第31話 リリディアの帰還
ヨハンはトゥルーデの「パパ」を名乗っていますが、実際は彼女を愛していません。
愛しているのは、名家の当主である「自分」だけです。
そのことを意識して読むと、彼の考えも少しわかるかもしれません。
ザーザーと、音が聞こえる。
窓を見ると、雨が降っていた。
いつ頃降り始めたのかはわからない。
こちらは、それどころではないから。
トゥルーデはアルバムを抱きしめた。
どこから鉄パイプが出てきてもおかしくない。
「トゥルーデェ~。おいたすると、お仕置きしちゃうよ!!」
本当に怖い。
まだ震えが止まらない。
「おい・・・・・・。おい!酒もパンもパクっておいて、知らぬ存ぜぬはねえぞ!?ガキだからって、見逃せるかぁあ!!」
ヨハンはしびれを切らし、再び怒鳴り散らした。
今出るのは危険だ。
トゥルーデはそう判断し、隠れ続けた。
すると、ヨハンはため息をついた。
「ハア・・・・・・。わかった」
何と、ヨハンが暴れるのをやめると宣言か!?
・・・・・・そう思った次の瞬間、
「出てこないなら、壊しちゃえ~!!」
ヨハンは鉄パイプを振り回し、物置部屋にしまってある物を次々と壊し始めた。
「これも、壊しちゃえ~!!」
ヨハンは遺品の1つが入っている箱にも例外なく鉄パイプを振り上げた。
トゥルーデはソファの陰からそれを見ていて我慢できなくなり、結局ヨハンの前に飛び出してしまった。
「やめろ!!ヨハン!!!!何でこんなことするんだ!?」
ヨハンはニヤリと笑い、トゥルーデの方を向いた。
「ヨハンパパとお呼び。悪い子だね。ヨハンパパの酒とパンを盗むなんて」
トゥルーデは冷や汗をかいた。
先程の蛮行は、トゥルーデを見つけるための演技だったかもしれない。
だが、両親の遺品が壊されるかもしれないのを黙って見ていることなどできない。
トゥルーデは首を振り、再びヨハンの目を見つめた。
「2つ間違えてる。1、私はパンもお酒も盗んでない。2、そもそも・・・・・・そもそも!あなたは私のパパじゃない!!私の父さんはサイラス・キルス、ただ1人だ!!」
ヨハンはトゥルーデの言葉を聞いて、すぐに顔色を変えた。
まるでカメレオンのように。
「だーまれ!黙れ黙れ黙れー!!」
「!?」
ヨハンは荒い息遣いをしている。
「まだ・・・・・・、わからないのか?お前の父親と母親は強盗に殺されてるんだ。俺のバカな妹ももういない。独りぼっちのお前を、俺が引き取ってやったんだ。何故ありがたく思わない?何故俺の物だと自覚しないんだ!?」
ヨハンの言葉と同じタイミングで雨が止み、雲が流れて徐々に月が見えてきた。
屋敷の中は静まり返った。
しばらくして、トゥルーデは口を開いた。
「ありがたくなんて、思える訳ない!!あなたはヨハンナねえさんをいじめて、今度は私のこともいじめてる。その上、ヨハンナねえさんを殺すなんて、酷すぎる!!」
「何故・・・・・・そう思う?」
ヨハンは襲う構えを見せる。
トゥルーデは殺気を感じたが、構わず話し続けた。
「これを見て!!」
トゥルーデはアルバムをソファの上に置いた。
そして、ズボンのポケットから「ある物」を出した。
ヨハンは目を丸くした。
「それはどこで見つけた?」
「ジェイコブから渡されたの」
「我が息子から!?」
ヨハンの視線の先にある物、それは、何とヨハンナの黒い腕時計だ。
トゥルーデは警察に拒否された後、常に持ち歩いて奪われないようにしていたのだ。
隙を見てブライアンに預かってもらうつもりだったが、こんなことになるとは。
「は・・・・・・!警察署に行った時、ただチクりに行ったのかと思ったが、それも提出しようとしていた訳か。気づかなかった」
「そうだよ。結局拒否されちゃったけどね」
「良かった・・・・・・。だが、クソ!!またか!!ジェイコブめ、何故次々と!?」
「ジェイコブはあなたが大嫌いなんだって。だから、私にこれを渡した」
