第5話 腐敗
過去の因縁が、1人の幼子を追い詰めていきます。
トゥルーデは、一体どうなるのでしょうか?
この街のことが、昔から大嫌いだった。
まず、名前がダサいし、治安は悪すぎるし、ゾンビまで出る。
その上、大昔の因縁を引きずって、多数派の市民が同じ街の市民相手に迫害をするんだから、救いようがない。
子供時代の夢は、一刻も早く経済的に自立して、この街の外へ出ることだった。
そんな幼かった自分の前に、ある日、4歳年下の女の子が連れてこられた。
彼女は、「セシリア」と名乗った。
話によると、実の両親を交通事故で亡くした彼女は施設で育ち、その可愛らしい容姿と仕草が気に入られてこの家に引き取られたようだ。
確かに可愛いかった。
しかし、よく見ると、体がガリガリに痩せていた。
その時は街の外へ出ることで頭が一杯だったのでセシリアのことにそれ程関心はなかったが、あの姿を見て、さすがに姉として面倒を見ない訳にはいかなかった。
セシリアが引き取られたこの家は、『グレゴリー家』。
街の創設に貢献した英雄達の子孫である名家の中の名家『六大名族』の1つで、その上、公務員になる者が多いため、かかるプレッシャーは普通ではない。
衣食住には困らないが、弱っている状態のセシリアが、そんな家でまともに生活していけるとは思えなかったのだ。
「この家で生きていくつもりなら、私を頼りなさい。姉として、きちんと面倒を見るから」
セシリアにそう言うと、彼女に手を差し出した。
セシリアは一瞬戸惑った様子だったが、その手を見てゆっくりとうなずいた。
「ありがとう。ヨハンナ・・・・・・姉さん」
彼女は太陽のように明るい笑顔を浮かべ、手を握ってきた。
危うく自分も落ちるところだった。
これが、妹セシリアとの初めての出会いだった。
◆
「は!?」
自分の寝室で、ヨハンナ・グレゴリーは目を覚ました。
「懐かしい夢だったな・・・・・・」
彼女はそうつぶやくと、体を起こした。
彼女が見たのは、義理の妹セシリアと初めて会った時の夢だ。
あれから10年以上経ち、随分仲良くなった。
時々彼女との思い出を夢に見るが、出会った時のセシリアが夢に出てくるのは今回が初めてだ。
ヨハンナは不思議に思ったが、考えても仕方ない。
「それより、お菓子の準備を終わらせないと」
この日は、ハロウィン。
トゥルーデが生まれて以降のハロウィンでは迫害を恐れて外に出なかった妹一家が、今年は来てくれることになっている。
仲良くなった探偵との相談で決めたらしい。
ヨハンナはベッドを降りた。
前日は遅くまで残業だったため、帰ってすぐ寝てしまった。準備は終わっていない。
早くお菓子を箱から出してあげなければ。
プルルルルルルッ。
その時、携帯電話が鳴った。
ヨハンナは舌打ちしそうになったが、重要な連絡かもしれないため、我慢して電話に出た。
「・・・・・・もしもし?」
『ヨハンナ!大変だぞ』
電話してきたのは、傭兵をやっているある幼なじみだ。
付き合いは現在でも続いている。
「何なの?朝からぁ・・・・・・」
『今すぐテレビを観ろ!セシリアが!セシリア達が・・・・・・!』
「セシリアが?セシリアが・・・・・・、どうしたの?」
ヨハンナは相手の慌てる声を聞き、嫌な予感がした。
彼女は彼の言う通り、リビングに移動して、テレビをつけた。
ちょうどその時、朝のニュースが流れている。
『昨夜、デスタウン北西部のライト区で、工場を夫婦で経営していたサイラス・キルス氏とセシリア・キルス氏が、自宅で殺害されたことがわかりました』
ヨハンナは耳を疑った。
「・・・・・・え??」
しかし、これは現実だ。
愛する妹は、もうこの世にはいない。
◆
1992年10月31日。
この日の朝、衝撃的なニュースがデスタウンを騒がせた。
前日の夜、ライト区で工場を経営していたキルス夫妻が「何者か」に殺害されてしまったのである。
2人は工場で市長からとある計画を任されていたため、この事件によって計画が中止になってしまうことが心配された。
そう。騒がれた理由は、あくまで計画中止の可能性があるから。
多数派のドゥールー教徒は、キルス夫妻が殺害されたことを悲しまず、両親を殺されたトゥルーデのことも心配しない者が多かった。
中には、「当然の報い」だと喜ぶ者もいた。
何故、こんな歪な反応なのか?
