第6話 独りぼっちのハロウィン
ついに始まります。
トゥルーデは、一体どこへ向かうのでしょう?
逃げ出したトゥルーデを追って、割れ顎の警官を含めた警官達が走ってきた。
「待てーっ!!クソ!何でドアを開けたままにしたんだ!?」
「仕方ねーだろぉ!?俺の女がここまで来てくれたんだぞ!!」
反吐が出るような言い合い。
ヨハンナはそれを聞いて舌打ちし、彼らの前に立ち塞がった。
「止まりなさい!!私の姪に何をするつもり!?」
「何だぁ?どけ、女ぁああっ!!」
「ま、待て!!見ろ!あのお方は・・・・・・!」
警官の1人がヨハンナを見て青ざめ、他の仲間達を制止した。
キルス家の血を引く者のほとんどが黒髪と青い瞳を受け継いでいるように、グレゴリー家の者も、黒髪と金色の瞳を特徴として受け継いでいる。
長くしっとりとした黒髪と、黄金のように光る金色の瞳を持つヨハンナは、グレゴリー家出身だと一目でわかる。
「も、もしや、グレゴリー家のお方で?」
「だったら何?あの子にやったみたいなことをするの?」
「まさか!あなた様とあのガキでは価値が違います」
「価値?」
最低すぎる。
こんな連中とこれ以上一緒にさせていたら、トゥルーデの身が危ない。
トゥルーデには他にも親戚がいるので本人が決めることではあるが、彼女が望むなら自分が保護しよう。
「あの子は私の姪!価値が違うなんてこと、冗談でも言わないで」
「しかし、あいつは裏切り者の――」
ヨハンナは警官の1人をギロリと睨みつけ、低い声で言った。
「黙れ」
警官達は震え上がった。中には腰を抜かす者もいた。
ヨハンナは深呼吸してからまたいつもの声で言った。
「もう結構。あなた達には頼れない。私がトゥルーデを探しに行く。あなた達は好きなだけここにいなよ」
この街はデスタウン。
幼子が1人で歩けるほど平和な街ではない。
1秒でも早く見つけなくては。こんな連中の反吐が出る妄言を聞いている暇はない。
「お、お待ち下さい!」
「断るっ!!」
ヨハンナは警官達に背を向け、警察署を出た。
◆
「ハア・・・・・・ッ!ハア・・・・・・ッ!」
トゥルーデは必死に走り続けた。
ボロボロな服を着せられているが、夕方まで待てずに仮装して出歩いている何組もの親子の中に紛れ込んだおかげで目立たずに済んだ。
もうあそこにいたくなかった。
何度も証言しても信じてもらえないし、両親への悪口を言われ続けることも耐えられなかった。
ずっとあそこに居続けていたら、恐らく心が壊れていただろう。
残された道は、ただ逃げることだけだ。
でも、どこへ?
愛する両親はもういない。
それは、帰る場所がどこにもなくなったことを意味する。
その上、あの悲しい事件の現場になってしまったため、しばらくの間、住んでいた家には戻りたくなかった。
逃げられたのは良いが、どこへ行けば良いのだろう。
トゥルーデは困りながら通りを見回した。
すると、30m以上ある大木が目に入った。
トゥルーデはつぶやいた。
「アイビー・・・・・・こうえん」
あの大木がそびえているアイビー公園は、過保護な両親が、あそこだけは健康に良いからという理由で特別に連れて行ってくれた公園だ。
自宅以外では、両親との思い出が最も詰まった場所である。
トゥルーデはすがるように、いや、引き寄せられるようにライト区のアイビー公園を目指した。
ひたすら北西部に向かって走り続ける中で、色々な声が聞こえてくる。
「私、クッキーが良いな!」
「お前はそれ以上食うな。太るぞ?」
「えー!パパ、酷い!」
「良いじゃないの。食べたいんだもんね?我慢する方が体に良くないわ」
特に目立つのは、仲良くお喋りする親子の声。
両親が生きていたら、自分達もああいう風に喋っていただろうか?
トゥルーデは寂しそうにため息をついた。
楽しみだったハロウィンが、少しも楽しくない。
その時、
「あー、さいこうだわっ!!」
トゥルーデの気持ちと反対の言葉が、前の方から聞こえた。
トゥルーデは驚いて声の主を探すと、前の方に黒い山があるのを見つけた。
いや、違う。
あれは、誰かを護衛して歩く黒い服の大人達だ。
護衛されているのは、声の主のようだ。声からして、トゥルーデと同い年だろう。
「こうきゅうなおかしをいっぱいみつがれたわ!わらいがとまらない!」
声の主は可愛いらしい高笑いを響かせる。
その直後、護衛達の隙間から何かがポトンッと落ちた。
トゥルーデはそれを拾うと、一瞬目を丸くした。
何と、先端にふさふさの毛が生えた尻尾だ。
しかし、よく触ってみると、中に綿が詰まっている。
本物ではない。飾りだ。
トゥルーデは届けてあげるべきか少し悩んだ。
現在の自分は逃亡中。届けに行けば、正体に気づかれてしまうのではないか?
