第1話 出会い
皆様、お待たせ致しました!
『黎明の魔王』のその後を描いた物語が、ついにスタートします。
運命に抗い続けたトゥルーデ達の伝説を、ぜひ最後まで目撃して下さい。
デスタウン。何て不吉な名前の街だろう。
アメリカのニューヨーク郊外にあるこの物流都市は、ニューヨーク周辺地域を支えている重要な拠点だ。
しかし、周囲の街からはよく思われておらず、物流関係の仕事以外で訪れる者はほとんどいない。
何故か?理由は3つある。
①「デスタウン」という名前が縁起が悪すぎること。
②経済が発展している一方で犯罪発生率が高いこと。
③1958年に街の南東部のソドム区で人肉を食らう存在『ゾンビ』が目撃されて以来、各地区で度々ゾンビが現れるようになったこと。
以上の3つの理由から、この街に来る者はほとんどいないのである。
重要な拠点だから完全に孤立することはないが、何か起きれば真っ先に見捨てられるのではないかと噂されるほど嫌われている。
運が悪いことに、そんな街に引っ越してきた父娘がいた。
彼らは、この街でどう生きていくつもりだろう?
「わあ・・・・・・!おっきい!」
ふんわりした赤髪の幼子が嬉しそうに声を上げた。
ここは、デスタウン北西部のライト区最大の公園・アイビー公園。
遊具は古いが、自然豊かな場所で、中央には高さが30m以上はある大木がそびえている。
冒険に憧れる年頃の子供にとっては夢のような楽園である。
「喜んでくれて良かったよ。シャーロットは自然が大好きだもんな」
幼子の父は微笑みながら言った。
彼ら父娘は、1か月前まではニューヨークに住んでいた。
デスタウンに負けない位の治安だが、世界に誇る大都会であり、不便な点などほとんどない。
しかし、探偵をしている父親のブライアン・ダニエルズが仕事でマフィアに逆恨みされて命を狙われたことでニューヨークに居場所がなくなってしまったのだ。
このままでは自分はもちろん、まだ3歳の娘シャーロットも危なかった。
幸い、知人の空手家が自分の地元に逃げ込むことを条件に2人を守ることを提案してくれたので、ブライアンは光にすがろうとそれに乗った。
まさかその地元が、あのデスタウン市だとは夢にも思わなかったが。
(あの時は迷っている暇はなかったな。マフィアに襲われて死ぬ位なら、わずかな希望にすがった方がマシだった。だが、来てみれば意外と良い場所じゃないか)
ブライアンはこれまでの1か月を振り返った。
デスタウンに事務所を移し、引っ越してきたあの頃。
不安でいっぱいなブライアンを知人の空手家は励まし、相談に乗ってくれた。
新しい事務所の場所を知ったマフィアの連中が突入してきた時も、その圧倒的な力で約束通り守ってくれた。
親切なのはその知人だけではなかった。
お隣の一家も何か困ったことがないか聞いてくれるし、街の依頼人達も、幼い娘を持つブライアンを気遣ってくれる。
おかげで、やっと最近生活に余裕ができてきた。
確かに治安は悪いし、たまにゾンビを見かけるが、名前ほど最悪な街だとは思えなかった。
そして、現在。ブライアンは今まで引っ越しや仕事であまりシャーロットを構えなかったため、1日だけ休みにして、どこに遊びに行きたいかきいたところ、彼女が家の窓から見えるアイビー公園の大木を指差したので、ここに連れて来たという訳だ。
「あ!みてみて!パパ!」
シャーロットが服の裾を引っ張ってきた。
「どうしたんだい?」
「あそこでピエロさんがふうせんうってる!アタシもほしい!」
シャーロットの視線の先を見ると、探検隊の服を着たピエロのお面の男性が風船を持って立っていた。
普通なら怪しいが、ハロウィンが近かったため、あまり違和感はなかった。
「わかった。買ってあげよう」
「やったー!パパ、ありがとう!」
娘の笑顔のためなら、何でもしたい。
ブライアンはピエロが持っている風船の中からシャーロットが好きな兎がデザインされたものを買ってあげた。
2人はその後、鳩に餌をあげたり、花畑で写真を撮ったり、かくれんぼをしたりしてゆっくり楽しい時間を過ごした。
その間も、シャーロットは風船をずっと離さなかった。
気づくと、あっという間に時間が過ぎ、日が沈みかけていた。
「プリンセス、もうお時間ですよ?」
「あーあ・・・・・・。でも、たのしかった!またこようね!」
「もちろん」
ブライアンはうなずいた。
時間を作れれば、いつでもシャーロットと過ごすつもりだ。
その時、突然強風が吹いた。
「キャッ!」
シャーロットは思わず目をつぶってしまった。
すると、その一瞬の間に、風で手から風船が離れた。
「シャーロット、大丈夫か!?・・・・・・あ、風船が!?」
「え!?」
シャーロットはブライアンに教えてもらって、風船が飛ばされたことに気づいたが、その時には既に高い木の枝に引っかかってしまっていた。
空に飛んでいかなかったのは奇跡だが、あんな場所に引っかかってしまっては取りに行くのは危険すぎる。
「う、うぅ・・・・・・!ウアーン!!」
シャーロットは泣き出してしまった。
「シャ、シャーロット、泣かないでくれ。代わりに別のを買ってあげるから」
「いやあぁ!あれがいいのぉ!」
「そ、そんなぁ」
ブライアンは愛娘が泣き出しておろおろとするばかりだった。
一体、どうすれば良いのだろう?
