第27話 最悪な決断
ボブの決断は、トゥルーデ達にとって、最悪なものでした。
本当にこれは正しかったのでしょうか?
ブライアンはトゥルーデを離すように要求した後、ボブの方を向いた。
「本当に裏切ったんだな」
「ブ、ブライアン。俺は」
「どうでも良い。お前なんかを信じたことが間違いだった」
「・・・・・・」
ブライアンからの厳しい言葉に、ボブは黙り込んでしまった。
ブライアンはため息をつきながらその様子を見ていたが、あることに気づいて周りを見回した。
「おい、ボブ」
「・・・・・・な、何だ?」
ブライアンの態度に混乱しているのか、ボブはすぐに口を開いた。
ブライアンはボブの目に視線を戻した。
「ヨハンナさんはどこへ行った?トゥルーデの保護者がここにいないのはおかしいだろう?」
ボブが裏切ったことがわかった今、トゥルーデにとって安全な場所はジョシュアの家しかない。
早くヨハンナに許可してもらわないと。
しかし、ヨハンナはその場にいない。
トゥルーデがいるなら、そばにヨハンナもいるはずなのに。
明らかにおかしい。
「あ・・・・・・。それは、その・・・・・・」
「奴は俺と俺の息子がお仕置きしてやったぜ!!」
ヨハンが突然会話に割り込んだ。
「何?」
「聞こえなかったか?お仕置きしてやったんだよ!!当主であるこの俺に逆らってばかりだったからな!!今頃は俺の息子に見送られてるぞ!?ざまあないな!!」
「何を言っている??」
ヨハンの言っていることはどれもおかしく、さすがのブライアンも理解できなかった。
すると、それを見たトゥルーデが口を開く。
「ヨハンナねえさん、痛めつけられて、連れて行かれちゃったの」
ヨハンよりもわかりやすい説明である。
だが、それは、トゥルーデが直接見ていなければできないことだ。
ブライアンは青ざめ、シャーロットは口を押さえた。
「そんな・・・・・・」
「酷い・・・・・!酷すぎるよっ!!」
ヨハンと彼の息子の蛮行を知り、ダニエルズ父娘は、ヨハンナが危険な目に遭っている事実にショックを受けた。
そして、それを目撃してしまったトゥルーデの心がどれだけ傷ついたのかを想像すると、胸が痛んだ。
「あ・・・・・・!」
ふと足元を見ると、芝生は一部が赤く染まり、近くには返り血のついた鉄パイプも落ちていた。
意外と近くに証拠はあった。
「狂っている」
ブライアンはシャーロットを庇うと、ヨハンの方に目を向けた。
「狂っているぞ、ヨハン。実の妹にそんなことを・・・・・・!」
「黙れ、下民が!!そのカメラを置いて、さっさと帰れ!!お前もお仕置きされたいか!?ああ!??」
ヨハンは大声でブライアンを脅した。
しかし、ブライアンは口を閉じるつもりはない。
「何故カメラを?この街では、キルス家の人間は『害虫』なのだろう?」
「・・・・・・!うるさい!早くしろ!」
「あー・・・・・・、そうか。私が撮った写真に芝生の血や鉄パイプが写っているかもしれないと焦っているのか。恐らくヨハンナさんの血が――」
「黙れ黙れ!!おい、ボブ!!あの下民野郎を始末しろ!!命令だっ!!!!」
ヨハンは明らかに動揺している。
図星だったようだ。
犯行の証拠の1つがブライアンの手の中にあるかもしれない状況が、ヨハンにとっては危険なのだろう。
「おい、ボブ!!」
「ボブ、そこから動くなよ?私が何も持たないでこの危険な街を歩いている訳ではないとわかっているはずだ」
「・・・・・・ああ。好きにしろ」
「ボーーーーーーーーーブゥううううううううう!!!!」
ボブがブライアンの警告をあっさり受け入れたため、ヨハンは叫んでしまった。
ブライアンは言った。