それは、彼らにとって、キルス家が「裏切り者の子孫」だから・・・・・・である。
◆
「現在、キルス夫妻のご息女はデスタウン市警に保護されています。夫妻を知っている関係者からは彼らの死を悲しむ声と共に、1人遺された彼女のことを心配する声も聞かれます」
デスタウン市警の警察署前では、アナウンサーがカメラの前で視聴者に状況を伝えている。
警察署の署長室の窓からその様子を覗いていた署長のレイ・マツモトは、フウッとため息をついた。
「大変なことになったね。街の外のマスコミまで来る程の大事件が起きてしまうなんて。まさか、あのお方が?」
マツモトが振り返って部屋にいる部下にきくと、部下は首を振った。
「いいえ。先程確認しましたが、あのお方の周囲も混乱しておりました。聞き込みをしても、出てくるのは今後の不安ばかり。陰謀の1つなら、あそこまで慌てないかと」
「やっぱり?この事件、あのお方らしくないからね。自分の損になりそうなやり方だもん」
マツモトはそう言うと、腕を組んだ。
「まあ、今はやれることをやろう。この事件、しっかりと捜査をするようにね。あと、トゥルーデのことも、いじめずにケアしてあげなさい」
「了解!」
部下はマツモトから指示を受け、敬礼した。
この2人は腐敗から遠い場所にいそうだ。
しかし、ここはデスタウン市警の警察署。たとえ署長達がまともよりでも、下もまともよりとは限らない。
約1時間後、トゥルーデはカビ臭い取り調べ室に連れてこられた。
そこで始まったのは、不毛な「事情聴取」だ。
「だから!とうさんとかあさんをうったのはルシファーさんなの!」
「行方不明のキルス女が2人を?ハハハハ!面白い冗談だ。それで、本当は?強盗とかだろ?」
「だーかーらーっ!!」
トゥルーデが何度も証言しても、担当している割れ顎の警官はバカにして真面目に聴こうとしない。
初めから、トゥルーデのことを苦しめるためにこんな時間を作ったのだ。
そのためなら、指示すら無視する。
トゥルーデは悔しくてたまらず、服の裾をギュッと握った。
「どうして?どうしてしんじてくれないの?わたしたちをがいちゅうさんだとおもってるからなの!?」
「まさか。そんな訳ない」
割れ顎の警官は急に笑うのをやめると、その直後、机をバンッと叩いた。
「えっ!?」
トゥルーデは驚いて声を上げた。
割れ顎の警官は椅子から立つと、3歳の幼子を見下ろしてギロリと睨みつけた。
「害虫だと思ってるからじゃない。お前らが本物の害虫だからだよ。街を蝕む忌むべき一族。それがお前らだ。あの2人と一緒に、お前も地獄に落ちれば良かったのに」
極めて最低な言葉である。
警官として、いや、人間としてそれはどうなのだろうか?
トゥルーデは悲しみで一杯だったが、この暴言を受けて、更に深く傷ついてしまった。
(もういやだ・・・・・・!いやだよぉ・・・・・・!)
◆
その頃、警察署に車で駆けつけたヨハンナも同じことを思っていた。
ただし、彼女が感じていたのは悲しみではなく、怒りの感情だったが。
(あー、嫌だ嫌だ。全く、ここの連中は・・・・・・!)
無理もない。
ニュースを聞いて急いで駆けつけたというのに、警察は賄賂を渡してきた者だけを優先し、義理の姪のトゥルーデに会いに来たヨハンナは長い列の後ろに並ぶ羽目になったのだ。
家の権威を利用する手もなくはないが、たとえグレゴリー家出身であっても、賄賂がないと姪に会うことすらできないのがこの警察署の実態だ。
ヨハンナは苛立ちながらお気に入りの黒い腕時計を見た。
警察署に着いてから、既に40分以上は経っている。
ヨハンナが住んでいる屋敷は、南のレプタイルズ川に架かる橋から街の中央部まで続く大通りに面した場所にあり、職場である市庁舎やこの警察署がある中央部に行くのにかかる時間は車で10分程度だ。
それにも関わらず、警察側が賄賂を贈る者を優先しているせいでそれ以上の時間を無駄にさせられている。
我慢の限界が近づいていた。
(ふざけやがって!あと10分待って動かなかったら、文句言ってやる!)
その時、突然彼女の気持ちを代弁するかのような大声が聞こえた。
「ふざけないで!!」
ヨハンナは驚き、声がした列の一番前をこっそり覗いてみた。
すると、そこにはふんわりした赤髪を持つ父娘が立っていた。
「どうしてトゥルーデがじじょーちょーしゅちゅうなの!?あのこ、パパとママをなくしたばかりなのに!!」
「お、お嬢さん、落ち着いてくれ。これも、キルス夫妻を殺害した悪者を逮捕するために必要なことでな?」
「本当ですか?どう見ても、形だけの捜査をして誤魔化すためにトゥルーデを利用しようとしていますよね?心のケアをせずにいきなり事情聴取をしている時点でおかしいですよ」
「そ、それは・・・・・・!と、とにかく、こちらに任せてくれ!頼むから!」
窓口の前で鋭い指摘をしているあの2人は何者だろう?
そして、トゥルーデが事情聴取中というのは本当だろうか?
ヨハンナは首をかしげた。
その直後、遠くから泣き声が聞こえてきた。
幼い女の子の声だ。徐々に近づいてくる。
「トゥルーデ・・・・・・?」
ヨハンナがつぶやくと、ほぼ同じタイミングで奥の通路から幼子が飛び出してきた。
トゥルーデだ。
ボロボロな服を着せられていたが、ヨハンナにはすぐにわかった。
「「トゥルーデ!?」」
ヨハンナと、列の一番前にいる女の子の声が重なった。
ヨハンナは列から抜けて話を聴こうとしたが、そのまま警察署の外へ逃げられてしまった。
声が届いていない。
その上、泣いていた。
ヨハンナは彼女の様子を見て、ここでどんな目に遭わされたのかを察し、怒りに震えた。
「クズ共が・・・・・・!」
もう感情を隠す必要はない。
トゥルーデはついに逃げ出しました。
どこに逃げたのかは・・・・・・、次回まで秘密です。
それでは、またお会いしましょう!