すると、そこへシャーロットの泣き声を聞いてお隣の一家がやって来た。
「どうしたんだ。何かあったのか?」
「サイラス、木の上を見て。ほら、風船。きっとあれが理由じゃないかな?」
「うさぎさんだぁ・・・・・・!」
彼らも、たまたま公園に遊びに来ていたようだ。
夫のサイラス・キルスと妻のセシリアは、共にライト区のとある工場を経営している。
そして、2人の間にはシャーロットと同い年の女の子トゥルーデがいる。
箱入り娘で、ブライアンも滅多に会わないが、実際に会うとその可愛らしさから、彼女が溺愛されていることに納得してしまう。
この3人はいつも明るく、仲が良い。まさに理想の家庭そのものだ。
突然引っ越してきた父娘に優しくしてくれるなど、親切な人達でもある。
そんな彼らをたまに睨みつけたり、陰口を言ったりする輩がいることにブライアンは気づき始めたが、正直嫌う理由がさっぱりわからなかった。
「そうか。風船が取れないのか。待っていなさい。すぐ梯子を持ってくる」
「え!?待って下さい!これ以上迷惑をかける訳には・・・・・・!」
「良いから良いから!任せなさい!」
サイラスは微笑みながらそう言うと、シャーロットの前で膝をついた。
「シャーロット。サイラスおじさんが風船を取ってくるから、パパと待っててな!」
「う、うん」
シャーロットは泣きながらも、こくりとうなずいた。
ブライアンは勝手に話が進んでいることに困惑したが、同時に感謝もしていた。
シャーロットが悲しまずに済むかもしれないのだ。
(また助けられることになってしまった。いつかお返ししなくてはな)
そう思った直後、突然セシリアの悲鳴が聞こえた。
「キャーッ!!トゥルーデ、何してるの!?」
セシリアの視線の先には、何と木をゆっくりと登るトゥルーデが!