だが、トゥルーデはすぐ首を振った。
気づかれても、全力で逃げれば良い。
落とし物のせいでハロウィンを楽しめなくなる子が出てしまうことの方が嫌だ。
トゥルーデは走るのを一旦やめると、前にいる護衛達に声をかけて、飾りの尻尾を見せた。
すると、護衛達は情けない悲鳴を上げた。
「ひっ!?そ、それはお嬢様の・・・・・・!」
「おじょうさま?」
トゥルーデは護衛の1人の言葉に首をかしげた。
そこへ、護衛達の輪の中心から声の主が現れた。
「あら、とれちゃってたの?はずかしいわね!」
「お、お嬢様、これは・・・・・・!」
「あとでパパにいいつけるわね。サボりやがって」
声の主が、その「お嬢様」らしい。
煌めく金髪を後ろに束ね、メスライオンの仮装をしている。
身長はトゥルーデとほぼ同じで、何故か親しみを感じる。
だが、性格はかなり荒々しいような気がする。
「これ、あなたの?おちてたよ。はい」
トゥルーデは「お嬢様」に飾りの尻尾を返してあげた。
「ありがとう!しょみんにも、いいこはいるのね。おれいをしたいな!」
「ううん。おれいなんて――」
トゥルーデはこれ以上の注目を避けるため、お礼を断ろうとしたが、そのタイミングで可愛い音がした。
クーッ。
「まあ!」
「お嬢様」が声を上げる。
「はやくいってくれればいいのに!ちょっと、わたしてあげてよ!」
「お嬢様」は大きな袋を抱えた護衛の足をコツンと蹴った。
トゥルーデは彼女の乱暴な振る舞いに嫌なものを感じ取ったが、それを口にしようとすると、護衛達が無言で首を振った。
ここでは、「お嬢様」の機嫌が全てを支配しているようだ。
蹴られた護衛は慌てて袋に手を突っ込んだ。
「は、はいぃぃーっ!!」
護衛はチョコクッキーが10枚も入った小袋を出した。
それを見た途端、トゥルーデは目を輝かせた。
「チョ、チョコォ・・・・・・!?」
「フフ、おきにめしたようね!ゆうがたがまちきれなくて、パパのぶかにみつがせたの!こうきゅうクッキーよ!」
「お嬢様」は、また高笑いした。
トゥルーデの好物は、チョコレート。今回「お嬢様」がもらったお菓子の中に、トゥルーデが大好きな物が入っていたようだ。
トゥルーデはチョコクッキー入りの小袋を受け取ると、素直にお礼を言った。
「あ、ありがとう。たいせつにたべる!」
「これはおれいだから、きにしないでいーの!」
「お嬢様」は笑いながら言った。
トゥルーデは彼女の乱暴な一面を好きになれなかったが、一方で根は良い子なのではないかと感じていた。
名前も知らないのに、不思議だ。
その後、父親との待ち合わせの約束があったらしい「お嬢様」は、護衛達に頭を下げられて別の場所へ移動することになった。
「それじゃあ、またね!しょみんちゃん!」
「・・・・・・またね」
トゥルーデは遠ざかる「お嬢様」を手を振って見送った。
「お嬢様」の背中が見えなくなった頃には、また独りぼっちになっていた。
トゥルーデはチョコクッキー入りの小袋を抱えながらゆっくりと歩き出した。
◆
「「え?トゥルーデ様?」」
警官コンビは声を上げた。
何組もの親子の中に紛れて、前の通りをトゥルーデが1人で歩いていたのだ。
この街では、ありえない光景である。
「どうしてこんな所に?警察署にいるはずじゃ?」
大柄で角刈りの方の警官フリッツ・マルクスは慌てて言った。
一方、マルクスの相棒で小柄な方の警官ドット・トガワは冷静だ。
「どうせドゥールー教徒の連中の嫌がらせだろ。歩いてライト区まで帰れってな。奴らのやりそうなことだ」
2人はデスタウンでも署内でも少数派のキルス教徒だ。
それを理由に仲間であるはずのドゥールー教徒の警官から嫌がらせを受けることが多く、この日も、トゥルーデの警護をする予定を急に変更され、ライト区付近の通りの監視を押し付けられてしまった。
マルクスは頭を抱えた。
「ど、ど、ど、どうしよう!?このまま放っておく訳にはいかないけど、保護してもあの人達がまともなことをするとは思えない・・・・・・!」
「落ち着け。しばらくは遠くから見守ろう。トゥルーデ様を守れるのは今、我々だけだ」
「そ、そうだな!そうだよな!」
マルクスは顔を上げた。
とりあえず、マルクスとトガワは無線で「迷子を保護して来ます」とだけ連絡し、トゥルーデの後を追った。
トゥルーデが危険なことに巻き込まれることがないように見守る必要があったのだ。
だが、2人とも、まさか3歳のトゥルーデが自分から逃げ出したとは夢にも思わなかった。
そして、向かっている先が家ではなく、公園だということも・・・・・・。
10分後。
「フウ・・・・・・。ちょっとおやすみ」
トゥルーデはやっとライト区に入ると、近くのバス停のベンチで休んだ。
後をついてきたマルクスとトガワは、遠くの茂みから静かに見守る。
しかし、トガワはここまで来て、おかしなことに気づいた。
トゥルーデがいるバス停のベンチは、キルス一家の家に向かう道とは別の場所にある。
このまままっすぐ歩くと、家ではなく、アイビー公園に着いてしまう。
「本当に迷子になられたのか?」
トガワは首をかしげた。
その時、トゥルーデと目が合った。
「え?」
次の瞬間、トゥルーデは休憩をやめ、急に走り出した。
マルクスとトガワは驚いて追いかけるが、人ごみのせいで進めない。
結局、彼女は公園へ逃げ込んでしまった。
物語が始まった場所、アイビー公園へ。
しかし、まだ伝説は続いていきます。
次回をお楽しみに。