第13話 3人の約束
大変お待たせ致しました。
トゥルーデとリリディアの面会の始まりです!!
リリディアは4人の看守達と面会室に入った瞬間、驚いた表情を浮かべた。
「あ・・・・・・!」
「・・・・・・?」
面会室のガラスの向こうには、ヨハンナと、彼女に抱き抱えられた可愛らしい幼子がいた。
幼子はヨハンナの膝の上に座り、リリディアの顔を見上げている。
長く艶のある黒髪をおさげにして垂らし、丸くくりっとした目で自分をみつめてくる女の子・・・・・・。
そうか。この子がトゥルーデか。
それに比べて自分は、金髪で鋭い目つきのハンサムとはいえ、髭が伸びてしまっている囚人。怖がらせる要素は十分だ。
(デスナイフを盗もうとしたコーディーをうっかり骨折させちまった罰で髭を剃れなくなってたからな
。もう少しやり方は考えるべきだった。・・・・・・おっと、それどころじゃなかった。少しでも安心してもらわなきゃならん)
リリディアは面会室に入る前のネルソンの態度のせいで少し苛立っていたが、目の前の女の子のために一旦落ち着くことにした。
彼は深呼吸を3回繰り返した。
ネルソンはその間に説明を行った。
「面会時間は30分。それ以上は禁止です。差し入れの物はここに残る私のチェックを受けてから渡してください」
説明が終わると、ネルソン以外の看守――看守トリオは退室した。
リリディアがヨハンナとトゥルーデの向かいの席に座ったタイミングでストップウォッチがセットされ、面会が始まった。
リリディアはヨハンナとほぼ同時に受話器を取った。
「よう、ヨハンナ。この前言っていた通り、トゥルーデを連れてきてくれたんだな」
『うん。トゥルーデが会いたがってたから!代わるね』
ヨハンナはトゥルーデの顔に受話器を寄せた。
『ほら、トゥルーデ』
『ありがとう』
トゥルーデは小さな手で受話器を下から持った。
「やあ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんはサイラスとセシリアの娘のトゥルーデだね?」
『うん。初めまして』
「ああ、初めまして。俺はサイラスのいとこのリリディアだ。元気がないな。やっぱり、この髭怖い?」
『ううん』
トゥルーデは首を振った。
『サンタクロースみたいで素敵だと思う!』
「サンタ?プッ!ハハハハ!」
リリディアは思わず笑った。
気を遣わせてしまっただろうか?
「でも、今日プレゼントを贈ってくれるのはトゥルーデなんだろう?」
『な、何でわかったの!?』
「ヨハンナが教えてくれたぞ。毎晩頑張ってるって」
ヨハンナは強制送還直後の面会で、トゥルーデがこっそりやっていることを教えてくれた。
ヨハンナの話によると、トゥルーデはリリディアが寂しくないようにぬいぐるみを差し入れすることに決め、ヨハンナに教わりながら夜にコツコツと縫っていたようだ。
更に詳しく聞くと、昼間は体力作りと劇の練習、夜はぬいぐるみ作りに取り組んでいたという。
幼稚園児だというのに大変ではないか。
リリディアはトゥルーデの並々ならぬ努力に驚きながらも、彼女が忙しい中、自分へのプレゼントを作ってくれていたことに内心感謝していた。
トゥルーデはヨハンナの方を向いた。
『ヨ、ヨハンナねえさん!?』
『え、もしかしてサプライズにしたかった!?ごめんね、トゥルーデ〜!』
ヨハンナは慌てて謝った。
リリディアはそれを見て、目を丸くした。
(あ、あのヨハンナが素直に謝罪だと!?信じられないな・・・・・・)
トゥルーデは横の椅子に置いていたリュックから小さな熊のぬいぐるみを取り出した。
『もうっ!ねえ、看守さん!これ、渡して良い?』
ネルソンはヨハンナとトゥルーデのそばに移動すると、ぬいぐるみを預かってチェックした。
『見せてくださいね・・・・・・。うん、これ位なら大丈夫でしょう』
そしてリリディアのそばに戻ると、「ほら」とぬいぐるみを手渡した。
グレゴリー家出身のヨハンナがいるため、猫を被っているのだろう。
しかし、リリディアはそんなことが気にならない位、トゥルーデから差し入れをもらったことが嬉しかった。
「本当に良いのか?これ」
『もちろん!これで寂しくないでしょ?』
「ああ・・・・・・!ありがとう。俺は今、世界一幸せだよ」
こんなに温かい気持ちになったのは久しぶりだった。
この気持ちに嘘はない。
「可愛いな。熊か?」
『うん。リリディアおじさんのイメージは熊さんだって、父さんと母さんが言ってたのを思い出したから』
「そ、そうなのか!?」
「酷い奴」である自分に、そんなイメージがあったのか?
