第26話 残酷な真実
さあ、一緒に見守りましょう。
トゥルーデは、頭では何が起きたかわかっていた。
恐らく心が追いつかなかったのだろう。
ナイフが刺さったヨハンナは、横腹から血を流して倒れる。
それが「あの日」の母と重なって見えてしまったトゥルーデは、更に取り乱した。
「そんな・・・・・・!嫌だ!嫌だあああああああ!!ヨハンナねえさん!!ねえさん!!・・・・・・母さんんんんんん!!!!」
トゥルーデはヨハンナを助けに入ろうとした。
しかし、ボブが後ろから手首をつかんでそれを止めた。
「待て!行ったところで、何ができる!?」
「わかってるよ!!!!でも、ヨハンナねえさんは・・・・・・!ボブさんは!ボブさんは何も感じないの!?」
トゥルーデは振り向いた。
目に入ったのは・・・・・・、今の自分と同じ泣き顔をした人だった。
「俺だって・・・・・・!俺だって、ヨハンナがあんな目に遭うのは見たくなかった・・・・・・!だが!だが、仕方なかった!娘の治療費を払うためには、裏切りしか・・・・・・!!」
「え・・・・・・?裏切り?」
トゥルーデは何度も瞬きした。
ボブが何を言っているのか、一瞬わからなかった。
「ハハ・・・・・・!フハハハハハハァア!!!」
突然ヨハンの気色悪い笑い声が聞こえて、トゥルーデはとっさに前を向いた。
ヨハンはフラフラながらも、鉄パイプを拾って立ち上がっていた。
「ど〜だ?これがお兄様の頭脳プレイだ。ナイフ投げがお家芸のグレゴリー家の中で、唯一ナイフを投げるのが下手クソだったお前には予想できない手だったろ?」
「ぐ・・・・・・!」
「さあ・・・・・・、いっくぞ〜う!!」
ヨハンはそう叫ぶと、ヨハンナに何度も何度も鉄パイプを叩きつけた。
「やめろおおお!!!!」
トゥルーデはボブの手を振りほどこうとしたが、力が足りず、ただ泣き叫ぶことしかできなかった。
しばらくして、ヨハンナがピクリとも動かなくなった。
ヨハンは叩くのをやめて鉄パイプを投げ捨て、ジェイコブをそばに呼んだ。
「おい。俺の妹を見送ってやれ」
「わかったよ!!父さん!!」
ジェイコブは明るく返事をすると、血まみれになったヨハンナを抱き上げた。
トゥルーデは震えながら叫んだ。
「ま、待って!やめて!ヨハンナねえさんに触らないで!!」
しかし、ジェイコブは幼子の声を無視し、そのままヨハンナをトラックに乗せ、走り去ってしまった。
ヨハンはトゥルーデの方を向くと、また気持ち悪い笑みを浮かべた。
「フ〜・・・・・・。これで、俺がお前の保護者だ。この後、遺品も俺のものになる手はずだ。大変だったんだぞ?娘がいつ死ぬかわからないと悩むそこのキザ野郎を大金で買収したり、根回ししたり・・・・・・。でも、その甲斐があって、やっと報われる日が来た!」
堂々と犯罪自慢をするヨハンに引いてしまうトゥルーデ。
だが、そんなことよりもヨハンナのことが心配になり、彼女は首を振った。
「ヨハンナねえさんをど、どこへ連れて行ったの!?」
「あのバカを心配してる場合か?自分がこれからどうなるかも知らないくせに」
「は?」
ヨハンは、驚くトゥルーデの前に歩み寄り、しゃがんだ。
「お前は今日から俺の奴隷になるんだよ」
「ド、ドレイ!?」
「つまり、甘やかしてもらえる日は今日でおしまい。今日からは俺のために生きて、俺のために死ぬのがお前の唯一の価値になるってことだ」