「さあ、トゥルーデを離せ。腐敗していることで有名なデスタウン市警でも、六大名族の1人が傷つけられたとなれば、全力で捜査するぞ。1980年代に起きたレイク家での争いで、現在の社長を殺害しようとした者が逮捕されたようにな。その者もレイク家の血を引いていたが、見逃してはもらえなかった」
デスタウンの歴史を勉強していたことが、ここで活きた。
ヨハンはブライアンの言葉に震え上がった。
「お、お、お、落ち着け!!わかった!!取引しよう!!」
「取引?」
「お前はカメラを渡せ。そしたら、トゥルーデを預けてやる!どうだ?」
ブライアンはため息をついた。
「わかってないな。お前ができることは、私の言うことを聞いて、トゥルーデを離してあげることだけ。お前に提案する権利はない」
「ぐうううう!!」
「うなっても無駄だ。早くしろ。今すぐ離せ!」
ブライアンが強く言うと、ヨハンは悔しそうにトゥルーデの腕を離した。
「くっ!」
「シャーロット!!ブライアンさん!!」
トゥルーデは腕を離されてすぐにダニエルズ父娘のもとへ駆け寄った。
「トゥルーデ、怖かったね!」
「シャーロットと一緒に隠れていなさい。危ないよ」
ブライアンは優しくそう言い、トゥルーデも庇った。
そして、再びヨハンの方に視線を向けると、ヨハンが震えながら鉄パイプを拾っていた。
「マジか」
「マジに決まってんだろ・・・・・・。このヨハン様のことをバカにして、生きて帰れると思うな!!俺にはあのお方がいる!!やりすぎると庇えないと言われたが、お前みたいなゴミ下民を潰すくらい許されるだろう!!」
「あのお方?」
「俺はグレゴリー家当主ヨハン・グレゴリーだっ!!舐められてたまるかぁあああああ!!!!」
ヨハンは奇声を上げながら鉄パイプを片手に突進してきた。
「頭大丈夫か?」
ブライアンはとっさにカメラをポシェットにしまうと、懐に手を入れた。
懐には、逃走用の煙玉を隠してある。
それをヨハンの顔面にぶつけ、その直後にシャーロットとトゥルーデを抱えて逃げよう。
ブライアンは覚悟を決めた。
しかし、その次の瞬間、ヨハンの足元に突然槍が突き刺さった。
「はあ!?」
ヨハンは驚いて立ち止まる。
槍は、向かいの家がある方から飛んできたようだ。
その場にいる全員がその方を向くと、そこには何と、ミハイルが!
「「「ミハイルさん!!」」」
ダニエルズ父娘とトゥルーデは笑顔になった。
聖主ジョシュアから信頼されているミハイルが助けに来てくれたので、もう安心だ。
・・・・・・そう思ったのだが、
「あれ?ミハイルさん、疲れてる?」
とトゥルーデが言った。
よく見ると、ミハイルが息切れしている。
「ミハイルさん!助けていただき、ありがとうございます。ところで、息切れされていますが、どうされましたか?」
「ハア、ハア・・・・・・。問題な・・・・・・、オエッ!」
「ミハイルさん、一度深呼吸を!」
ブライアンは大声で言った。
ヨハンは震えながら立ったままなので、深呼吸する時間はあるだろう。
ミハイルは深呼吸して、落ち着いた。
「・・・・・・すまない。緊急事態だったからな。皆、無事か?」
ミハイルからそう質問されると、3人は答えた。
「はい」
「無事でーす!」
「私達は・・・・・・、大丈夫だと思います」
ミハイルはそれを聞いて、胸をなで下ろした。
「良かった」
ミハイルがそう言った直後、ヨハンが突然叫んだ。
「良くねぇっ!!」
ミハイルは、狂った男に冷たい目を向ける。
「まだいたのか。さっさと帰れ」
「俺に命令するな。底辺のゴミがっ!!クソッ!途中まで上手くいってたのに!!キルス教徒は助けに来れないはずなのに!!何故だぁ!!?」
「・・・・・・?言ってる意味がわからん」
「消えろ、ゴミ野郎!!」
