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第3話 それぞれの道

 しばらくの間、家族を一瞬のうちに失ったハゲ雀は、地面に向かって泣き崩れていた。


 ハムスターも空気を読んで、何も言わないでいた。もう、ハゲ雀にハムスターを襲う気はない。


 プリプリプリプリプリ……


 ハムスターのお尻から、またしてもうんちが漏れ出しているが、決して雀を愚弄しているわけではない。


 ハムスターは、ほぼ自動的にうんちが出てくる。そういう仕組みなのだ。先ほど述べた通り、ハムスターは代謝が高く、頻繁に食事をする必要がある。つまり、それは言い換えれば頻繁に排泄する、ということにつながるわけだ。


 しかも、ハムスターは先ほど頬袋の中の乾パンを食べた。そのせいで消化器官が動き出して、自動排泄へと至ったわけだ。


 ただ、そのタイミングがハゲ雀の泣き崩れるタイミングと偶然重なっただけで、ハムスターに悪気はない。


 目にも何の表情もなく、茫漠たる荒野とビル群の光景がその瞳に映り込んでいるだけだ。しかし、ハムスターは泣き崩れるハゲ雀を見て、少しばかりの(自分を食おうとしたのだから、少しでもハムスターにとっては十分と思われた)憐憫を感じていた。


 一瞬にして、自分の築き上げてきたすべてが、カメレオン蛇の腹の中へ飲み込まれていったのだ。察するにあまりある。


 どうやって慰めるか……


 ハムスターは考えていたが、人間でも気まずい状況で、ハムスターごとき低脳動物が、何か気の利いたことを思いつくはずもなかった。


「おいしいものでも食べて、元気出すっち!」


「んなもん、出るか、ボケェ!!!!」


 当たり前である。


「でも、いつまでも泣いていてもしょうがないっちよ」


「………」


「………」


 気まずい沈黙が流れたが、ハムスターの瞳は変わらない。


「……しばらく一羽にしといてくれや……」


 確かに、ハムスターにとってもそのほうが良かった。天敵の鳥と、いつまでも一緒にいるわけにもいかない。


 お尻をふりながら、ハムスターは無音でその場を立ち去っていく。


 それにしても……さっきのはかなり危なかった。


 あともうちょっとで死ぬところだったが、なんとか避けれた。


 当面のところ問題となるのは食料や寝床の確保だろう。ハムスターは水を飲まなくても生きていける。幸い、ハゲ雀が連れてきたのは緑の多い場所だったので、しばらくここで巣を作っても良いかもしれない。


 しばらく走り回っていたが、ハゲ雀が持ってきた場所は建物のかなり高い場所にあった。これがハムスターに訪れた不幸の一つである。


 そしてハムスターは視力が極端に悪い。遠近感もあまりよくつかめないようなのだ。


 そんなハムスターの取る行動は一つしかない。


 飛び降りである。


 そう、意外と躊躇なく高所から飛び降りるので、ハムスターを飼っている方は注意してもらいたい。


「うん、なんかこのへんから降りれそうだっち!」


 なんの根拠もない自信に満ち溢れるアホハムスターは、上半身だけ下に伸ばしていたが、やがて思いきって飛び降りた。


 その頃にはようやくハゲ雀も泣き止んで、助けてくれたハムスターにお礼を言おうと思っていたのだけども……


 そこで目にしたのは、今にも落ちそうになって崖に踏ん張っているハムケツだった。


「あかん、お前それは危ないやろ!」


 ハゲ雀がそう叫ぶと同時に、ハムケツもまた廃墟の下へ落っこちていったのだった……




 さて、ハムスターだが、実は落下しても無事だった。むろん、いくつか軽い打ち身は負っているが、状況を考えれば奇跡的な軽傷と言えるだろう。


 原因は2つの幸運だった。


 一つは、ハムスター自体が毛に包まれていて、さらに体の柔軟性もあって、落下の衝撃を吸収できた、ということだろう。


 二つめは、途中に生えている草や枝がクッションとして働いたことだ。極め付きは、落下地点にメイタケという柔らかい傘をしたキノコが生えていたことだろう。ハリウッド映画でビルから飛び降りたら、下に車があるのと同じ確率で助かったのだ。


 とにかく、ハムスターは奇跡的に無事だった。しかし、ハムスターに「奇跡に感謝する」知能などない。


「あ、なんかこれ、おいしそうだっち!」


 とりあえず、キノコを齧ってみる。ハムスターは何でも齧るし、何でも口にする。一口齧ってみるが、何回か噛んだところで、気に入らなかったのか、そこらへんにキノコの破片を吐き捨てた。


「なんかこれ、いらないっち!」


 好き嫌いが激しいのも、人間に飼われていたころは良かったかもしれない。人間ならすぐに好物を用意してくれるからだ。


 しかし、自然界ではそんなやつはいない。あるものを利用して、生きていかないといけないのに、このハムスターはそこらへんの認識が甘いようだった。


 とりあえず、そこにウンチを一個、無意識に出してから、廃墟周辺を探索することにした。まずは食料を確保が先決だ。幸い、地面の土は柔らかいので、適当に穴を掘れば巣穴を作ることは容易い。


 急に立ち上がって硬直するハムスター。これは宇宙と交信しているのではなく、ハムスターが人間には聞き取れない音域の音を拾っているからだ。聞き慣れない音なので、聞いて危険がないか見極めようとしているのだ。しかし、ハムスターにも全くわからない。そもそも、この場所に来たことがなかったので、音から何かを察することなどできなかった。


 とりあえず、動き出さなくてはならないだろう。もう日も暮れ始めている。ハムスターには行動時間だが、今日は昼間に動きすぎた。それによく分からない場所でもあるので、早めに安全と食料を確保しておきたいところだ。


 早速鼻をひくつかせながら、食料になりそうなものを探していく。ぶっちゃけキノコは「無視すんなよ」と思っていたが、キノコは植物なのでA語が喋れない。仕方ないね……


 哀れなキノコを残して、しっぽをふりながら立ち去っていくハムスター。


 さっそく餌になりそうな植物の種を見つける。とりあえず齧ってみる。殻に包まれているが、ハムスターの歯なら簡単に殻をむくことができた。中身は……まあまあうまい。さっきの乾パンほどじゃないけどね。まあ食ってやらんこともないかな――ハムスターは傲慢にもそう考えていた。ちなみに、さっき人間からもらった乾パンはすでにMBに飲み込まれている。MBは強力な道具ではあるが、消費するエネルギーも半端ないのだ。もし乾パンがあれば、今日中は餌に困らなかっただろう。


 さて、さらに探索を続けてみると、またしても同じ種が落ちていた。


「ラッキーじゃん!」


 と思いながら、無表情に種にかじりつくハムスター。今度は殻をむいたら頬袋にしまい込む。とりあえず、頬袋に食料を確保しながら、安全な場所で食べる予定のようだ。ハムスターにもそれくらいの計画性はある。


 そしてまたしても同じ種が転がっていた……


 人間なら「なんでこんな都合よく……? 罠かな?」という疑問が湧いただろうが、ハムスターにそんな知能はない。ただ喜んで頬袋に詰め込んでいくハムスター、そしてそのアホハムをやや遠くからほくそ笑んで眺めている捕食者がまたしても一匹……


 ハムスターが順調に餌を頬袋に詰め込んでいくのを見て、そいつも移動していく。もうそろそろ、罠にかかる頃だろう。今日の餌は美味しそうだと、期待しながら。

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