第3話 悪魔の眼差し
皆様、こんばんは。
最近すごい日差しですが、しっかり休む時間は取れているでしょうか?
さて、次に頑張る時間まで、今夜もお付き合い下さい。
サイラスとセシリアは、下の階の音とトゥルーデの声で起きると、その直後に下から響いてきた床を踏む音ですぐに状況を察した。
「何だ?強盗か?」
「大丈夫よ、トゥルーデ」
セシリアは、驚いて体を起こしたトゥルーデをギュッとハグした。
「・・・・・・大丈夫だからね」
トゥルーデは一瞬パニックになりかけたが、少し落ち着いた。
セシリアはサイラスの方を向いた。
「仕方ないわ。警察を呼びましょう」
「・・・・・・いいや。彼らが動いてくれるとは思えない」
サイラスは首を振った。
デスタウン市警は腐敗していて、ほとんどの警察官はまともに犯罪を取り締まったことがない。真面目に仕事をしているのは一握りだ。
更に、警察官の大半がドゥールー教徒であり、キルス教徒、特にキルス家の人間を一方的に敵視している。
そんな彼らに頼っても、助けてもらえるとは思えなかったのだ。
「じゃ、じゃあ、どうするの?」
「自力で追い出すしかない。大丈夫だ。俺は昔からそういう嫌がらせの対応には慣れてる」
不安そうなセシリアに、サイラスは微笑みながら言った。
しかし、そんな彼の頬には冷や汗が流れてしまっている。
「サイラス・・・・・・」
セシリアはサイラスに何か言おうとしたが、サイラスは早速侵入者撃退の準備をするため、ベッドを降りた。
そして、ベッドの下から錆びた金属バットを出した。
キルス教徒は銃の所持が認められていないため、護身用の武器はこれしかない。
相手の武器がナイフやクロスボウなら、ギリギリ戦えるだろう。
しかし、相手が銃を持っていた場合、間違いなく不利になってしまう。
セシリアは唾を飲んだ。
「サイラス、やっぱり通報しよう?私達が例の計画に関わってるって知ったら、利用価値があるって判断する可能性はある。最善は尽くした方が良いよ」
「・・・・・・!」
サイラスは手を止めた。
「・・・・・・セシリアの言う通りだな。一応色々やっておくべきか」
「そ、そうだよ!」
セシリアは明るい声で言った。
そうして話している間にも、侵入者はゆっくりと階段に近づいている。
部屋のドアを開け閉めしながら、歩いているようだ。
早く動かないと、最悪なことになりかねない。
「俺が警察に連絡しておく。セシリアはトゥルーデを頼む」
「任せて!」
セシリアは親指を立てた。
サイラスは金属バットを近くの椅子に置くと、机の上に置いていた携帯電話を取り、警察に電話をかけた。
「もしもし。はい。家に誰かが侵入してきまして・・・・・・」
サイラスが通報している間、セシリアはトゥルーデの相手をしていた。
「かあさん、どろぼうさんがきたの?」
「違うよ〜。お化けが来たんだよ。母さん達の魂をガブガブ食べちゃうためにね」
「で、でも、おばけってまどわるの?」
「それはー・・・・・・、うん。家に入る方法を忘れちゃっただけだよ。きっと!母さんも職場で暗証番号忘れちゃうことあるから、わかるなー」
「そうなの?」
トゥルーデは納得していない様子だったが、セシリアのおかげで落ち着いたままだった。
「はい。わかりました。お願いします・・・・・・」
サイラスは電話を切り、携帯電話を置いた。
「どうだった?」
「どうやら、近所の誰かが既に通報してくれていたらしい。もうすぐ出動するって」
「マジ!?」
セシリアは思わず叫び、慌てて口に手を当てた。
「気持ちはわかるが、下に誰がいるか忘れちゃダメだぞ」
「ごめんごめん。まさか本当にそんな知らせが来るなんて思わなかったからさ」
「俺もだ」
サイラスは笑って金属バットを持った。
ダメで元々で通報したら、驚くべき答えが返ってきたのだ。
信じられないのも当然である。
「でも、良かった。これでサイラスが無茶しすぎずに済む」
セシリアはほっと胸をなで下ろした。
サイラスはそれを見て、うなずいた。
「そうだな。先に通報してくれた親切な人に感謝しないと」
サイラスが通報しなくても、警察が来ることは決まっていたが、そのことを知れただけでも、電話をした意味はあった。
警察が来るまで、どうにかやり過ごせば良いとわかったのだから。
「これで、わざわざ戦う必要はなくなった訳だ。だが、万が一ってこともある。警戒は続けよう」
「そうね」
サイラスとセシリアはうなずき合った。
すると、その様子を見たトゥルーデが不安そうに言った。
「やっぱり、どろぼうさんなの?」
「まだわからないぞ」
サイラスはトゥルーデの方を向いた。
「本当にお化けかもしれない。ホラー映画に出てくる奴みたいに、人を襲う時だけ物を触れるタイプって可能性もある」
不安でいっぱいな娘の心を冗談で和ませようとしたのだろう。
しかし、トゥルーデにはそれは通じなかった。
「ほらーってなに??」
「え?ああ・・・・・・、そういえば、観せてなかったな」
サイラスは気まずそうに咳払いをした。
「とにかく!心配は要らない。父さんが2人を守るからな。たとえ、お化けだろうが泥棒だろうが、部屋に入ってきたら、父さんがやっつけてやる」
