第15話 外の世界
脱獄したリリディアですが、リラックスしている様子です。
一体どうしたのでしょう?
「お、おい。できたぞ、リリディ――」
「リッチー、だろ?」
「あ、悪い・・・・・・」
リリディアは、理髪店で伸びすぎた髪と髭を綺麗に切ってもらっていた。
この店があるのは何と、デビルズランド市。デスタウンの南を流れるレプタイルズ川を挟んで隣にある街だ。
デスタウンとは深い因縁があるが、「薬の街」として発展しているため、事件での怪我やゾンビによる被害で苦しむデスタウン市民にとってはありがたい存在でもある。
また、街の規模はデスタウンよりも大きいため、デスタウン市民の中には、この理髪店の店長イアンのようにデビルズランドに憧れを抱いて進出する者も少なくない。
「後は、自分で鏡を見てくれ」
「わかった!」
イアンは鏡を持ってリリディアの後頭部を前の大鏡にも反射させて見せてくれた。
前髪は前が見えやすいように短く切られ、後ろの髪も両側にはねている部分だけ残して綺麗に切られている。
更に、「サンタ」みたいだと評された髭も綺麗に切られた。
顎鬚だけ剃られ、イケている口髭だけが残されているのだ。
期待以上の出来である。
「うん、よりハンサムになった気がする!良いぞ。ありがとう」
「よ、良かった・・・・・・」
イアンは胸をなで下ろすと、片づけを始めた。
「・・・・・・リッチー、ガキの頃はごめんよ」
「・・・・・・何のことを言っている?」
「俺がお前をいじめていたことについてだよ。あの頃は、キルス家の連中は街を裏切ったクズの子孫だからいじめても良いと思ってた。でも、大人になってわかったんだ。いじめの残酷さを」
「あー・・・・・・」
一瞬何を言っているのか本当にわからなかった。
だが、そうか。小学生の頃のことか。
(確か、あの頃はソドム区の外から侵入してきたイアンのいじめっ子グループによくいじめられてたっけ)
当時は自分に何も取り柄がないと思っていたため、いじめられる度にやり返すこともできず、悔しくて泣いていた。
また、いとこのサイラスもイアン達を含む複数のグループからいじめを受けており、彼を守ろうとしても力が足りないため、体を張って庇う位しかできなかった。
しかし、10歳の頃にウイルスに感染した犬――ゾンビ犬からサイラスを助けようとした際、特殊能力『ゾンビキング』が使えることがわかった。
すると、リリディアにやり返されることを恐れたイアンのグループはピタッといじめをやめてしまった。
リリディアの中にある特殊能力が、ゾンビ犬とイアン達の暴力から自分やサイラスを守ったのだ。
そして、自分に誰かを守れる「力」があると知ったリリディアはそれ以来家族や仲間を守るため、最善を尽くすことを誓った。
もう泣いたりしない。サイラスも、仲間達も皆守ってやると。
その後イアン達を超えるレベルの異常な敵達と戦っていったので思い出すことも少なくなっていたが、懐かしい過去ではある。
辛いことが多かったが、あの日々がなければ今の自分はいないだろう。
「昔の話だ。忘れてはいないが、恨む気もない」
「そ、そうなのか?」
「ああ。それにあれを見たら、お前も頑張っているんだって思ってな」
リリディアは店の窓の方を一瞬見てから、大鏡の方へ視線を戻した。
「バカな奴らにここまでされても踏ん張り続けているお前に、俺は敬意を表するよ」
「リリディア・・・・・・!」
イアンは肩を震わせて泣いてしまった。
リリディアはリュックを背負うと、支払いを済ませて理髪店を出た。
囚人服からカラフルな服に着替えた上に、この口髭と髪型にしてもらったことで外にいても怪しまれない。
店の窓を見ると、デスタウン出身者を罵る貼り紙がびっしりと貼られていた。
『呪われた街へ帰れ!』
『ゾンビもどきは檻にいろ!』
『消えろ!!』
『この世からいなくなれよ?』
『ここにお前らの居場所なんてないから!』
・・・・・・他にも、似たような汚い言葉がたくさん並んでいる。