リリディアは詳しくききたくなったが、トゥルーデの気持ちを考えて話題を変えた。
「・・・・・・それにしても、よくできている。頑丈そうだし、可愛い」
ぬいぐるみには何度も縫い直した痕があったが、頑丈に縫われており、また、頭にある耳も、ボタンのついた目も、可愛らしく仕上がっていた。
失敗を繰り返しながらも、より良いものにしようと頑張って作ってくれたことがわかる。
トゥルーデはパーッと明るく笑った。
『そうでしょう?ヨハンナねえさんに教わりながら頑張ったもん!』
「すごいな。だが、大変じゃなかったか?色々と忙しいそうじゃないか」
リリディアにきかれ、トゥルーデは首を振った。
『ううん。皆が支えてくれたから!』
「そうか」
リリディアはトゥルーデの答えを聞いて、嬉しそうに笑った。
「人との出会いに恵まれるのは良いことだ。その縁は大切にした方が良いぞ」
『うん!』
トゥルーデは元気よくうなずいた。
しかしその直後、口に手を当てる。
『あ、忘れるところだった!』
リリディアはトゥルーデの深刻そうな顔を見て、一瞬冷や汗をかきそうになった。
何か忘れ物でもあったのだろうか?
「どうした?」
『まだ葬儀の時のお礼を言ってない!』
「は?」
トゥルーデの言葉に、リリディアは思わずそう言った。
すると、
『リリディアお・じ・さ・ん?トゥルーデにその態度はないんじゃないかな?』
ヨハンナは微笑みながらリリディアに言った。
だが、彼女の目は笑っていない。
「わ、悪い。トゥルーデ、葬儀の時のお礼って、何のことだ?」
リリディアがきくと、トゥルーデは簡潔に教えてくれた。
『脱獄した後に父さんと母さんに献花してくれたことのお礼!』
リリディアはそれを聞いて、「あ〜・・・・・・」と目を逸らした。
「礼なんて要らねえよ」
『でも、嬉しかったから。ヨハンナねえさんから聞いたけど、大変だった中で父さんと母さんの所に来てくれたんだよね?本当にありがとう!』
トゥルーデは笑顔でお礼を言った。
しかし、リリディアは首を振る。
「・・・・・・本当に要らないんだ。トゥルーデ」
『何で?』
「俺は、あの2人を守れなかったからな」
そう言うと、彼はため息をついた。
「あの女の存在も、そのイカれた本性も親父から聞いて知っていたはずなのに、十分な対策ができなかった。その結果、サイラスとセシリアはあのクズに命を奪われた。俺はきっと、あいつらに恨まれている。だから、礼を言われる資格なんてないんだ」
すると、今度はトゥルーデが首を振った。
『そんなことないっ!!』
リリディアは驚いてトゥルーデの方を向いた。
トゥルーデはそのまっすぐな眼差しを、リリディアに向けている。
『リリディアおじさんは父さんと母さんのことを大切に思ってくれてたんでしょ!?父さんと母さんが恨む訳ないもん!それに、悪いのはルシファーさ、ルシファーだし!』
「トゥルーデ・・・・・・」
リリディアはトゥルーデをじっと見つめ返した。
彼女の中に、サイラスと似た何かを感じるようだ。
『え、え?どうしたの?』
「おっと」
リリディアは慌てて咳払いした。
初対面なのに、見つめすぎた。
「悪い、何でもない。でも、嬉しいよ。そんなことを言ってくれるなんて。ありがとう」
『お、お礼を言いたいのはこっちなのに!?』
「ああ。サイラスとセシリアがそんなことを思うはずがないってことを、トゥルーデが思い出させてくれたからな。それに、トゥルーデがサイラスから大切なものを受け継いでいることに気づけたから」
『大切なもの?何?』
トゥルーデが首をかしげてそう言うと、リリディアは微笑む。
「大きくなったらトゥルーデも気づけるさ」
『ええ!?教えてくれないの!?ずるいなぁ』
「俺は元からずるい男だよ。だが、可愛いプリンセスのためだ。今のこと以外なら何でも教えてやろう。しばらく一緒にお喋りでもしようか」
『・・・・・・!うん!私も教えるね!』
トゥルーデは明るく笑った。
この笑顔は、セシリア似かもしれない。
残りの時間で、リリディアとトゥルーデはお互いのことについて話した。刑務所でのこと、幼稚園でのこと、ヨハンナの屋敷でのこと、それらのことのほぼ全てを。
「へー・・・・・・!心強い大親友がいるとは聞いていたが、そこまですごいのか、シャーロットって娘は」
『うん!外での鬼ごっこにも、劇の練習にも付き合ってくれるの。何でもできちゃうの、シャーロットは!それに勇気もあって、キルス家の人間の私を、私達をいじめっ子達から庇ってくれたんだ。ヒーローみたいで格好良かった!』
「マジか。よそから引っ越してきた奴だろ?普通ドゥールー教徒相手にビビりそうなもんだが・・・・・・」
『でもビビらないの!私も、あんな強い心を持てるように頑張りたい』
「トゥルーデも強い方だと思うがな。こんな最低なゴミ捨て場に来る位だし」