「な、何言ってるの?気持ち悪いよ?」
トゥルーデはボブの方を向いた。
「ボブさん!こんな人放っておいて、早くトラックを追いかけよう!?」
「・・・・・・」
ボブは黙ったままうつむいている。
「ボブさん!」
「無駄だ!言っただろう?そいつはヨハンナを裏切り、俺の味方になったんだよ!!」
ヨハンは笑いながら言った。
「嘘だよね!?ボブさん!!」
トゥルーデがきくと、ボブは口を開いた。
「・・・・・・本当だ」
「・・・・・・は??」
「俺はヨハンナを裏切った」
「え?え?何で?ヨハンナねえさんとボブさんは昔からの友達だって・・・・・・。何で!?」
トゥルーデはボブの言葉の意味がわかった途端、怒りの声を上げた。
しかし、ボブはそれに動揺せず、静かに話した。
「俺は、娘を治したかった。だが、治すにはたくさん金が要る。家を買える位の大金がな。普通の報酬じゃ無理だし、ヨハンナに心配をかけたくなかったから黙っていたが・・・・・・、何度も娘の命が危なくなるのを見ていたら焦ってしまったんだ。ヨハンナのことはもちろん大切だが、娘は俺の希望で、失う訳にはいかない。だから、悪魔と取引した。ヨハンナが酷い目に遭うのを知った上で」
トゥルーデはボブを睨んだ。
生まれて初めて、先程まで仲良しだった人を憎いと思った。
「お金のために裏切ったの!?酷い!!ボブさんなんて、大嫌い!!」
「トゥルーデ・・・・・・」
ボブはトゥルーデに何か言おうとしたが、途中でヨハンに話を遮られた。
「そんな奴を信じるなんてな!そいつは傭兵だぞ?金次第で簡単に人を裏切るクズだ。だから、操るのは難しくなかった!」
「・・・・・・!」
ボブは言い返せず、黙り込んでしまった。
ヨハンは満面の笑みで言った。
「現実を受け入れろ。今日から俺がお前のご主人様だぁ。フハハハハハハッ!!!!」
トゥルーデはアルバムを強く抱きしめた。
◆
その頃、ダニエルズ父娘はアイビー公園の大木の前にあるベンチに座っていた。
「トゥルーデ達遅いねー」
「そうだな。何かあったのかな?」
何故ここにいるのかというと、ボブから渡された手紙に「今後のことを話し合いたいから、アイビー公園の大木の前のベンチで待ち合わせしよう」と書かれていたからだ。
差出人はヨハンナであり、筆跡も彼女のものとほぼ同じだったため、その内容を信じ、ここに来た。
しかし、冷静に考えてみると、いくつかおかしな点があった。
「そういえば、あの手紙、少しおかしかったな」
「おかしい?」
「あの手紙にはグレゴリー家の紋章があったが、ヨハンナさんは普段そういうものを使わない。それに、スペルをいっぱい間違えているし、挨拶も古臭い。筆跡はほぼ同じだったが・・・・・・」
「ヨハンナさん、きっと疲れてるんだよ。職場でもうちでもクズなおじいさんに絡まれちゃってるみたいだし」
シャーロットはそう言った。
確かに、彼女の言う通りかもしれない。
だが、いくら疲れているとしても、あの真面目なヨハンナがあんな手紙を書くだろうか?
多少ミスすることはあるだろうが、ヨハンナの性格を考えると、あの内容は変ではないか?
ブライアンは不思議に思った。
また、手紙に書かれていた約束の時間が過ぎてもヨハンナ達が現れないことも、おかしなことだった。
あんなに時間を気にするタイプの彼女が、遅刻するなんて。
もしかして・・・・・・、何かあったのでは?
