第16話 好きなもの
ハンバーガーのお味は?
「こ、これは・・・・・・!」
リリディアは思わず涙を流した。
「美味い・・・・・・!あの頃とほとんど味が変わらねえ!」
ジューシーな肉汁が、一緒に挟まるトマトやキャベツの味を上から染めている。元々の野菜と肉の味が混ざり合い、最高な味になっているのだ。
「主張が強いのに、何故か美味い!これなんだよ・・・・・・!」
ダミアンも気に入ったようで、ニコニコの笑顔でハンバーガーを味わっている。
「それでは、ごゆっくり」
店員はリリディア達のテーブルから離れていった。
「これなら、2人と一緒に食いに来れそうだな。ダミアンも気に入ったか?」
「はい・・・・・・!こんなにハンバーガーが美味しいものだとは思いませんでした!」
「ハハハ!すっかりハマったな!」
リリディアは涙を拭いながら笑った。
何と楽しいランチタイムだろう。
しかし、そんな時間もあっという間である。
15分位でハンバーガーセットを食べ終わると、リリディアとダミアンは手と口を拭きながらまたお喋りを始めた。
「ふぅ。美味かった。注文と一緒に会計は済ませてあるから、しばらくしたら店を出よう。俺はこの後、『パスポート』を取りに行く。お前は?」
「私は・・・・・・、あなたについて行きます」
「え!?正気か、ダミアン!?」
「ご迷惑でしょうか?」
「いや、迷惑じゃないが・・・・・・。俺達、会ったばかりだろ?」
「問題ありません。大切なのは、付き合いの長さよりも、相性ですから」
「・・・・・・!確かにな」
リリディアは初対面でトゥルーデと仲良くなれたことを思い出し、うなずいた。
だが、それよりも大きな問題が残っている。
「でもな、言いにくいんだが、もう1つ問題があってだな・・・・・・」
「それも、問題ありません」
ダミアンはキョロキョロと周りを見回して誰も聞いていないことを確認すると、口の横で指先を上に立て、手で口元を見えないようにした。
「刑務所から逃げたばかりなのでしょう?」
「・・・・・・!」
「大丈夫です。会った時に、いえ、会う前からあなたの正体には気づいていました。危険は覚悟の上です」
「・・・・・・それも、魔法の力か。やるじゃねえか」
最初から掌の上で踊らされているようだった。
だが、それはそれで面白い。
「それに、私はお役に立てます。魔法なら、何でもマスターしています!」
「頼もしいな。お前の覚悟はわかった。最後に1つ聞かせてくれ。俺について行こうと思うのは何でだ?」
「恩に報いたいからです。・・・・・・ダメでしょうか?」
「・・・・・・いいや。イカれてて気に入った!良いだろう。お前の分の『パスポート』も頼んでおいてやる!」
「あの、私、瞬間移動もできるのですが・・・・・・?」
「良いか?ダミアン。パスポートは身分証代わりになるんだ。国外に出る時は必須だぞ」
「な、何と・・・・・・!?知りませんでした!」
少し世間知らずだが、面白い人物を仲間にできた。
「さあ・・・・・・、店を出るぞ。ついて来い」
「はい!」
リリディアは店員に挨拶した後、ダミアンと一緒に店を出た。
◆
「お邪魔しまーす!!」
週末、トゥルーデはヨハンナと一緒にダニエルズ家にお邪魔した。
「いらっしゃーい!!」
シャーロットは明るい笑顔で迎えてくれた。
ヨハンナも挨拶すると、ふとブライアンが見当たらないことに気づいた。
「あれ?ブライアンは?」
「ここにおりますよ」
ブライアンはコーヒーを片手に下りてきた。
よく見ると、目の下にくまがある。
「お邪魔してます、ブライアンさん!」
「いらっしゃい。ゆっくりしていってね」
「ブ、ブライアン?大丈夫?」
「ええ。徹夜で資料を整理していただけですから」
「徹夜!?」
「ご安心を。既に終わらせました。さあ、リビングへどうぞ」
「う、うん」
フラフラなブライアンに案内され、トゥルーデ達はリビングへ移動した。
リビングのテレビの前では、ビデオテープを持ってオロオロしているメイドがいた。
「おや、メイベルさん。どうしたんですか?」
「旦那様!も、申し訳ございません!少しビデオテープの入れ方がわからなくて・・・・・・」
メイベルと呼ばれている彼女は、ダニエルズ家で働いているプロのメイドだ。
しかし、意外なことに新しい機械などの扱いに慣れていないのが弱点である。
「あー・・・・・・、最初は難しいですよね。でも、慣れると簡単ですよ。後で教えますね」
「旦那様・・・・・・!」
「ここは私に任せて下さい。その間に、メイベルさんは用意しておいたお菓子をテーブルへ」
「はい!」
メイベルは綺麗なお辞儀をすると、ビデオテープをブライアンに渡してリビングから出て行った。
「よし、ちょっと待っていてくれ。私が再生するから」
ブライアンはそう言ってコーヒーカップを一旦近くのテーブルに置いた。
「ブライアン、私も――」
「いいえ、すぐに終わりますので。よいしょっ」
ブライアンはしゃがむと、慣れた手つきでビデオテープをビデオデッキに入れ、再生させた。
その時間、わずか5秒。
トゥルーデはそれを見て、目を丸くした。
「すごい・・・・・・!まるで達人さんだ!」
