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デスタウン  作者: 天園風太郎
第1章 自由の夜明け
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第11話 可愛い狼さん

あの事件から約2年後、トゥルーデの運命は再び大きく動き出します。

さあ、目撃していきましょう。

 あの事件から、約2年経った。

 トゥルーデはヨハンナに引き取られ、彼女の屋敷で過ごす内に少しずつ自然な笑顔を取り戻していった。

 また、ダニエルズ父娘とも変わらず仲良く交流していたため、昼間は少しも寂しさを感じなかった。

 しかし、夜になり、ベッドに潜る時間になると、ふとあの光景を思い出してしまう。

 両親が撃たれ、泣き叫ぶトゥルーデの耳元で悪魔が囁くあの光景を。


 ―― また来るわね♡


 まだ忘れられない。

 いや、忘れられる訳がない。

 あの夜、愛する両親の命を突然奪われたのだ。

 大好きな父と母がもういない事実を思い出す度に胸が苦しくなる。

 親に甘えたい年頃のトゥルーデには、余計に辛い。

 今はヨハンナ達がいる。

 だから、昼間はこの気持ちを奥にしまっていられる。

 だが、ルシファーはトゥルーデを狙って「また来る」と言っている。

 ルシファーがまた襲撃してくれば、トゥルーデはもちろん、トゥルーデを庇おうとする人々まで一緒に殺害される可能性がある。

 何せ、相手は「逆恨み」で襲ってくる悪魔なのだ。

 つまり、いつかまた同じことが繰り返されるということ。

 そんなの、絶対嫌だ。

 ヨハンナ達は味方になると言ってくれたが、いつまでも守られてばかりではいられない。

 トゥルーデは両親を見送った後、ある決意を固めていた。

 「自分も、皆を守れる位強くなる」と。

 やっと皆のおかげで元気になってきた今、その決意は一層固くなった。

 そして、トゥルーデはヨハンナにあることをお願いすることにした。



 「ヨハンナねえさん、今度空手を教えて!」


 向日葵をまだ楽しめる9月の朝、朝食を食べ終わったトゥルーデが突然手を合わせて言った。

 ヨハンナはそれを聞いて、苦笑いした。


 「えーっと、トゥルーデ?私、市役所の職員さんで、空手の先生じゃないんだけど?」

 「知ってるよ。でも、私見たもん。ヨハンナねえさんがこの前、庭で空手の練習してるところ!」

 「なっ!?恥ずかしいよぉ・・・・・・!」


 トゥルーデの言葉に、ヨハンナの顔は赤くなった。


 「確かに空手は昔習ってたし、今も自信はあるけど、それはそれとして、構えとかめちゃくちゃだと思う。細かいところは雑なんだ。いざという時以外はトゥルーデには見せられないかな」

 「え!?じゃあ、空手は?」

 「ごめんね。私じゃ、教えられないな。でも、良い先生を知ってるから、その人に頼もうか」

 「良い先生?」

 「うん。レプタイルズ川沿いにある道場で、空手を教えてる人。超強くて、ゾンビもワンパンで倒せるの。構えも超綺麗。それに、厳しいけど、教えるの上手いし。あの人なら、先生として良いんじゃない?」


 ヨハンナの提案に、トゥルーデは複雑な表情を浮かべた。


 「ヨハンナねえさんから習いたかったな」

 「アハハ・・・・・・。ごめんって」


 ヨハンナは申し訳なさそうに言った。

 しかし、トゥルーデは断るつもりはない。ヨハンナがトゥルーデのためにお勧めしてくれたのだから。


 「でも、その人の所に習いに行くのも良いかもね。ヨハンナねえさんのおすすめだもん」

 「トゥルーデ・・・・・・!」


 ヨハンナはトゥルーデの答えを聞いて、微笑んだ。

 この子は父親に似て、突然良いことを言う。

 ヨハンナはふと黒い腕時計を見た。

 その直後、顔色が変わる。


 「あ、やばい。もうすぐ幼稚園の時間じゃない!急ごう」

 「りょーかい!」


 トゥルーデは明るく笑って敬礼した。

 2人の朝は、いつもにぎやかだ。



 朝の支度を済ませて外に出ると、大柄な男性が車の前で2人を待っていた。

 顔は傷痕だらけだが、渋い雰囲気だ。


 「よう、2人とも」


 男性が挨拶すると、トゥルーデとヨハンナも彼に挨拶を返した。


 「おはよう、ボブさん!」

 「おはよう、ボブ」


 とても親しげだ。

 この男性の名は、ボブ・クローバー。ヨハンナの幼なじみの傭兵で、約2年前から彼女に雇われている。

 