ヨハンはミハイルに向かって鉄パイプを投げた。
しかし、ミハイルは首を横に動かし、それをよける。
それを見て悲鳴を上げたヨハンは、隠し持っていたナイフを次々と投げたが、それらも全てよけられた。
気づくと、ミハイルは歩き出していた。
「く、来るな!!」
武器になるものを全て出してしまったヨハンは、更に震えた。
ミハイルは無言で道路を渡ると、ヨハンの胸ぐらをつかんだ。
ヨハンは涙を流す。
「ひいいぃ!!」
「ハア・・・・・・」
ミハイルはため息をつき、言った。
「帰れ。な?」
「だ、誰が!!」
ヨハンはミハイルを睨んだ。
しかしその直後、
ヴォーーーン、ヴォーーーン、ヴォーーーン。
と不快な警報音が鳴り響いた。
久しぶりのZ警報だ。
『Z警報!Z警報!ゾンビ出没!ゾンビがソドム区の壁を破壊し、脱走しました!ゾンビを見かけても近づかず、すぐに警察へ通報して下さい!また、外出されている方は、付近の建物へ直ちに避難して下さい!』
さすがのヨハンも、この警報には冷や汗をかいた。
「・・・・・・チッ。運の良い奴らだ。今日はトゥルーデを預けてやる。だが、覚えておけ。そのガキの新しい保護者はこのヨハン様だ。そいつは必ず俺のところへ来る。必ず、な」
彼はそう言ったかと思うと、突然ミハイルを振り払って逃げ去っていった。
「わかりやすい奴。さあ、私達も家に入りましょう」
ブライアンはそう言いながらふと後ろを向いた。
すると、ゆっくり近づいてきているボブの姿が目に入った。
いつの間にか後ろに移動していた。
「おい、ボブ。どうする気だ?早く新しいご主人様のところへ行ってやったらどうだ?」
「ブライアン、聞いてくれ。俺は・・・・・・!」
ボブは何かを言おうとした。
だがその途中で、
「嫌!!」
とトゥルーデは拒絶するように叫んだ。
「トゥ、トゥルーデ」
「あなたは、信じられない。ヨハンナねえさんを裏切ったあなたは、ルシファーと同じ悪者だ!!」
トゥルーデにそう言われ、ボブは足を止めた。
「・・・・・・そうか。わかった。だが、俺はお前の味方だ。お前のことは守るつもりだ。それはわかってくれ」
ボブはそう言うと、トゥルーデ達に背を向け、その場から立ち去った。
「何なの?何なの・・・・・・!?」
「トゥルーデ」
シャーロットは心配そうな目でトゥルーデを見つめた。
それを見たブライアンはもう一度言った。
今度は静かに。
「さあ、私達も家に入りましょう」
ダニエルズ父娘は、トゥルーデやミハイルと一緒に家に避難した。
ブライアンは鍵を閉めると、シャーロットとトゥルーデに言った。
「手洗いうがいを忘れずにな」
「はい!」
「・・・・・・はい」
シャーロットとトゥルーデは洗面所に向かった。
ミハイルも子供達に続いて行こうとしたが、ブライアンに止められた。
「ミハイルさん、お待ちを。先程外で仰っていた『緊急事態』とは?」
「ああ、探偵さんだから気になるか。実はな、今朝ロン大聖堂が突然襲われたんだ」
「大聖堂が?誰にですか?」
「マフィアだ。『ソドム・ハンマー』」
「ソドム・ハンマー?」
ソドム・ハンマーは、ソドム区で急速に勢力を拡大しているマフィアだ。
約3年前に結成されて以降、キルス教徒や異教徒の土地を奪い、武器や麻薬を密売する拠点にすることで儲け続けている。
また、彼らは神出鬼没なことで知られており、ソドム区だけではなく、壁の外、街の外にも突然現れて活動しているところを度々目撃されている。
ブライアンはそのマフィアの名前を聞いて、ミハイルがここに来てくれた理由に気づいた。
「彼らからトゥルーデを守るために、ここへ?」
「お前達のこともな」
ミハイルは言った。
このタイミングで別の事件が?
妙ですね・・・・・・。