『リリディア・・・・・・?また汚い言葉。うちだと、そういうのは許されないよ?トゥルーデにもう少し配慮して!』
「ヨハンナ、お前マジで変わったな」
話は盛り上がり、短い時間でリリディアとトゥルーデは仲良くなっていた。
しかし、楽しい時間はあっという間である。
ネルソンから、「あと5分で面会時間終了です」と言われた。
「もう終わりか。寂しいな」
『また会いに行くから、心配しないで!ね、ヨハンナねえさん?』
『それは、その・・・・・・』
「いや、もう面会には来ない方が良い」
『え、何で!?』
「あの女――ルシファーの手下がここにも来ているからな。危険すぎる。ヨハンナにも強制送還直後にその話をしたんだが、どうしてもと言われてな。色々と根回ししてこの日を迎えたんだ。だが、やっぱり奴はゴキブリのように入り込んできやがった。さすがにこれ以上は無理だ」
『そんな・・・・・・、そんなの嫌だよ』
トゥルーデは震えた声でつぶやく。
リリディアはそれを聞いて首を振った。
「永遠に会えなくなる訳じゃない。今度会う時は刑務所の外だ」
『ほ、本当?』
「ああ。3人で約束しよう。今度会う時は3人とも自由の身であることを」
リリディアはそう言うと、拳を突き出した。
「ヨハンナ、俺が出るまでの間、あのクズ女とバカ男からトゥルーデを守ってやれよ?」
『任せてよ!!あんな奴らになんか負けないから』
「トゥルーデ、また会う日まで気をしっかり持って生きていくんだぞ?」
『・・・・・・うん!!』
ヨハンナとトゥルーデは、ガラス越しにリリディアとグータッチした。
「俺も頑張る。お前達を守って、一緒に自由になるために」
リリディアがそう言った直後、ストップウォッチがピピピッと鳴った。
悲しいが、もう時間だ。
3人は受話器を戻した。
そしてリリディアは差し入れされたぬいぐるみを持ってヨハンナとトゥルーデに手を振ると、ネルソンと一緒に背を向けて面会室を出た。
面会室を出ると、ネルソンは悲鳴を上げた。
「あああああぁあぁぁあぁ!!?」
無理もない。
看守トリオの内2人が血まみれになってその場に倒れ、そのそばに返り血で真っ赤になった看守が立って震えているのだから。
まるでホラー映画のワンシーンである。
「た、大変です。ネルソンさん!2人が、2人が麻薬を取り合って血まみれに・・・・・・!」
「何ぃ!?また囚人から買ったのか!?全く・・・・・・!おい、しっかりしろ!」
ネルソンは真っ赤な看守の言葉を鵜吞みにして、倒れている2人の間に座り、止血をしようと上着を脱いだ。
その真っ赤な看守のポケットに、小さな膨らみがあることにも気づかずに。
真っ赤な看守はネルソンが背を向けた隙にナイフを取り出した。
彼の動きは機械のようにためらいがない。
(マジでバカな奴。そんなんだから、背後から殺されそうになるんだよ)
リリディアは冷めた目でその光景をしばらく眺めていた。
しかし、
「絶対に死ぬんじゃないぞ!一緒に底辺から脱出するんだからな!」
熱い言葉で仲間を元気づけようとしながら手当てを始めるネルソンの姿を見ると、黙っていられなくなった。
真っ赤な看守がナイフを振り上げたその時、リリディアは動いた。
「な、何だ!?」
ネルソンが情けない声を上げる。
リリディアはその間にぬいぐるみを床に置くと、一瞬で真っ赤な看守との間合いを詰め、手錠で後ろから首を絞めた。
そしてなおもネルソンやリリディアへナイフを向けようとする真っ赤な看守に、リリディアは頭突きを食らわせて気絶させた。
顔を確認すると、やはり看守トリオの真ん中にいた人物だった。
リリディアはため息をついた。
ネルソンは震えた声できいた。
「た、助けてくれたのか?何故?」
ネルソンにはリリディアに助けられるようなことをした覚えはない。
理由がわからない。
だが、それはリリディアも同じようだった。
「さあな。・・・・・・多分俺がキルス家の男だからじゃないか?」
とりあえずそう言っておくしかない。
それよりも、今は急いで準備を進めなければならない。
自分の命を守るため、そしてルシファーを撹乱するために、早く脱獄しなければ。
少し解説させていただきます。
リリディアは刑務所に収監されていますが、仮に外へ出られたとしてもルシファーのターゲットであることには変わりがありません。
もちろん、トゥルーデもターゲットの1人です。ヨハンナも、トゥルーデの保護者である以上ルシファーに危害を加えられる可能性が高く、また、暴力的で愚かな実の兄にも狙われています。
つまり、「3人で自由になってまた会う」というこの約束は、ただリリディアを刑務所から出せば果たされるというものではないのです。
3人が自分達を苦しめ、追い詰める存在から自由になった時、約束が果たされるでしょう。