いつも微笑みを絶やさないサイラスも、この光景にはさすがに焦った。
「は・・・・・・??はあぁあーっ!?何であんな所に!?いつの間に!?」
「ちょっと目を離したら、あそこまで登ってたのよ!!」
「コミックか!?」
サイラスとセシリアは慌てて止めようとしたが、トゥルーデはそのまま上まで登っていき、風船を取った。
「うさぎさん、つかまえた!」
「え・・・・・・?」
シャーロットは目を丸くして、上を見ていた。
既に涙は止まっている。
トゥルーデは木から降りると、風船をシャーロットに手渡した。
「はい、どうぞ!」
「ありがとう」
シャーロットは風船を持つと、彼女にお礼を言った。
そして、続けて名前をきいた。
「ところで、あなたなんてなまえなの?」
ブライアンは何故今更きくのかと思ったが、その後すぐにトゥルーデは箱入り娘のため、シャーロットと会ったことがないことに気づいた。
つまり、今、シャーロットとトゥルーデは初めて出会ったことになる。
「わたし、トゥルーデ!トゥルーデ・キルス!」
「すてきななまえ・・・・・・!アタシはシャーロット・ダニエルズ!」
「すてきかぁ・・・・・・!エヘヘ」
2人は初対面だったが、あっという間に仲良くなった。
サイラスとセシリアは何か言いたそうだが、娘が「初めての友達」と話し終えるまで待っている。
「ねえ、トゥルーデはハロウィンだれといく?」
「わたしは、とうさんとかあさんといっしょにうちにいる」
「なんで?せっかくのハロウィンだよ?なら、アタシたちといっしょにおかしもらいにいこうよ。ねえ、パパ?」
「え?」
急にきかれ、ブライアンは驚いてしまった。
この年頃の子供は、いつも突然だ。
「ああ、うちは問題ないが・・・・・・」
キルス夫妻の都合を気にして彼らの方を目で見ると、2人は最初首を振った。
しかし、トゥルーデとシャーロットを見てしばらく考え込んだ後、ゆっくりと親指を立てた。
「じゃあ、きまり!やくそくね!」
「・・・・・・うん!」
トゥルーデは一瞬暗い表情を見せたが、すぐに笑顔を浮かべ、うなずいた。
ダニエルズ家はまだ知らないのだ。
キルス家は、デスタウンで最も差別される一族であることを。
この街には、外から見るだけでは覗けない、更に深い「闇」がある。
◆
キルス一家とダニエルズ父娘は、一緒に帰路についた。
トゥルーデは心配そうにシャーロットを見つめるが、シャーロットは平気な顔をして鼻歌を歌っている。
サイラスはそれを見てため息をつく。
「トゥルーデ、人のことは心配できるのに、何で自分への心配には鈍感なんだ?」
「あなたに似たのよ」
「え??」
「あなた、いつも誰かを助けてるじゃない。時にはとんでもない無茶をしてね」
「ま、まさか。さすがにそこまでではないよ」
「嘘だぁ。リリディアさんが昔教えてくれたよ?テロリストに人質にとられた時、皆が対策を立てるための時間を稼ごうとして全力で抵抗してたって」
「リリディアァ・・・・・・。たまに変なことを教えてくるよな」
リリディアは、サイラスのいとこだ。
ゾンビを操ることができる特殊能力『ゾンビキング』の能力者であり、街の少数派・キルス教のトップの息子でもある。
昔から暴れ回ったり、悪ぶったりしているが、サイラスは彼が救いようのない悪人ではないと知っている。
リリディアは家族や仲間を大切にできる人間だ。
現在はデスタウン北部のとある刑務所に入れられているが、それだって本当は皆の命を守るための正当防衛を行ったら、強引に有罪にされてしまったからだ。
サイラスは今でも、リリディアのことを信じている。
・・・・・・しかし、それはそれとして、自分に関する思い出話をペラペラ話すのはやめてほしいと思っている。
「でも、サイラスらしいよ。私も聞いててすごく心配になったけど、納得できた」
「う・・・・・・。ごめん」
「謝ってほしい訳じゃないよ。ただトゥルーデと向き合う時は自分の経験も思い出して話してねって言いたいの。あの子、性格はサイラス似だから」
「セシリア・・・・・・」
サイラスはセシリアの言葉に微笑んだ。
「いや、セシリア似では?優しいし。それに、あのくりっとした目。どう見ても君の可愛いさを受け継いでいる証だ。性格も見た目も、君に似てるだろ?」
「もおー!それは関係ないでしょ?それに、見た目で言ったら、あなたの素敵な黒髪と青い瞳を受け継いでるし。将来はもっと美人になるわ」
「お2人とも、仲良しですねぇ・・・・・・」
歩道で堂々といちゃつくサイラスとセシリアを見て、ブライアンは複雑な気持ちで笑った。
その直後、彼らは突然「おい!」と乱暴に声をかけられた。
その声がした方を向くと、缶ジュースを飲む柄の悪い小学生達数人が立っていた。
「何で新入りがキルス家なんかと一緒にいるんだ!?」
「そいつらは、街を裏切った男の子孫なんだぞ!?どうしようもないクズの血だ!一緒にいちゃダメだ!」
「そうだよー。穢れちゃう」
悪ガ・・・・・・、否、小学生達はキルス一家を口々に罵った。
ブライアンは苛立ったが、一度深呼吸して冷静に整理してみた。
一見キルス一家をターゲットにしているようだが、彼らの話をまとめると、「キルス家と関わらない方が良い」というダニエルズ家への「善意」のアドバイスをしていることがわかる。
ブライアンはそれに気づくと、気持ち悪くなった。
(善意で誰かをいじめるだと?子供にそんなことを許すなんて、この子達の親は何を考えている??)