イアンはこの街で理髪店を経営し始めてから、ずっとこんな扱いに耐えてきたのだ。
彼の「いじめの残酷さがわかった」という言葉は、嘘ではない。
リリディアはわかっている。
「それじゃあ、いつも通り、警察にバレたら俺に脅されたって言っとくんだぞ」
「わ、わかった。リリディア、気をつけてな」
「おう。じゃあな!」
リリディアはイアンに手を振って別れ、南へ歩き出した。
デビルズランドの南の隅に、1回目の脱獄の時にもお世話になった偽造パスポート作りのプロが住んでいる。
国外逃亡するには、まずあそこへ行かなければならない。
しかし、歩き出してから1分後。
グ〜〜ッ。
「・・・・・・え?」
お腹の音が鳴ってしまった。
無理もない。
朝からずっと忙しかったのだ。
刑務所の仲間の囚人達に暴動を起こしてもらっている間に斧で鉄格子を破壊して外へ逃げ、採掘現場の複数ある坑道の内、一部のドゥールー教徒が使用しているという地下の道「地下道」に通じる坑道に入り、迷路のような地下道で何度も迷子になった後、昼頃にやっとデスタウン北部から脱出した。
逃げている途中で迷子になっただけでも大変だが、それだけではない。
脱獄前には他の囚人との取引で入手したリュックにデスナイフやトゥルーデがくれたぬいぐるみ、そして少しの着替えしか詰め込む時間がなかった。
その上、脱獄した直後も途中で使用した斧が坑道に入る際に邪魔になって置いていくしかなかった。
仲間の囚人が何十人もいる上に、ネルソンを助けたことで態度が柔らかくなった看守達が斧や、地下道の情報などの取引に応じてくれたことで上手くいったとはいえ、簡単なことではなかったのである。
幸いなことに賭けに何度も勝っていたので現金は十分に持っているものの、脱獄後もやることが多く、食事をとる時間はなかった。
だが、少し落ち着いた今、余裕ができた。
空が赤くなってきているが、遅めの昼食にしても良いだろう。
リリディアは周囲を見回し、飲食店を探した。
すると、そのタイミングでジューシーな肉の匂いが漂ってきた。
とても懐かしい匂いだ。
「この匂いは・・・・・・!」
リリディアはゆらゆらとその匂いを辿っていくと、見覚えのあるハンバーガー店を見つけた。
看板にはマスコットの牛人間モーモーキングと一緒に、『キングダムバーガー』と店名が書かれている。
「昔と変わってねえな」
リリディアは思わず笑顔になった。
小学生の頃にたまたまテストで良い評価をもらったら、両親がここに連れてきてくれたのだ。
デスタウンではキルス家の自分達がただ食事に来ただけでいきなり水をかけてきたり、殺虫スプレーをかけてきたりする店が珍しくなかったので、滅多に外食はできなかった。
一方、デビルズランドもデスタウン出身者には酷い仕打ちをする街ではあるが、デスタウン出身であることを口にしなければ問題なく外食ができた。
そんなある意味安心できる場所だからか、この店で両親と一緒に食べたハンバーガーはとても美味しかった。
昼食をどこでとるかは、もう悩む必要もないだろう。
リリディアは早速店内に入った。
そしてハンバーガーセットを注文して窓際の席に座ると、あることに気づいた。
この席は偶然にも両親と来た時に座っていたところだ。
(色々と片づいたら、親父とお袋と一緒にまたここに来るか)
そう思った直後、突然不愉快な声が響いた。
「おい、待てよ!!悪魔の子!!」
声がしたのは窓の外からだ。
外を見ると、歩道にフード付きの黒いローブを来た男性が倒れこんでおり、そんな彼を3人のボサボサ頭の男達が取り囲んでいた。
「やっと見つけたぜ。何で村から急にいなくなったんだよ?」
「大都会にいれば、オイラ達から逃れられるとでも!?」
「無駄な努力、ご苦労様で~す!ママが生きてたら、褒めてくれるかもぉ!?」
ボサボサトリオは口々に訳のわからないことを喚いた。
だが、話をつなぎ合わせてみると、あの黒いローブの男性は故郷の村から逃げてきたようだ。
キルス家と同じように、故郷で迫害される一族の出身なのだろうか?
