第9話 私の帰る家
ついに、ヨハンナ達とトゥルーデの話し合いが始まります。
トゥルーデは無事保護されるのでしょうか?
警察署に戻るのを恐れたトゥルーデは、ヨハンナに言った。
「・・・・・・わたし、もどりたくない」
「戻らなくても良い!」
「え?」
「私は、トゥルーデの選ぶ道を大切にしたい!」
「・・・・・・!」
ヨハンナの言葉が、トゥルーデの胸に響く。
ほとんどの大人がトゥルーデを一方的に悪者扱いして精神的に縛りつけようとする中で、ヨハンナはトゥルーデの意思を尊重すると言ってくれたのだ。
更に、ヨハンナは選択肢を出した。
「私の家に来るのも良いし、ジョシュアさんの家に行くのも良い。好きな方を選んで。どちらを選んでも、私はトゥルーデを応援するし、陰から支えるよ」
「いっしょのかぞくになってくれるの?」
「トゥルーデが望むならね。それで、どうする?」
それを聞いて、トゥルーデの気持ちに明るさが戻ってきた。
自分には、帰れる場所があるんだ。
「わたしは・・・・・・!」
ヨハンナが出した選択肢の中から、トゥルーデはすぐ答えを選ぼうとした。
しかし、その時、
―― また来るわね♡
あの悪魔が囁いた忌々しい言葉が頭をよぎった。
「わたしは・・・・・・、えらべない」
「何でか教えて?」
「とうさんとかあさんをうったやつが、わたしのこともうとうとしてるの。わたしがいくと、まきこんじゃう!」
トゥルーデは叫んだ。
警察署に行くのはもちろん嫌だが、引き取られた先の家の家族がルシファーの襲撃に巻き込まれて命を落とすのも嫌だった。
そんな未来しか待っていないなら、アイビー公園で暮らした方が良い。
しかし、ヨハンナは首を振った。
「トゥルーデ、そのことは心配しなくても良いよ」
「え?」
「そんなクズは私の拳でワンパンよ。トゥルーデは私が守る」
ヨハンナは真剣な眼差しでトゥルーデに言った。
家族を守るためなら、習った空手の力で相手を文字通り潰してやる。
容赦などするものか。
「ハハハ。心強いですね」
しばらく黙って聴いていたブライアンが、やっと口を開いた。
「ですが、2人とも大切なことを忘れています。私達父娘も、トゥルーデの味方だということを」
「そうだそうだ!わすれんな!」
シャーロットは大きくうなずいた。
トゥルーデはヨハンナ達の言葉に、涙を浮かべた。
「みんな・・・・・・!」
ヨハンナはクスッと笑うと、トゥルーデがいる方に手を差し出した。
「そうだったね。皆がいる。私達皆がいる。だから、大丈夫。もうあんな事件は起きない。起こさせない。約束するよ!」
トゥルーデの頰を涙がつたう。
「ヨハンナねえさん、ほんとう?」
「もちろん。さあ、トゥルーデ。好きな方を選んで?」
「・・・・・・うん!」
トゥルーデは涙を拭うと、下に手を伸ばした。
「私は・・・・・・」
しかし、その一瞬の間に気が緩んだせいでバランスを崩し、木から落ちてしまった。
「あ!?」
「「「トゥルーデ!!」」」
ヨハンナ達は青ざめて叫んだ。
だが、ヨハンナはすぐに冷静になり、トゥルーデが地面に落ちかけた瞬間に滑り込み、彼女を受け止めた。
落下の衝撃で腕が痛むが、小さな身体のトゥルーデが地面に叩きつけられてグチャグチャになるよりはマシだと思った。
「ヨ、ヨハンナねえさん!?」
「つうぅっ!!大丈夫?トゥルーデ」
「あ・・・・・・!!」
トゥルーデはヨハンナが自分を守るためにとんでもない無茶をしたことに気づき、謝った。
「ご、ごめんなさい!ヨハンナねえさん!わたし、わたし・・・・・・!」
「大丈夫そうだね。トゥルーデが無事なら、それで良いよ。それより、トゥルーデの答えを教えてほしいな」
ヨハンナは笑顔でそう言った。
トゥルーデはコクリとうなずいた。
「わたし、わたしはね、ヨハンナねえさんのところにいきたい。ヨハンナねえさんがいいの・・・・・・!」
ヨハンナはその言葉を聞くと、トゥルーデの頭をそっとなでた。