小学生達の背後にはニヤニヤ笑う男達が立っているが、彼らの罵倒を止めようとしていない。
それどころか、「良いぞ!」と応援する者までいる。
まるで、我が子の発表会を見守るまともな親のように、当たり前のことのように、子供達がキルス家を差別するのを見守っている。
ブライアンはこの異常な光景を見て、先程トゥルーデが一瞬見せた暗い表情の意味を理解した。
ここでは、キルス家が「悪者」であり、「差別されて当然」の存在として扱われている。
そんな扱いを受けている自分達が、本当にダニエルズ父娘と仲良くハロウィンを楽しんでも良いのかという迷いがあったのだ。
だが、ブライアンはそんなこと、気にしない。彼が見たのは、心優しい親子だ。決して連中が言うような「悪者」なんかではない。
「お前達、いい加減にしないと・・・・・・!」
サイラスが激怒しそうになっているところを、ブライアンは肩に手を置いて止めた。
「行きましょう。帰って、夕飯の支度をしないと。可哀想ですが、この子達に構っている暇はありません」
「あ、ああ。そうだな」
「・・・・・・ブライアン。可哀想なのは、本当にあの子達?」
セシリアは無表情でブライアンにきいた。トゥルーデの前だから表に出さないが、内心怒りで爆発寸前なのだろう。
「ええ」
ブライアンは爽やかな笑顔で答えた。
「ダメな親のせいでああなったのですから、彼らは可哀想な子供ですよ」
「「「な!?」」」
小学生達や背後にいる男達は驚き、同時に怒りをあらわにしたが、セシリアは気にせず、納得した様子だった。
「そっか。ならそうかもね」
「ブライアンが言うなら、そうだろうな」
サイラスも、腕組みをしてうなずいた。
しかし、絡んできた者達はキルス一家とダニエルズ父娘のこの態度が気に食わず、取り繕うことすらやめた。
「ふざけんな!新入りぃ!!せっかく忠告してやったのに!!それと、害虫共!!何笑ってる!?調子に乗ってるんじゃねえぞ!!?」
小学生の1人がわめき散らし、トゥルーデは震えてしまった。
しかし、シャーロットがトゥルーデを背に庇い、前に出た。
「そっちこそ、ふざけないで!」
「シャーロット?」
トゥルーデは目を丸くした。
「アタシのともだちをわるくいわないで!!おにいさんたちなんかだいきらい!!」
「ああ!????」
小学生達はシャーロットのストレートな言葉に大きなショックを受けてしまった。
無理もない。「新入りの異教徒」とはいえ、シャーロットほどの愛らしい女の子からはっきりと拒絶されたのだから。
一方で、トゥルーデは彼女の行動に胸を打たれていた。
シャーロットは強大な存在からトゥルーデを庇ってくれたのだ。
キルス家はもちろん、キルス家の者が開いたキルス教を目の敵にしてキルス教徒も迫害する、街の多数派ドゥールー教の信者達に今まで彼女はいじめられてきた。
ドゥールー教徒による迫害は「当然の報い」として正当化され、キルス家やキルス教徒は自分達で自衛するしかなかった。
だが、シャーロットはキルス教徒ではないのにも関わらず、トゥルーデをドゥールー教徒から庇ったのである。
幼いトゥルーデにも、それがどれだけ勇気が必要なことかわかる。
だからなのか、涙が出て止まらなかった。
「パパのいうとおり、しらんぷりしてかえっちゃおう!」
「・・・・・・うん」
トゥルーデはシャーロットに手を差し出され、迷わずギュッと握った。
そして、キルス一家とダニエルズ父娘は、その後もわめき続ける小学生達と男達を無視し、再び歩き出した。
「クズ共がぁ・・・・・・!食らえ!」
小学生の1人が缶を握り潰し、彼らに向かって投げつけた。
しかし、既に彼らは遠くにおり、缶は虚しく地面に落ちて転がるだけだった。
迫害者達の攻撃は、結局彼らに届かなかった。
いかがだったでしょうか?
引き続き『デスタウン』の目撃者になっていただけると嬉しいです。
それでは、またお会いしましょう!