「裏切り者が!!だが、ヨハンナが見送ってくれたお礼にあげた可能性もあるだろう!?」
「絶対ありえない。ジェイコブはこれをヨハンナねえさんからもらったって言ってたけど、私には嘘だってわかった。母さんとお揃いで買った大切な物を誰かに渡す訳ないから」
「・・・・・・なるほどな。それで、俺がヨハンナを息子に殺させたと、父子で人を殺したと言いたいのか」
「うん。そう命令したのをはっきり聞いてるからね」
それを聞いた途端、ヨハンは不気味に笑い出した。
「プハッ!!フハ、フハ、フハーハハハハ!!」
「何がおかしいの!?」
「さすが、幼稚園児だなっ!!お前の推理の内容は、ただの思い込みと証言をくっつけただけ!!俺を犯人だと決めつけるには早いんだよ、バカがっ!!」
「く・・・・・・っ!!」
トゥルーデは悔しそうに腕時計をポケットに戻した。
ヨハンはそれを見て、鉄パイプをトゥルーデに向けた。
「トゥルーデ、ヨハンパパは悲しいぞ。ヨハンナが見つかってもいないのに、俺が妹を殺したと、人殺しだと決めつけるなんて。本物の人殺しが身内だと、そういう考えになっちゃうのかな?」
「・・・・・・!リリディアおじさんを悪く言うな!!」
「だが、事実だろぉ!?クズの娘が!!グレゴリー家の娘として扱ってやろうとしてるのに!!そんなにあの人殺しが良いのか!?」
「さっきから何言ってるの!?」
「わかってるんだぞ!?ボブから聞いた!!リリディアとヨハンナとお前の3人で会ったことをな!!ヨハンナに何かあったら、リリディアが何とかする約束とかしてるんだろ!?」
「3人でした約束は・・・・・・、そんなのじゃない!!」
トゥルーデは涙を流した。
ピースゲート刑務所でした約束。
それは、「今度会う時は3人とも自由の身であること」。
しかし、ヨハンナはもう・・・・・・!
「どうだかな?でも、残念だったな。どんな約束だろうと、永遠に果たされることはなくなった」
「どういうこと?」
「知らないのか?さっきニュースでやってたぞ。奴は、リリディア・キルスは死んだ」
「そんな・・・・・・。嘘。嘘だ!!」
「疑うなら、確かめてみろ。邪魔しないでやるよ!」
ヨハンは鉄パイプを向けたまま言った。
トゥルーデは近くの段ボール箱の中からラジオを出し、電源を入れてチャンネルを合わせた。
この時間は、ニュースが放送されているはずである。
『続いてのニュースです。ピースゲート刑務所から脱獄したリリディア・キルス受刑者が、日本の東京で殺害されました。犯行声明を出したのは、中国マフィア・倭寇会です。倭寇会は9日、キルス受刑者がカフェでパフェを食べているところを狙ってバズーカ砲で吹き飛ばし、ボスの弟の「敵を討った」と主張しました。遺体はまだ見つかっていませんが、生存は難しいと・・・・・・』
トゥルーデは、そのニュースを聞いて大きなショックを受けた。
「リリディアおじさん・・・・・・!そんな!」
トゥルーデは震える手で電源を切り、ラジオを横に置いた。
「私は、また家族を!!」
心のどこかで、リリディアは熊のように強いから死なないと思っていた。
狙われていたり、誤解されていることはわかっていても、リリディアが死ぬイメージはなかった。
両親が彼に抱いていたイメージの影響を受けていたのだ。
だが、リリディアも人間なのだ。
「死」からは逃れられない。
何故リリディアのことを、もっと心配しなかったのだろう。
トゥルーデは後悔した。
ヨハンはそんな彼女の様子を見て、醜悪な笑みを浮かべ、歩み寄った。
「わかったろ?俺がいなかったら、お前は独りぼっち。ずっと、呪われた存在のままだ。頼れるのは俺だけ。さあ、現実を受け入れて、ヨハンパパの言うことを聞きなさい」
彼はそう言うと、トゥルーデの頭に手を伸ばした。
しかし、トゥルーデはヨハンの視線に気づくと、素早くその手を振り払った。
パシンッ!!