「当然でしょ?パパはお仕事でこういう操作には慣れてるもん!」
シャーロットは誇らしげに話した。
ブライアンは息をつくと、トゥルーデとシャーロットの方を向いた。
「これで良し。子供達、ドキュメンタリーの時間だよ。お菓子を食べながらゆっくりお勉強しなさい」
「「はーい!!」」
2人は元気よく返事した。
この日はレンタルした狼のドキュメンタリー番組のビデオを観て、狼の真似をする勉強をするためにダニエルズ家に集合する約束をしていた。
楽しみにしていたので、その分期待も高まってしまう。
狼のその姿、しっかり目に焼き付けよう。
『アオーーーンッ』
『1匹のハイイロオオカミが、満月を背に遠吠えをしています。彼らはユーラシア大陸や北アメリカ大陸などに分布しています・・・・・・。あ、哀れな兎達が追いかけられていきます』
始まったドキュメンタリー番組の中で、狼は容赦なく群れで狩りを行っていた。
シャーロットと一緒にソファに座るトゥルーデは息をのんだ。
図鑑で見たもの以上に恐ろしく、それでいて動きに無駄がなく、美しい。
これが自然界の頂点に立つ肉食動物、狼か。
『彼らは肉食で鋭い牙を持ち、群れで行動します。また、群れは成熟した雌雄のペアとその子供達で構成されており、強い縄張り意識を持っています』
図鑑の通り、映像でも狼達は家族思い、仲間思いな一面が見られた。
厳格な順位と厳しい掟が存在するが、狩りの際は仲間と協力して獲物を仕留め、獲物を分け合う場面もあった。他にも、子供のいる巣穴を守ったり、面倒をみたりするなどの例が紹介されていた。
しかし、縄張り意識が強いという説明の通り、縄張りに入った者にも容赦がなかった。
身内以外には更に厳しいということか。
『狼は頭が良く、身体能力も高く、また、強い絆を持つ生き物でもあります。大きな特徴としては、そのスタミナと驚異的な持久力。つまり、長時間走り続ける能力です。この能力で、彼らは獲物を追いかけ続けることができるのです』
「スタミナと持久力・・・・・・!」
トゥルーデは繰り返すようにつぶやいた。
これが一番参考にできそうだった。
動き回り続けることには自信があるが、しばらくしたらすぐ疲れてしまうことにトゥルーデは悩んでいる。
しかし、意識してスタミナと持久力を向上させれば、更にタフになれる。
ただ強いだけではなく、ずっと続けられる力も将来必要になるのだ。
普段から栄養バランスのとれた食事をし、シャーロットに引き続き鬼ごっこに付き合ってもらえばその力を伸ばすことも不可能ではない。
また、その後も鑑賞していく中で、狩りをする狼が大げさに叫んでいる場面が少ないことに気づいた。
狼を演じる際、無理に大声を出す必要はないのだ。
自分は狼のことをほとんど知らなかったようだ。
トゥルーデはテーブルに置かれた皿からチョコクッキーを取ると、静かにかじった。
「・・・・・・お味は?」
シャーロットがカタカタ震えながらきいてきた。
トゥルーデは間を置いてから答えた。
「甘いよ。とても甘い」
◆
「トゥルーデとシャーロット、よくあんなグロいものを観ながらお菓子を食べられるなぁ・・・・・・」
ヨハンナは、トゥルーデとシャーロットのソファの後ろでつぶやいた。
すると、横でコーヒーをすすっていたブライアンがゆっくり微笑んだ。
「慣れてしまったのでしょうね。この街は、グロテスクなものばかりですから」
「・・・・・・そっか」
ヨハンナは納得したようにうなずいた。
「あ、そうそう。お菓子、ありがとう。トゥルーデ、喜んでるよ」
「いえいえ。今日のために準備しておくのは当然です。トゥルーデは、シャーロットの大切な友達ですから」
「ブライアン・・・・・・!やっぱり良い人だねぇ。そういえば、あの空手の先生にも口添えしてくれたんでしょ?トゥルーデのために」
「・・・・・・!先生から伺っていたのですね」
ブライアンは目を丸くした。
トゥルーデが空手道場に入門するには、その道場を運営している「師範」である空手家に認められなければならない。
そう。ダニエルズ父娘をデスタウンに移住させ、彼らを追ってきたマフィアをその拳で撃退してみせたあの空手家に、である。
当然話し合いは簡単にはいかず、予想以上に時間がかかってしまったが、ブライアンのおかげで「ある条件」を満たせば入門を認められることになった。
「もちろん。でも、心配。入門するためには、『お遊戯会で起こる妨害を上手く乗り越える柔軟さと体力』を見せることが条件になるなんて。後でトゥルーデには教えるけど、何か悪いことが起きるのが確定してるみたいだ。トゥルーデ、危ない目に遭わないよね?」
「わかりません。あのボンボ・・・・・・、失礼、あの不良園児が何やらコソコソ動き回っているようですし、何か起きるのは確かでしょうが・・・・・・。幼稚園や街の上層部が頼りにならない以上、我々が気をつけるしかありません。子供達と一緒に上手く乗り越えましょう」
「そうだね。私達なら、きっと・・・・・・」
ヨハンナとブライアンはお互いに顔を見合わせ、うなずいた。
不穏な空気の中でも、お腹は空くものなのです。
皆様も、お食事の際はしっかり味わって下さいね。