6)異世界転移でサラダが食いたい
------人物紹介--------------------------------------
〇俺:桐森 りょう
18歳/料理人見習い
割と考えなしに行動しがち。親父の怒声にはよく皮肉を言って対応している。
〔好きなもの〕母の手料理の煮物(味が良くしみ込んでいて鶏肉の甘みがたまらない)
◇ジュエリア国
・クオーツ村
木の実や果物を主食としており、商人が多く滞在する。
村人は茶色の髪を持っていることが多い。
〇ジャスパー
肌が白く鼻筋の高い顔立ち。茶色い短髪で俺より10㎝は身長が上だ。
親切で優しい男で、俺の料理にゾッコンだ。
門番の仕事を辞めてまで、俺の旅についてきてくれた。
・
・ガネット村
クオーツ村から100キロ程離れており、村人は赤色の髪を持つ事が多い。
〇アルマン(野菜農家の男性)
豪快で小さな事を気にしない性格。
鮮やかな明るい赤色の髪をしていて、農家とは思えない筋肉をお持ちだ。
昔は王宮の兵士だったそうだ。
〇バロバ(アルマンの妻)
笑い上戸で明るい性格。
アルマンと同じく、昔は王宮の兵士だったそう。
〇ティンガー(農家の息子)
無鉄砲でよく怪我をする。
自分は農家の息子ではなく、兵士の息子なのだというプライドを強く持っている。
〇シュラー(レタス農家の娘)
勝ち気で生意気な性格。オレンジ色の髪を二つに束ねているので、
ツインテールと呼んでいる。
〇アンドラ(キュウリ農家の息子)
内気で気弱な性格。ティンガーとシュラーとに振り回されてつつも、
二人と過ごす時間をなにより大切に思っている。
ーーーあらすじーーーーーーーーーー
ガネット村に辿りついた俺とジャスパー。
村の子供たちに連れられて森の秘密基地に招待された。
そこへ突然、巨大な赤い竜が現れ、俺は竜に食されるべく、
竜の巣に運ばれることとなった。
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バサッバサッ バサッバサッ
巨大な翼が空で大きく羽ばたいている。
地面がとても遠い。落ちたらひとたまりもないだろう。
竜は一人の人間を口にくわえ、空を飛んでいた。
無論、その人間は俺であるが。
(どうせ食べられるなら、痛い思いはしたくないな。それに美味しくちゃんと料理されたい。)
竜が料理などする訳がないが。
森のから抜け、崖がみえた。崖の上には大きな巣が見える。
小さな…とは言っても俺よりは大きい子供の竜が丸まっているようだ。
(あ……親子水入らずで俺をお召し上がりになるんですね。)
もう恐怖を通り越し、走馬灯が見えるようだ。
店で喧嘩をする俺と親父、母さんが煮物を持ってくる。
味が良くしみ込んで、俺の大好きな鶏肉も入っている。
(親父……。母さん。)
ゆっくりと竜が俺を巣に降ろす。
「ルビィ、飯をもってきたぞ。さあ、お食べ。」
優しい竜の言葉に子供の竜が顔を上げ、こちらを見つめる。
「キュイ…。」
弱弱しい鳴き声だ。かなり衰弱している。
「ルビィ、こいつは魔力を持っている。これを食べれば元気になるはずだ。」
竜が俺を子竜の方へグイグイ押して近づけるが、俺を食べようとしない。
どうしたんだろう…。
もしかすると風邪の時にお粥を食すように、今の状態で俺を召し上がる気力が
ないのかもしれない。
俺はそっとカバンに手を入れて食べ物を差し出した。そう、〈ゆで卵〉だ。
「あ…あのよかったらこちらを食べてみてください。柔らかいので食べやすいかもしれません。」
竜はゆで卵をみて驚いている。止める様子はない。
小竜は俺をじっと見つめると、長い舌でゆで卵を受け取った。
ゆっくりと咀嚼し、味わっているようだ。
「キュキュ!」
小竜が突然立ち上がった。まだカバンにゆで卵があると気づいているらしい。
「喜んでもらえたみたいだね。食べれるだけ食べていいよ。」
俺はゆで卵を全て差し出した。
小竜はまたゆで卵を舌で受け取ると一気に食べた。
「なあに、これ!とっても美味しいわ!」
