第17話 リハーサル
トゥルーデは相変わらず危なっかしい子です。
しばらく見守りましょう。
「トゥルーデ、真面目過ぎ!」
シャーロットはオレンジジュースを飲みながら言った。
ビデオを観終わった後、2人はジュースをもらったが、その際、トゥルーデが「自分の反省点」を口にしたため、シャーロットは驚いてしまったのだ。
「でも・・・・・・」
「でももなにもないでしょ!いつもえいよーのあるものを作ってもらってるし、最近は走ってても息切れしてないし。これ以上頑張ったら色々大変!」
「うん・・・・・・。わかってるけど」
トゥルーデはリンゴジュースを飲まないままコップを持っている。
そのコップに映るのは、彼女の揺れる瞳だ。
狼役の演技についての反省点については何も言われなかったが、それ以外の点については心配されてしまっている。
「もっと頑張らないと、強くなれない気がする。断チョコしてでも、もっと頑張るの」
「だ、断チョコォ!??」
シャーロットは思わず叫んだ。
あのトゥルーデがチョコレートを断つなど、信じられなかった。
「トゥルーデ、本気なの?」
先程まで黙って聞いていたヨハンナが口を開いた。
トゥルーデはコクリとうなずいた。
「うん。私、あの狼さんたちを観て、わかったの。私はヨハンナねえさんとシャーロットに甘えてただけ。もっと自分から頑張っていかないと今以上に強くなれないよ」
「そんな・・・・・・!」
「良いじゃないですか」
今度はブライアンが話に入ってきた。
「ブライアン!?」
「『武の道に終わりはない』って、あの先生も仰っています。向上心があるのは良いことです」
「で、でも・・・・・・!」
「そうですね。お菓子の食べすぎはもちろんですが、我慢のしすぎも体に良くない。断チョコは、入門が認められたら終わりという条件でどうでしょう?」
「ど、どうなの、トゥルーデ?」
ヨハンナがきくと、トゥルーデは親指を立てた。
「OK!」
「そう・・・・・・。なら、私は反対しないよ」
ヨハンナはそう言った後、すぐに何かを思いつき、人差し指を立てた。
「あ、そうだ!せっかくだし、ご褒美はどう?」
「ごほうび?」
「うん。入門が認められて断チョコをやめたら、板チョコをプレゼントしちゃう。甘くて、パリパリしてクセになるのぉ・・・・・・!」
「な、何か・・・・・・、美味しそう!」
「そうでしょ?じゃあ、楽しみにしててね」
「うん!」
トゥルーデは笑顔になり、またうなずいた。
「それでは、ぜひリンゴジュースを。もっと頑張るのは、明日からでも遅くない。今はシャーロットと楽しんでほしい」
「はーい!」
トゥルーデは元気よくリンゴジュースを飲み始めた。
さっぱりした甘さで、忘れられない味になりそうだ。
日が暮れて帰宅する時間になると、トゥルーデとヨハンナは外へ出た。
「今日もありがとう!!また遊びに来るね!!お邪魔しました!」
「お邪魔しました。またトゥルーデと遊んであげてほしいな」
見送りに出たシャーロットとブライアンは揃ってうなずいた。
「もちろん!!大親友だもん!!」
「いつでも来てください」
ダニエルズ父娘の後ろで、メイベルも皿を抱えながらペコリとお辞儀していた。
トゥルーデとヨハンナはメイベルにも挨拶をしてから、ダニエルズ家の敷地を出て、駐車していた車のそばに立った。
すると、トゥルーデはふと自分のかつての家がある方へ振り向いた。
規制線などの痕跡はもうなくなったが、手入れされていないせいで、庭の草木が荒れ放題になり、落書きも事件前より増えてしまっていた。
一方で、犯人であるルシファーが割った1階の窓が修理されないまま残っている。
あの窓だけ、時間が止まっているようだ。
「トゥルーデ・・・・・・?大丈夫?また嫌な思い出が?」