「そっか・・・・・・。よろしくね、トゥルーデ」
「うん!よろしく、ヨハンナねえさん!」
トゥルーデは笑顔を見せた。
その直後、シャーロットが泣きながらトゥルーデに勢いよく抱きついてきた。
「トゥルーデェー・・・・・・!」
「シャーロット?」
「なんでおちるのぉ!?しんじゃうつもり!?」
ブライアンも、息をついて言った。
「心臓が止まるかと思った・・・・・・」
トゥルーデはダニエルズ父娘にも謝った。
「ごめんなさい。シャーロット、ブライアンさん」
たくさん心配をかけたので、当然の謝罪だった。
しかし、トゥルーデをそれ以上責める者はその場にいなかった。
◆
「ううう・・・・・・っ!」
「涙を拭きな」
トガワは、隣で泣いているマルクスにハンカチを貸した。
「良かった!トゥルーデ様に、あんな素敵な味方が・・・・・・!」
「気持ちはわかるが、落ち着いてくれ」
マルクスとトガワは近くの茂みに隠れ、途中からヨハンナ達とトゥルーデの話し合いをこっそり聞いていた。
大声で話をしていたのを聞いて、その方向に行ったら、あの4人を見つけ、話し合いを最後まで聞くことになったのである。
「あ、チョコクッキーがバラバラだ!」
「ところで、それ誰からもらったの?」
「『おじょうさま』ってよばれてたこ!なんかライオンのかそうしてた!」
「へー!また会えたら、お礼しなきゃね」
「うん!」
話し合いが終わると、トゥルーデとヨハンナは手を繋いで公園の出口に向かい始めた。
ダニエルズ父娘も、2人に続いている。
マルクスとトガワはその動きを確認すると、ゆっくりとその場から離れた。
ここで現れて何か言うのは、野暮というものだ。
◆
ヨハンナ達は渋滞していた交差点に戻って車を取り戻すと、中央部に向かった。
ヨハンナの車に乗せてもらったトゥルーデは、不安そうに運転席のヨハンナを見た。
「わたし、けいさつしょにいかされるの?」
「え?違う違う。私が代表してトゥルーデを見つけたって報告をしに行くだけ。トゥルーデはブライアンとシャーロットの車で待ってて」
「うん・・・・・・」
トゥルーデはうつむいた。
あそこでの時間がトラウマになっているのは間違いない。
ヨハンナはトゥルーデに言った。
「大丈夫。誰が相手だろうと、ヨハンナねえさんは負けないよ」
「け、けがはしないでね」
「トゥルーデがそれを言うの?ハハハハ!」
トゥルーデの心配をよそに、ヨハンナは豪快に笑った。
15分後。
警察署で、割れ顎の警官の怒鳴り声が響いた。
「ふざけるなっ!!」
「誰がジョークなんて言った?私は本気。トゥルーデは私が預かる」
割れ顎の警官の前では、ヨハンナが堂々と椅子に座って足組みをしていた。
トゥルーデは外の駐車場のダニエルズ父娘の車に預けている。
あの2人になら、しばらくの間任せられる。
「た、確かに自分で探しに行くとあなたは仰った。だが、預かるかどうかは話が別だ!あの穢らわしい――」
割れ顎の警官は、また汚い言葉を使おうとした。
しかし、ヨハンナがそれを許すはずがなく、全部言う前に近くの机をバンッ!と叩かれてしまった。
「ひっ!?」
「穢らわしいのは、あなたの言葉遣い。もうちょっと英語のお勉強をしたら?」
あの「事情聴取」と違い、今回怖い目に遭わされるのは割れ顎の警官の方だった。
「グ、グレゴリー家出身だからって・・・・・・!当主でもないくせに!」
「あんなものはすぐバカ兄貴にあげたの。私がほしいのは本当の家族の安全だけだから。それより、さっさと私がトゥルーデを預かることを認めてよね。後でちゃんと正式な娘にするから」
「何だと!?」
相性が悪いせいか、話がなかなか進まない。トゥルーデとの話し合いとは大違いである。
その時、騒ぎを聞いたあの人物が2人の間に入ってきた。
「2人とも、よさないか。トゥルーデが無事だったなら、我々が争う理由は何もないはずだぞ?」
そう。ジョシュアである。
何故ここにいるのだろう?