「胸騒ぎがする。シャーロット、ついて来なさい。電話してみよう」
「え?でも、入れ違いになったらどうするの?」
「その時は謝れば良い。それより、あの2人の安全の方が大事だ」
ブライアンはそう言うと、ベンチから立ち上がり、シャーロットを連れて近くの電話ブース(電話ボックス)に移動した。
そして、ヨハンナの屋敷に電話をかけた。
・・・・・・しかし、つながらない。
「もう出たのか・・・・・・?」
ブライアンは首をかしげた。
ヨハンナの携帯電話にもかけてみたが、つながらない。
ブライアンはシャーロットと一緒に電話ブースを出た。
「本当にただ遅刻してしまっているだけか?しかし・・・・・・」
「パパ」
シャーロットがブライアンの裾を引っ張った。
ブライアンはニコリと笑って、しゃがんだ。
自分のポシェットを優しく押さえながら。
「どうした?」
「一旦戻った方が良いかも」
「・・・・・・どういうことだ?」
「トゥルーデが前に幼稚園で言ってた。アルバムを見つけるために、あの家に行くんだって。トゥルーデは嘘をつく子じゃないけど、行く日が手紙に書かれてた日、今日と重なってたし、どこにいるかわからないルシファーの手下をコンランさせるための策だと思ってた。でも、いつまで待っても来ないってことは・・・・・・」
「・・・・・・!ああ、あれか」
ブライアンは娘に言われて思い出した。
数日前、トゥルーデが幼稚園で「あの家でアルバムを見つけるの」と言っていたという話をシャーロットから聞いていたことを。
トゥルーデは大親友のシャーロットにそんなことまで教えていたのだ。
行く日とされる日が待ち合わせの日と重なっていたことや、手紙に「待ち合わせのことは外では言わないこと」と書かれていたため、シャーロットと同様にルシファーの手下を混乱させる策だと考えていたが・・・・・・。
「まさか、アルバムが本当の・・・・・・?」
「パパ!」
「ああ。そうだとしたら、ボブは・・・・・・。まずい。まずいぞ。急いで戻ろう!」
「うん!」
ブライアンはシャーロットを抱き抱えると、公園の出口に向かって走り出した。
出口を抜けると、近くに停めていた車に2人で乗り、急いで発進させた。
10分後。
自分達の家の通りに入った2人は、恐ろしい光景を目にした。
『いいから、来いっ!!』
『嫌ぁあーー!!!!』
何と、ダニエルズ家の隣——キルス一家が住んでいたあの家の庭で、不気味な男がトゥルーデの腕を無理矢理引っ張っていたのだ。
トゥルーデはアルバムを強く抱きしめながら必死で抵抗しているが、徐々に男の方へ引きずられていく。
彼女の背後にはボブもいるが、口で注意しているだけで、男を取り押さえようともしない。
相手は凶器を持っておらず、捕まえるのは簡単なはずだ。
シャーロットは思わず叫んだ。
「トゥルーデっ!!」
今の状況を見れば、裏切りがあったとはっきりわかる。
嫌な予感が的中した。
「やはり、裏切っていたか。ボブゥ」
ブライアンはボブを睨んだ。
男とボブ、トゥルーデの3人は周りが見えておらず、ブライアンの車にも気づいていない。
ブライアンは端に車を停めると、ポシェットからカメラを出した。
そして、カメラを構え、カシャッとシャッターを切った。
シャーロットはブライアンの方を向いた。
「パ、パパ!助けに行こう!」
ブライアンはシャーロットの顔を見ると、うなずいた。
「もちろんだ」
ブライアンとシャーロットは車を降りて、3人のいる庭に入った。
すると、入ったタイミングでボブの声が聞こえてくる。
「いい加減にしろ!!トゥルーデに乱暴なことをするな!!」
今更何を言っているのか。
「「そこまでだっ!!」」
ダニエルズ父娘が声を上げると、3人はやっとこちらを向いた。
ブライアンは男の顔を見て、彼の正体に気づいた。
彼はヨハン・グレゴリー。自分より出世している妹に嫌がらせをしている「情けない奴」だ。
以前ヨハンナから迷惑な兄について相談された際、写真を見せてもらったことがある。
「ヨハン・グレゴリー。私はさっきの光景を撮影した。トゥルーデを離せ。ジョシュアさんに預ける」
トゥルーデにとって最悪な真実でしたね。
ボブ・・・・・・。