 「今日もよろしくね」

 「任せろ」


 ヨハンナとボブはグータッチした。

 ヨハンナが車の鍵を開けて運転席に座ると、ボブもトゥルーデを抱き抱えて入り、後部座席に座った。

 そして隣の座席にトゥルーデが座るチャイルドシートを用意し、彼女も座らせた。


 「トゥルーデ、準備はできたか?」

 「できたっ!!」


 トゥルーデはボブの問いかけに元気に答えた。

 ボブはそれを聞くと、フッと笑い、トゥルーデのシートベルトを締めた。


 「良し。それじゃあ、今日も頑張ろう」


 続いてヨハンナとボブもシートベルトを締め、3人が乗る車は屋敷の駐車場を出発した。



 車は街の南西部へ向かっている。

 南西部のダミー区には小学校、中学校、高校、大学、そしてトゥルーデが通う幼稚園もある。

 他の地区にも学校や幼稚園などの教育機関はあるが、その地区にだけ幼稚園をはじめ、小中高大が集中している。

 外の世界との境界線に接している川沿いの地区であるため、ただの乱暴な街ではない、教育に力を入れている街だとアピールする上でここに集中させた方が都合が良いのかもしれない。

 ただし、同じ川沿いの地区であるはずのソドム区を収容所のように壁で囲んでいる時点で、あまり意味はないが。

 幸いなことに、地区の名前に反して、それらの教育機関の質は()()()()高いため、ヨハンナはそこの幼稚園に通わせているのである。

 幼稚園に向かっている間、トゥルーデは朝食後のことをボブに話していた。


 「へ~!空手を習うのか。良いな」

 「私、頑張る!」

 「あまり無茶するなよ?」


 ヨハンナは運転しながらトゥルーデにきいた。


 「ところで、何で空手を習いたいって思ったの?」

 「それはね、私も皆を守れる位強くなりたいって思ったからだよ」


 トゥルーデは微笑みながら言った。

 トゥルーデの答えにヨハンナは驚いた。


 「え?強く・・・・・・?トゥルーデ、あなたもその歳では結構強い方だと思うよ?色々な意味で。それに、自分から勧めておいて何だけど、強くなりたいなら、空手以外にも、中国拳法とか、テコンドーとか、ボクシングとか、たくさんあるし」

