200万持っていかれました(›´ω`‹ ) 下っ端だけ捕まったけど、指示役等は見つからず、お金は戻ってきておりません……皆様ご家族ともども本当にご注意くださいませ( ´ཀ` )


最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました。

もし面白いと思っていただけたならば、リアクション、評価などいただけると大変光栄です(*´ ˘ `*)♡


(大ポカによる誤退会をしてしまったので再掲です。届いているかわかりませんが、以前ブクマや感想など下さっていた方々申し訳ありません。でもスクショは残してありますBIG LOVE‼ ありがとうございました☆)

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