ヨハンナは突然足を止めたトゥルーデに声をかけた。
「大丈夫。私、もう大丈夫だよ」
トゥルーデは首を振った。
今でもあの夜の夢を見る。
しかし、あの家を前にしても、以前のように怖く感じることはなくなっていた。
もうあんなことは起こさせないという気持ちの方が強くなっているのだ。
「ごめん、今乗るから」
トゥルーデはヨハンナと一緒に車に乗った。
◆
約2か月後。
11月に入り、お遊戯会の劇の本番が近い。
幼稚園のホールでは、トゥルーデが狼役として舞台に立っていた。
劇のリハーサルが行われているのである。
「可愛いお嬢さん。どこへ行くんだい?」
トゥルーデは落ち着いた様子で、赤ずきん役のシャーロットにきいた。
「おばあちゃんちにお見舞いに行くの!」
それをきいたトゥルーデは静かに笑みを浮かべた。
「そうなのかい?それなら、向こうの場所にお花が咲いてるから、持って行ってあげなさい」
「でも、寄り道したらダメだって・・・・・・」
「おばあちゃん、喜ぶだろうなぁ?」
「そ、そうだね。ありがとう!」
赤ずきんは寄り道をしに、脇道へスキップしていく。
舞台からいなくなる瞬間、彼女は思わず笑った。
(すごい・・・・・・!前よりも自然な感じだ!)
赤ずきんが寄り道している間に狼はおばあさんの家へ行き、おばあさんを食べてしまう。
そして狼はおばあさんに変装すると、赤ずきんの到着を待つ。
問題のセリフは、これからである。
狼はボロボロの毛布を被り、以前と同じように静かに待つ。
再び登場した赤ずきんがおばあさんの家に到着すると、「おばあさん」に3つの質問をする。
最後の質問がきたタイミングで、狼は毛布をつかんだ。
「それはね・・・・・・、お前を食べるためだ・・・・・・!」
勢いよく飛び出した狼の表情には、慈悲など感じられない。
あるのは、獲物を前にした「怪物」の顔。
狼が飛び出したのと同時に、赤ずきんの悲鳴が響く。
それと同時にホールは真っ暗になった。
しばらくして照明がつくと、狼が膨らんだお腹をさすっていた。
その後、通りかかった猟師に赤ずきんとおばあさんが助け出され、赤ずきんが道草をしないと誓った場面で劇のリハーサルは一旦とまった。
「素晴らしい!始めた時よりもずっと良くなりました!」
リハーサルを観ていた幼稚園教諭達は、拍手しながら褒め始めた。
「特にシャーロット、あなたはとても大きく成長しました。本物の赤ずきんのようでした!」
トゥルーデ達は「役」から自分に戻った。
シャーロットは息をつくと、素直にお礼を言った。
「ありがとうございます。もっと頑張りますね」
「おお・・・・・・!向上心があるのは良いことですよ」
ほとんどの園児達は少し照れていたが、トゥルーデだけは静かだった。
彼女も以前と比べて、特に演技が上手くなったにも関わらず、そのことに触れてくれる「先生」は誰もいないのだ。
「トゥルーデさん、大丈夫ですか?」
そんな彼女に小声で話しかける子が1人いた。
約2か月前、酷い言葉を喚いたドロススにトゥルーデへの謝罪を求めていた男の子ピーター・ライトである。
「・・・・・・うん。慣れてるから。心配してくれてありがとう」
「い、いえ。僕はただキルス教徒として当たり前の気持ちを言っただけです」
「そうなんだ・・・・・・」
トゥルーデは少しうつむいた。
やはり、お互いの間に心の壁があるように感じてしまう。
キルス教徒の子供とは物心ついた時から遊ぶことがあったが、「ともだちになろ!」と言っても、遠慮されてしまい、友人としての関係にまで進むことができなかった。
しかし、それは相手が悪い訳ではない。
相手が遠慮しているなら、自分から近づけばいいだけのことだ。