「うん」
トゥルーデは返事をしたが、不穏な空気を感じ取ったのか元気がなかった。
サイラスは金属バットを強く握った。
(リリディアなら、こういう時、弱音は吐かない。我慢だ。これ以上、トゥルーデを不安にさせる訳にはいかん)
この状況でも取り乱さないのは、家族を守るため。
そして、リリディアのいとことして恥じない振る舞いを心掛けているからだ。
相手が何者だろうと、自分達は負けない。
しばらくして、トゥルーデが声を上げた。
「のぼってきてるよ!」
「何?」
ちょうどその時、サイラスは机をドアの前に移動させたところだった。
サイラスとセシリアは耳を澄ませてみることにした。
ギィ、ギィ、ギィ、ギィ。
トゥルーデの言う通りだった。
階段を上る音が聞こえてきた。音は徐々に大きくなっていく。
とうとうここまで来たか。
サイラスは深呼吸すると、金属バットをドアに向けて構えた。
「セシリア、トゥルーデを抱えてベッドの後ろへ隠れてくれ」
「サ、サイラス・・・・・・」
「残念だが、警察は間に合わない。いざという時は隙を見て2人で逃げてくれ」
「う、うぅ・・・・・・!」
セシリアは涙を流した。
まさか、幸せな夜が一変して、こんな最悪な夜になるなんて。
だが、セシリアは夫と同じように覚悟を決めた。
「わかったわ。怪我はしないでね」
「気をつけるよ」
サイラスは微笑みながら言った。
◆
トゥルーデはセシリアに抱き抱えられて一緒にベッドの後ろに隠れた。
「トゥルーデ、ちょっとだけ静かにしてね」
「わかった」
セシリアの様子から、やはり「どろぼうさん」が入ってきたのだと思ったトゥルーデは冷や汗をかいた。
セシリアはトゥルーデの頭をなで、ベッドの陰からそっとサイラスの方を覗いた。
ギィ、バタン!ギィ、バタン!ギィ、バタン!
侵入者は、1階でやったのと同じように、ドアを開け閉めしながら進んでいた。
物色して回っているにしてはあまりにも速度が速く、こちらを弄んでいるようだ。
そのことに気づいたセシリアは、「気持ち悪い」とつぶやいた。
トゥルーデはセシリアの真似をしてベッドの陰から同じ方を覗いた。
「かあさん、おなかいたいの?」
「何でもないわ。大丈夫よ」
セシリアは明るい声でそう言った。
数分後、ドアを開け閉めする音が隣の部屋まで近づいてきた。
トゥルーデ達は息を呑んだ。
しかし、そこから先へ移動することはなく、しばらくして足音が遠ざかっていくのが聞こえた。
「よかった・・・・・・」
トゥルーデは息をついた。
だが、安心したのも束の間、突然侵入者がこちらへ方向を変えてタッタッタッと走ってくる音が聞こえた。
「えっ!?」
トゥルーデが驚きの声を上げた直後、ドアは勢いよく蹴破られ、前に置かれた机ごと粉々になった。
「うわ!?」
「このっ!!」
トゥルーデはセシリアと床に伏せたが、サイラスは金属バットを振るい、飛んできた破片を弾いた。
「演出は大成功、かな?」
侵入者は馴れ馴れしくそう言うと、ゆっくり寝室へ入ってきた。
トゥルーデはその声を聞いて顔を上げると、先程よりも更に驚いてしまった。
何と、サイラスに見せてもらったアルバムの写真に写っていた人物が、侵入者の正体だったのだ。
◆
あの時、サイラスが見せてくれたページには、リリディアの写真が貼られていた。
目つきは鋭いが、整った顔立ちで、金糸のように煌めく金髪を持つ青年。
髪の色を除けば、サイラスにそっくりだ。
「わあ!ハンサムだね!とうさんみたい!」
「そ、そうか?」
サイラスは頬を赤くしながら咳払いした。
「彼がリリディアだ。今は誤解されて牢屋の中にいるが、父さん達だけはリリディアのことを信じてあげような」
「うん!」
トゥルーデは大きくうなずいた。
サイラスはページをめくり、他にも色々な写真を見せた。
ほとんどリリディアか、セシリアとの写真だ。
「すてきなポーチ!」
「ああ、これはお祭りの時のだな。そのポーチを友達にプレゼントするために競争したんだ。だけど、結局、俺とリリディアのどっちが勝ったんだっけな?」
「これは?」
「ああ、演劇部の装置の修理が終わって、つい眠ってしまった時のだな。その間、セシリアが膝枕してくれてたのはこれを見せられるまで知らなかった」
このアルバムには、素敵な思い出がたくさん詰まっている。
だが、全てが「良い思い出」ではないようだった。
トゥルーデはとあるページの写真に目が止まり、指を指した。
「これは?」
「これは・・・・・・!」
サイラスはその写真を見た時、一瞬答えるのをためらった。
そして、間を置いてから、こう答えた。
「悪魔だよ」
◆
侵入者は、リリディア――ではない。
「悪魔」と呼ばれた、ある女性の方だ。
艶やかで長い黒髪を後ろに束ね、黒いコートと黒い手袋を身につけた麗しい姿をしている。
更に、瞳の色はサイラスやトゥルーデと同じ「青色」である。
「何しに来た?」
サイラスがきくと、彼女はクスッと笑い、氷のように冷たい眼差しを向けた。
「報いを受けさせるためよ」
次回に向けて、心の準備をお願いします。