美しい声色で言葉を発する。レデイのようだ。
小竜がゆで卵を美味しそうに食べている様子を見ながら、
俺も食べられるにあたって、服は脱いだ方がいいだろうかなどと考えていた。
巣の中で、小竜のルビィがすやすやと寝息をたてている。
だいぶ体力が回復したようだ。
ルビィを優しく撫でていると、こちらをずっと見つめていた竜が話しかけてきた。
「おぬし、料理ができるのか……。」鋭い眼光だ。
「ええ、まあ。一応料理人なので。」
竜は少し沈黙して、「そうか……。」と言ったきり巣を囲むようにして寝てしまった。
なんだろう…。今日はとりあえず食べられないようだ。
俺もなんだか疲れてしまったので、巣の中で寝てしまった。
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翌朝、太陽の光で目が覚めた。
ルビィはまだ寝ているようだ。
辺りを見回したが竜がいない……。と思っていると、
急な風圧と共に竜が舞い降りてきた。
赤い鱗が、太陽の光でさらに赤く見えるようだ。
「お、おはようございます。」
何も言わないのも変かと思い、挨拶をする。
すると竜は「グフォッ。」と微かに笑って言った。
「お主は本当に肝が据わっておるのだな。」
昨日まで恐ろしいと思っていた鋭い眼差しが、何故だか穏やかに感じる。
竜が話すと同時にボトリ…と何かが落ちた。
(……鹿…?)
かみ殺されたのだろう。鹿が血を流して横たわっている。
「それで何か作れ。」
先ほど穏やかに感じたのは幻だったのだ。
俺は自分が鹿のようになる未来を察し、怯えながら調理に取り掛かった。
俺は鹿の皮を剥いで、内臓を丁寧に取り出す。
ジビエ料理は作ったことがないが、料理本で読んだことがあった。
ロースやモモなど、部位ごとに切り分けていく。
かなり力のいる作業だ。
幸いカルさんにもらった調味料をカバンに入れておいたので、何品か作れそうだ。
ロースはシンプルに焼き上げ塩をまぶし、モモ肉は煮込みスープ料理を作った。
「キュ…?」
料理の匂いに気が付いた小竜のルビィが起きたようだ。
「貴方…昨日確か…。」
竜が小竜に声を掛ける。
「おはよう。ルビィ、我が愛娘よ。昨日お前に食べさせた食べ物より、もっと美味しいものを
作らせておるからまっておれ。」
「…もっと…オイシイモノ?」
何だか物凄くプレッシャーを感じる。
俺は料理を大きな葉や器に乗せ、竜達に差し出した。
すると、竜が即座に食らいつく。
それを見てゆっくりとルビィも食らいついた。
「グオオオオ!!これはなんと素晴らしい。赤みの風味を損なわず、なんと濃厚な旨味か!生で食べる時とは全く違ったこの肉汁がたまらん…。」
「…暖かくてとても美味しいわ。それになんだか力がみなぎってくる。」
よかったー!!料理が竜の口に合うか心配だったけど、喜んでもらえている…!!
本来、まずは先のことを心配するべきなのだが……。
「サラダとかもお出しできたらよかったのですが、
材料がなくてお肉だけになってしまってすみません。」
(とはいえ、竜は肉食なのだからサラダは食べないか……。)
などと考えていると、突然竜が
「サラダ…それはなんだ?」とご興味を示した。
「あ…すみません。お肉の料理ではなく野菜なんです。」
俺はサラダについて詳しく説明する。
「トマトやレタスなど、主に生で食べる野菜を一緒にに盛り付けたものでして……。
ただ、竜様方はお肉しか召し上がりませんよね?」
そう言うと竜が大きな雄たけびを上げた。
『グオオオオオオオオオオ!!!!』
俺は驚いてちじこまった。
(お……怒らせてしまったか?)
落ち着いた竜が言葉を発する。
「…ワシの好物はトマトなんじゃ。」
「…え?」
「サラダを食わせろ。」
俺はサラダを作るべく、また竜に咥えられてガネット村に戻ることとなった。
(どうしよう…。村の人になんと説明するか…。)
巨大な竜の体を見つめ、ため息をつく。
少し伸びた寿命に感謝しながらも、予期せぬ展開に不安を募らせるばかりであった…。