大半のドゥールー教徒のように悪意や敵意をむき出しにして迫害してくる訳ではなく、きちんと話してくれるし、遊ぶこともあった。
難しいことではないはずだ。
シャーロットが初めてトゥルーデの「ともだち」になってくれたあの日のように、自分も勇気を出して前に出ればいいのである。
トゥルーデは決心を固めると、シャーロットの方を見た後、ピーターの方へ顔を向けた。
「でも、私は嬉しいな。ピーターって、この前もドロススにいじめられそうになった時、あいつに立ち向かってくれたし。そーいうヒーローみたいなところ、好き」
「す、す、す、好き!?」
ピーターは頬を赤くして叫びかけ、すぐに自分の口を押さえた。
「何でいきなりそんなこと言うんです??」
「私、ピーターとも仲良くなりたいんだ。それじゃあ、ダメ?」
「ダメじゃないです!」
「良かった」
トゥルーデはニッコリと笑った。
最初から「キルス家の人間としてじゃなくて、『私』として見て」と言っても、無理な話だろう。
しかし、少しずつ歩み寄って仲良くなっていけば、いつか壁を乗り越えることはできる。
まずは仲良くなるところからだ。
◆
「よし。この調子で引き続き頑張りましょう!」
しばらくしてリハーサルが再開した。
トゥルーデ達は休憩を挟みながら真剣に役に入り、演じ続けた。
5歳の園児達がそこまでするのは、家族に観てもらって喜んでほしいという想いがあるからだ。
もちろんトゥルーデも、狼役になった動機はややズレたものではあったが、劇を成功させてヨハンナに喜んでほしいという気持ちだった。
しかし、キルス家を憎む園児達もいるため、団結しているかというとそうでもない。
トゥルーデの役も重要だというのに、それを無視してしまうのだ。
そう、今回も。
「うわ~~っ!!」
狼が転がされた後、トゥルーデは一時的に自分に戻り、水分補給のために舞台袖へ移動した。
(ヨハンナねえさんが、今日の水筒にお茶を入れてくれた。健康に良いらしいし、何か渋いけどクセになるんだよね。意外と甘くない飲み物も良いかも)
この日の水筒は、ヨハンナが選んでくれたお茶が入っている。
トゥルーデの好みの味ではなかったが、トゥルーデ本人は少し気に入り始めていた。
しかし、トゥルーデの水筒は置いていたはずの机の上からなくなっていた。
「え・・・・・・?ええ!?どういうこと!?」
トゥルーデは慌てて辺りを見回したが、その時、背後に嫌な気配を感じた。
振り向くと、そこには木の衣装を着せられたドロススが立っていた。彼の手には、何とトゥルーデの水筒が!
「それ、私の!返して!」
トゥルーデはドロススに向かって走り、水筒に手を伸ばした。
だが、あと少しで手が届くというところで水筒は床に落とされ、蓋と共に中身が飛び散った。
「うわっ、汚ぇ!おい、キルス女、水筒をこんな場所で落とすなよ~!」
「ふ、ふ、ふざけるな!」
我慢の限界だった。
練習の時、持ち物に落書きされても、虫を衣装に入れられても、事故を装って急に突き飛ばされてもまだ耐えられた。
しかし、これはない。
ヨハンナが買ってくれた水筒とお茶を台無しにされたのだ。
怒らずにいられない。
トゥルーデはドロススの衣装をつかんだ。
だが、ドロススはトゥルーデを突き飛ばすと、虫でもみるかのような目で見下ろした。
「お前が、シャーロットの友達なんて、絶対認めないからな」
「え、え??」
トゥルーデは混乱して何度も瞬きした。
ドロススは続けて何か言おうとしたが、足音が近づいてきたため、すぐに立ち去った。
残されたトゥルーデは唖然とした。
トゥルーデが怪我しなかったことが不幸中の幸いです。
ドロススは、一体何を考えているのでしょう?
様々な思惑がある中で、本番は近づいてきます。
次回も、ぜひお読み下さい。