 「でも、ヨハンナねえさんは空手が得意でしょ?私、ヨハンナねえさんが得意なものを習って強くなりたかったの」

 「・・・・・・!」


 トゥルーデが答えた途端、車に急ブレーキがかかった。

 ボブは、トゥルーデが落ちないように守りながら叫ぶ。


 「うわっ!?何をする、ヨハンナ!??」

 「ごめん。つい」


 ヨハンナは赤くなった頬を見せずに謝ると、またゆっくりとアクセルを踏んだ。


 「フゥ・・・・・・。まあ、それなら全力でやりなさい。この道は険しいんだから」

 「うん!」


 トゥルーデは大きくうなずいた。



 幼稚園の駐車場に到着すると、ヨハンナは車を停めた。

 そして、いつもの確認を始める。


 「ボブ」

 「わかってる。怪しい奴が来ないよう、遠くから見守る」

 「トゥルーデ」

 「今日も元気に頑張る!」

 「良し。それじゃあ、行こうか」


 確認が終わった後、3人は車を降りた。

 降りた途端、トゥルーデに痛い視線が集中した。

 いつまで経っても慣れない。

 味方以外からの敵意と悪意にさらされて育ち、視線に敏感になっていたことがこの苦しみをより酷いものにする。

 しかし、この視線に負けていては、ルシファーを相手にするなんてことができる訳がない。

 トゥルーデは微笑んでみせると、ヨハンナと手をつないで歩き出した。

 ボブはいつの間にか姿を消したが、いつものことなのであまり気にしない。

 園庭に入ると、幼稚園教諭数名が気づき、駆け寄ってくる。

 ヨハンナは彼らに挨拶すると、トゥルーデの方を向いて頭をなでた。


 「それじゃあ、私も行ってくるね」

 「お仕事頑張ってね!」


 トゥルーデは心からの笑顔でそう言った。

 その時、後ろから親友、否、大親友のシャーロットの声が聞こえた。


 「あ、トゥルーデ!ヨハンナさん!おはよう!」


 振り向くと、シャーロットがふんわりとした赤髪をなびかせながら手を振って駆け寄ってきていた。

 トゥルーデはシャーロットと挨拶のハグをした。


 「おはよう!」

 「ふわっ!?もう、トゥルーデは相変わらず甘えん坊!」


 そう言うシャーロットだったが、少し嬉しそうである。


 「おはよう、シャーロット。今日も、トゥルーデと仲良くしてくれる?」

 「任せて!」


 シャーロットは親指を立てた。

 ヨハンナはうなずくと、2人に手を振って園庭の外に出た。





 それから数時間後の夕方。

 ヨハンナは仕事を終えてトゥルーデを迎えに行った。

 幼稚園の駐車場に着くと、ボブが腕組みをして待っていた。


 「あ、ボブ」


 ヨハンナは車を停めた。

 ボブはヨハンナの方を見ると、手招きしてきた。

 ヨハンナは息を飲み、車を降りると、ボブのもとへ駆け寄った。


 「トゥルーデに何かあった!?」

 「ある意味ではな。実は・・・・・・」


 ボブは幼稚園であったことを話し始めた。

 11月のお遊戯会で『赤ずきん』の劇をすることが決まったこと、そして、トゥルーデが狼役に選ばれたことを。


 「・・・・・・?良いことじゃない。確かに悪役だけど、狼役は重要。いないと話が盛り上がらない。そんな役を任されるなんて、さすがあの子の娘だよ」

 「そんな簡単に喜べることじゃない。問題なのは、選ばれた理由だ。奴ら、トゥルーデが『嘘つき』だから、狼役にふさわしいとか言いやがったんだよ」

 「は?はあぁぁ!??」


 ヨハンナは思わず叫んでしまった。

 約2年前、あの事件――現在は「キルス夫妻殺害事件」と呼ばれる事件でトゥルーデは両親を目の前で殺害され、警察に「保護」された後、犯人について正直に証言した。

 だが、警察はトゥルーデの証言を信じず、それどころか「嘘」だと決めつけ、事件から数か月後には「工場の権利を狙った強盗による犯行」だと発表した。

 そしてこの件がきっかけで、トゥルーデが「嘘つき」だという噂が一部で広がり始めた。

 しかし、それ自体が根拠のない噂――「嘘」でしかない。

 それにも関わらず、幼稚園でも、その噂を真に受ける人間がいるなんて!


 「あいつら何してるんだ!?」


 ボブからの報告が終わると、ヨハンナはお遊戯会の劇の役を決めた大人達に憤った。


 「・・・・・・後で文句を言ってやる。トゥルーデのケアもしないと」

 「そうだな。忙しくなる」


 ボブは大きくうなずいた。



 ヨハンナは園舎に入り、トゥルーデを迎えた後、幼稚園教諭にお遊戯会の話を聞いた上で配役について厳しい意見を言った。

 幼稚園教諭達は慌てていたが、謝る意思はなかった。

 ヨハンナは怒り、更に強い言葉を使おうとした。

 しかし、その時トゥルーデに止められてしまい、一旦はこの辺で屋敷に帰ることになった。


 「トゥルーデ、また明日!」

 「うん!積み木の事務所、完成させよう!」


 トゥルーデはシャーロットに手を振ってお別れした。

 そしてヨハンナやボブと一緒に駐車場へ向かう。


 「トゥルーデは、本当に狼役で良かったの?」


 ヨハンナがきくと、トゥルーデはうなずいた。


 「うん!選ばれた理由はちょっとアレだけど、私は受け入れたよ。だって、狼って、家族や仲間を大切にする、強い生き物なんでしょ?」

 「よ、よく知ってるね?」

 「図鑑で見たから!だから、狼役になって、ちょっとでも狼に近づいてみたいなって思ったの!」

 「そ、そうなんだ」


 トゥルーデが強さを求めるあまり、狼役を受け入れてしまったことに、ヨハンナは驚いていた。

 しかし、ボブは笑った。


 「ハハハハ!良いじゃないか。その意気で連中を見返してやれ」

 「わかった!」

 「ちょっと、ボブ!?」

 「やるって決めたのは、トゥルーデだろ?連中のことは許せんが、トゥルーデのやりたいことを止める訳にもいかない。一緒に見守ろうじゃないか」

 「もう・・・・・・!わかったよ」


 ヨハンナはボブに呆れながら、トゥルーデに手を差し出した。


 「ほら、手をつながないと危ないよ?可愛い狼さん」

 「はい!」


 トゥルーデはヨハンナの手を握った。

 寂しそうにしていたので、ボブの手も握り、トゥルーデは2人と手をつなぎながら駐車場に入った。

色々な意味でトゥルーデが心配になってきますね。

さて、次回はお待ちかねのあの人物が登場します!トゥルーデとどう関わってくるのか、お楽しみに!

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