ヨハンはトゥルーデを睨んだ。
「トゥルーデぇえええ!!」
「私は、あなたのものにならない!!」
トゥルーデは、はっきり言った。
両親を亡くし、更に、ヨハンナもリリディアもいなくなった。
でも、彼らが何を守ろうと戦ったのかはわかっている。
ヨハンなんかに渡さない。
自分自身のことも!
ヨハンはトゥルーデを睨み続けていたが、しばらくして真顔になった。
そして、やっと口を開いた。
「もう良い。俺と一緒に死のう」
出てきた言葉は最悪なものだった。
トゥルーデは耳を疑った。
「はああ!?」
ヨハンはため息をつき、言った。
「俺はただお仕置きするつもりだったんだがな。俺の生き甲斐を奪った上に反省もせず、酷い暴言まで・・・・・・。俺は絶望したよ。俺の思い通りにならないなら、全部消えれば良い」
「く、狂ってる」
トゥルーデは引いてしまった。
「お前をコレで叩き殺した後、俺はナイフで喉をかっ切って死ぬ。覚悟を決めろ」
ヨハンはそう言うと、鉄パイプを振り上げた。
トゥルーデはアルバムを持って逃げようとソファに向かおうとしたが、すぐに片方の手で腕をつかまれてしまった。
このままでは、本当に殺される。
「いっくぞ~~うっ!!」
ヨハンが気持ち悪い声を上げる。
絶体絶命。
そう思ったその時、突然部屋の中が真っ白な光で包まれた。
そしてその次の瞬間、聞き覚えのある声を耳にした。
「俺の家族に、近づくなっ!!」
その声と同時にヨハンが腕を離し、誰かが殴り倒される音が響いた。
何が起きているのだろう。
不思議に思っていると、先程の声の主がトゥルーデの近くに駆け寄って膝をついた。
「トゥルーデ!!ああ、何てこった!」
こんな近くで聞けば、間違えるはずはない。
トゥルーデはゆっくりと彼の顔を見上げた。
いや、顔が見える訳ではないが、気配と声でわかる。
「リリディアおじさん」
「トゥルーデ・・・・・・!すまなかった!」
リリディアは泣きながらトゥルーデのことを優しく抱きしめた。
トゥルーデはリリディアが生きていることを感じると、涙声で言った。
「おかえりなさい。リリディアおじさん」
◆
少し経って、真っ白な光が消えて、物置部屋がまた暗くなった。
トゥルーデは力が抜けてしまったため、リリディアは彼女をソファに寝かせて、箱にしまってあった新品の水色の毛布をかけてあげた。
寝かせる際、アルバムは一旦預かっておいたので、グチャグチャになる心配はない。
後は、後ろで暴れ続けている怪物を黙らせて、父を説得すれば良いだけだ。
「離せ!!トゥルーデは!!俺の物だぁああ!!」
ヨハンはリリディアに殴り倒された後、ダミアンにロープで縛られたが、手に持っている鉄パイプを離さず、体をねじらせて暴れている。
まるで赤子、いや、幼虫だ。この動きは。
リリディアはため息をついてアルバムをソファの近くの箱の上に置くと、転がっているヨハンに蹴りを入れた。
「あぎゃあ!!」
「うるせえよ。トゥルーデが起きるだろうが」
リリディアの声には怒りがこもっていた。
ダミアンは息をついた。
「フウ・・・・・・。危ないところでしたね」
「そうだな。ダミアン、今日もありがとう。ゆっくり休め。後は俺がやる」
「リリディアさん?」
「俺は、こいつにお仕置きしなくちゃいけない」
リリディアはサングラスを外して、ヨハンを見下ろした。
ヨハンの地獄は、これから始まる。
この後、リリディアは下の階でヨハンに「お仕置き」して、しっかり教育しました。
詳しい内容を書くと注意されてしまうかもしれないので割愛させていただきますが、これでトゥルーデも安心して眠れるでしょう。