黒いローブの男性は、ボサボサトリオの顔を見上げた。
「お前ら・・・・・・、哀れだな。我が母を殺した男ペトリコフは今、牢屋の中だ。私を捕まえて村に連れ戻した所で、褒めてくれるご主人様はいない。フッ。現実を見ていないモンスターはどっちだ?」
「「「ん・・・・・・!!」」」
ボサボサトリオは煽られた途端、急にキレて黒いローブの男性をリンチし始めた。
黒いローブの男性は弱っており、ロクに抵抗できていない。このままでは死んでしまう。
リリディアはテーブルに視線を移した。
こんな光景は、デスタウンでもよく見るものだ。助けてやる義理もない。
しかし・・・・・・、何故だろう。
一瞬だが、反抗してリンチに遭っている彼と、昔のサイラスが重なって見えてしまった。
サイラスはどれだけ痛めつけられても、屈することはなかった。
そんなサイラスと重なって見えるとは。
・・・・・・多分ここであの男性を見捨てれば、自分は一生後悔する。
リリディアは決心を固め、席から立った。
ちょうどそのタイミングで店員がハンバーガーセットを運んできてくれたので、彼女にこれから外のリンチをやめさせてくることを伝えた。
もちろん、店員は反対した。
「え~!?やめて下さい!怪我しちゃいますよ!?警察を呼びましょう!」
周りの客も同様に反対している。
だが、リリディアは笑って言った。
「このままじゃ、落ち着いてハンバーガーを食えないだろ?」
リリディアは一旦店から出ると、素早く動いてボサボサトリオの背後に回り、頭を1人ずつ殴って地面に倒してやった。
その際、勢い余って右手の中指を怪我してしまったが、そんなことは気にならない。
「ドゥア!?誰だ、おま・・・・・・え??」
ボサボサトリオのリーダーらしき男はリリディアの顔を見上げた途端、青ざめた。
「失せろ。2度とこいつと俺の前に姿を現すな。次に見かけた時は・・・・・・」
ヒュッとリリディアの親指が横に空気を切った。
「ヒ、ヒィィー!!」
「ま、待ってくれよぉ。兄貴ぃ!」
「お母ちゃあああん!!」
ボサボサトリオはリリディアを恐れて逃げ出し、周囲と店からは歓声が上がった。
「ったく。おい、大丈夫か?」
リリディアは黒いローブの男性の方を向いた。
「・・・・・・あ!その、はい」
黒いローブの男性は肌が真っ白で、少し痩せていた。痩せ細っている訳ではないが、見ていて心配になる。
「お前、ハンバーガーは好きか?」
「え・・・・・・、え!?はい。好きです」
「よし。おごってやる!」
1人分おごっても問題ない位、お金には余裕があった。
しかし、店に戻る前に肝心なことをきかなければならない。
「ところでボコボコにされていたが、怪我はないか?」
イアンの理髪店に寄る前に、万が一に備えて包帯セットや消毒液を買っておいた。少しなら分けても良いだろう。
「大丈夫です。体は頑丈な方なので」
「そうか」
「助けて下さり、ありがとうございます。何とお礼を申し上げれば良いか・・・・・・」
「良いって。お前が思っているような理由で助けた訳じゃない」
無事なら何より。
リリディアは黒いローブの男性に手を差し伸べ、地面から立たせた。
「俺はリッチー・ヒル。お前の名前は?」
「私は・・・・・・、ダミアン・ヘルです。ダミアンとお呼び下さい」
「わかった!」
リリディアはうなずいた。
(ダミアンっていうのか。イケてる名前だ)
リリディアはダミアンを連れて店に戻ると、ダミアンの分のハンバーガーセットも注文した。
そして元の窓際の席に座り、ダミアンのハンバーガーセットが運ばれてくるまでの間、2人でお喋りをして待つことにした。