「ジョシュアさん!?」
ヨハンナは足を組むのをやめて、姿勢を正した。
割れ顎の警官も、ジョシュアを見て慌てていた。
「ジョシュア・キルス!!?」
ヨハンナはジョシュアにきいた。
「ジョシュアさん、何でここに?」
「能力を使ってゾンビ達を操ったから、その報告をね。市民として、条例は守らなくては」
ジョシュアは割れ顎の警官の肩にポンッと手を置いた。
「ひあっ!!?」
「ヨハンナも言葉が強いが、悪気はないんだ。トゥルーデを心配しているのだよ。両親を亡くし、心が深く傷ついてしまっている幼子をな。わかるだろう?」
「あ、あ、ああ!!」
割れ顎の警官は大きくうなずいた。
キルス家の人間を嫌っている彼だが、最強の特殊能力者であるジョシュアには同時に恐怖心も抱いているようだ。
「どうだろう?ここは、トゥルーデをヨハンナのもとに行かせてあげるというのは。これ以上縛りつけても、また面倒が起きるだけだ。それに、もう十分情報は手に入ったのではないかね?」
「くぅ・・・・・・!そ、そ、その通りだな」
割れ顎の警官はあっさりジョシュアが出した案を受け入れた。
ジョシュアは間に入ったというより、ヨハンナの味方になってくれたようなものである。
警察署を出ると、ヨハンナはジョシュアにお礼を言った。
「ありがとうございます、ジョシュアさん。おかげでトゥルーデと帰れます」
「お役に立てて何よりだ。わしも、陰から見守るとしよう。トゥルーデのことを頼むぞ」
「はい!」
ヨハンナとジョシュアは熱い握手を交わした。
◆
ダニエルズ父娘と別れた後、ヨハンナはトゥルーデをまた車に乗せて大通りを走った。
「シャーロットのうちね、こんどくりすますパーティー?っていうのをするんだって。わたしもしょうたいしてくれるみたい」
「良かったじゃない!良いお友達を持ったね」
「うん・・・・・・」
話題は明るいが、トゥルーデの表情はあまり明るくなかった。
もう夕方だからだろうか?
・・・・・・いや、違う。
ヨハンナはルームミラーを一瞬見た。
「トゥルーデ、どうしたの?」
「きょうね、ハロウィンなの。みんなで、とうさんとかあさん、シャーロットとブライアンさんのみんなでおかしもらうはずだったの。でも、でも・・・・・・」
トゥルーデは続きを言うのをやめてしまった。
ヨハンナは優しく微笑んだ。
「皆のことが大好きなんだね。トゥルーデは良い子だ」
「え・・・・・・!?」
トゥルーデは驚いたような、照れるような表情を浮かべ、ヨハンナの方を向いた。
「トゥルーデ、私はあなたのことをあまり知らない。でも、これから少しずつ知っていきたい。私も、トゥルーデのことを大好きになりたいから」
ヨハンナはそう言った。
しばらくして、車はヨハンナの屋敷に到着した。
キルス一家の青い屋根の家と違い、黄色い屋根の屋敷だ。
ヨハンナはトゥルーデと一緒に車を降りると、ドアの鍵を開けた。
「トゥルーデ、ここが新しい家だよ。お帰りなさい」
トゥルーデはヨハンナに促され、屋敷に入った。
「ただいま。ヨハンナねえさん」
良かった・・・・・・!無事保護されました!
しかし、ここはデスタウン。
まだ油断はできません!