「これは最高だ。ジュワ―!とジューシーな肉の味がクセになる。ダミアンにも一緒に味わってほしいから、俺はまだ食べないでおく」
「リリ、リッチーさん。この店のハンバーガー、お好きなんですね」
「まあな!両親に小学生の頃に連れてきてもらったんだ。ここのハンバーガーの味は忘れられんよ。いつか色々と片づいたら、親父やお袋とまた来たいと思っている」
「へえ・・・・・・!素敵な話です。私も両親にイタリア料理店に連れて行ってもらっていました。でも、私が成人する前に2人とも亡くなったので・・・・・・、リッチーさんが羨ましいです」
「ダミアン・・・・・・。それは辛かったな」
「はい。でも、もう前を向きました。いいえ、向くしかありませんでした。あの村で生きていくにはそれしかなかった」
「・・・・・・そういえば、お前、『悪魔の子』とか呼ばれていたし、村から逃げたとも言われていたな。母親をペト何とかって奴に殺されたとも。相当やべえ村なんだな」
リリディアの故郷も、よそのことを言えない位やばい街である。
だからこそ、わかることもあるのかもしれない。
「はい。我が一族は代々『悪魔の血』と呼ばれ、村中から迫害されていましたから、やばいことは確かです。他の村人と違って、魔法を使える私達が恐ろしかったのかもしれません」
「ま、魔法?・・・・・・え?あの、あれか?」
リリディアは耳を疑った。魔法なんて、本当にあったのか?
リリディアが持っている能力は、ゾンビを操ることができる特殊能力『ゾンビキング』だが、少なくとも魔法ではない。
「あ、それ怪我されたんですか?」
「え?」
リリディアはダミアンに右手を指さされ、そこを見ると、中指から血が流れていた。
「あ~、大丈夫。俺、昔から怪我の治りが早いからな。消毒しとけば、後はどうにかなる」
「リッチーさん、私に任せていただけませんか?」
「え、お前に?」
「はい。魔法で治します」
リリディアはダミアンの提案を聞いて、唖然とした。
しかし、ダミアンの真剣な表情を見て、「OK!」と任せてみることにした。
「それでは、失礼します」
ダミアンはリリディアの右手を優しく包み込むように両手で握ると、ブツブツと不思議な呪文を唱え始めた。
すると、リリディアの右手が電球のように小さく光りだし、温かくなった。
そして、1分もしない内に呪文が終わると、光が消えて綺麗に傷が治っていた。温かさはまだ少し残っている。
「すごい・・・・・・!これが魔法か。初めて見た」
「恩人のためなら、当然です」
「気にしなくて良いって言ってるだろ?でも、ありがとよ」
リリディアは実際に魔法で中指を治してもらって、初めてその存在を信じた。
「でも、何で魔法が使えるのに、あいつらにやり返さなかったんだ?」
「それは・・・・・・。実は、村人達との間には先祖が交わした契約があり――」
「お待たせしました!ハンバーガーセットで~す♡」
「うわ!?」
ダミアンは思わず驚きの声を上げ、リリディアも一瞬リュックからデスナイフを出しそうになった。
いつの間にか、店員がそばに立っていた。
気配を消すのが上手すぎる。
「んん!まあ、お喋りは後にするか。今はハンバーガー優先だ!」
「は、はい!」
店員からダミアンの分のハンバーガーセットが渡されたところで、早速2人でハンバーガーをかじった。
さて、お味は・・・・・・?
何故、のん気にハンバーガーをかじっているのでしょうか??
謎が増えてしまいましたね。
次回も見逃せません!