2)異世界転移で料理がしたい
------人物紹介--------------------------------------
〇俺:桐森 りょう
18歳/料理修行中の身
〔好きなもの〕母の手料理の煮物(味が良くしみ込んでいて鶏肉の甘みがたまらない)
〇親父:桐森 岩鉄
48歳/人気の定食屋の店長
〔好きなもの〕母の手料理味噌汁。じゃが芋とわかめのセットが好みらしい。
頑固でせっかちで口下手で分からずやである。
〇母:桐森 桃子
48歳/定食屋のホール・会計担当
〔好きなもの〕俺と親父(恥ずかしいからやめてほしい)
学生の時に親父に一目ぼれ(何故?)をして告白。親父と一緒に店を立ち上げる。
◇ジュエリア国
・クオーツ村
〇門番の男性:ジャスパー
肌が白く鼻筋の高い顔立ち。茶色い短髪で俺より10㎝は身長が上だ。
親切で優しい男だが、父と喧嘩し、飲食店の手伝いを辞め、門番をしているそう。
〇飲食店兼宿屋の男性(ジャスパー父):カル
親父(岩鉄)と同じで愛想がない。
焦げ茶色の髪でかなり筋肉がありそうだ。
昔親父から卵焼きを作ってもらったそうだ。
〇飲食店兼宿屋の女性(ジャスパー母):セドニー
ふくよかで愛想がよく、少し母に似ている。
どうやら彼女も一目惚れでカルと結婚
-----あらすじ-----------------------------------------------------------------
料理人の息子である俺〔桐森りょう〕は、今日も店の手伝いをしていた。
そんな時、突然異世界へ転生?!
しかもそこには〔料理〕が無いのだという。
クオーツ村の宿屋の主人は、親父にあったことがあるとのこと。
肉が食えないなんて、耐えられない!!
俺は家に帰る方法を探す事にした。
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早朝、日の光が差し込み俺は目が覚めた。
部屋にはベットが一つ、机が一つの小さな部屋だ。
(やっぱり、、夢じゃないんだよなあ、、。)
昨日、〈異世界転移〉により〈料理のない世界〉にやってきてしまったのは、
やはり現実だったようだ。
1階へ降りるとセドニーさんが、テーブルを拭いているところだった。
俺は宿賃の代わりに働く約束だったので、慌てて、
「セドニーさん、すみません。俺も何か手伝います。」と言ったのだが、
「あら、そんなに慌てなくっていいいのよ。まずは朝ごはんでしょ。」とセドニーさんが俺をカウンターに座らせる。
そしてすぐさま、カウンターの向こうからカルさんもやってきて、何も言葉を発せず俺の前にバナナを置いていった。
「ほら、食べて。食べて。話はそれからよ。」
俺はすぐにバナナを頬張り、セドニーさんと掃除をした。
しばらくするとお昼が近づいてきて、昼食を取りにお客さんが入ってきた。
しかし、やはり昼食はフルーツだった。
(フルーツばかりで飽きないのだろうか。)
中にはナッツや栗などの木の実を食べている人もいた。
また、トマトやきゅうりなどの野菜を食べている人もいたが、やはり素材のままの形でかじりついているようだ。
無論、素材本来の旨味を否定するつもりはないのだが、俺は思う。
(肉が食べたい、、、、!)
家に帰れるか分からない状況で、得意の料理もできず、肉も食えない状況にかなり参っていた。
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夕方になると一度お店を閉めて休憩を取る。
テーブルで三人座りながら、俺の今後について話し合うことになった。
「ねえ、リョウ君はお父さんから何も聞いてなかったの?同じ〈転移者〉だった訳だけど。」
「いえ、、父からは何も。」セドニーさんに尋ねられて戸惑う。
「ふむ。岩鉄と俺が出会ったのは30年前くらいか。岩鉄以来、転移者は一人もきておらん。他に帰る方法を見つけるのは難しいかもしれないな。」
カルさんにそう言われて、親父との会話を思い出す。
「確か、、この世界に来る前、年齢のことを気にしていたように思います。18歳になると言うと、母は『この子なら大丈夫』と気になるようなことも。」
俺の言葉にセドニーさんは
「ご両親ともリョウ君がここにくることは分かっていたのかもしれないわね。」と頷く。
親父は確か48歳だったから、30年前ということは今の俺と同じ年だったはず。
〈18歳〉という年齢でここにくると決まっていたのだろうか、、分からない。
「それにしても、王宮に岩鉄が連れて行かれた後、その世界に戻っているというなら、
王宮に手がかりがないこともないはずだ。ただ、そう易々と入れる場所ではないが、、、。」
「王宮ですか、、。」
この世界で〈料理を作る〉といのは身分の高い者しかできないそうで、料理人の数は極めて少ない。
料理を教えるものが市民にいない為、市民に料理人がいないそうだ。
だから、〈料理を作れる者〉と分かった場合、親父のように王宮に連れて行かれる可能性がある。
俺はもちろん家に帰りたい。
ただ、この世界の現状を変えたいと思っていた。
「俺は家に帰りたい。ですが、その前にジャスパーさんとカルさんに料理を伝えたいんです。もう少しここで働かせてもらえないでしょうか。」
王宮に行けば帰れるかもしれないという希望より、俺は料理を作りたくてたまらなかった。
何故だろう、実家でそんな事を思ったことはないのに。
ガタッ
突如、カルさんは椅子から立ち上がった。
「ほ、本当か!!!」
カルさんの厳めしい顔つきは、少年のような輝きを放っていた。
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「ちょっと厨房をお借りしますね。」
俺はカウンターの向こうの厨房を見渡して考える。
日常に〈料理〉がないこの世界では、普通の一般家庭には調理道具がない。
ただ、何故かコンロや包丁、フライパンなどの道具は一式そろっていた。
俺が厨房をジロジロと物色していると、カルさんが恥ずかしそうに話す。
「道具だけは揃えようと思ってな、、。岩鉄がつくった卵焼きを作ってみたくてさ。」
確かに置いてある道具はずいぶん前に買ったようだが、きちんと手入れされていたのだろう、
どれも綺麗な状態だった。
親父がよく「仕事道具を大事にできないやつが、旨い飯をつくれるものか。」と俺にガミガミ怒鳴っていたが、何十年と大切にされてきたであろう調理道具を見て、俺はとても感動した。
「道具がないものと思っていたのですが、これだけあれば十分です。なにか食品はありますか?」
「そうだな、家にあるものはフルーツや木の実、あとは卵があるぞ。」
「え、卵?」
聞くとカルさんは、親父に卵焼きをつくってもらってから卵が大好きになり、
料理には失敗したが、生のまま食べていたという。
あまりに好きで3羽ほど鶏を飼っているそうだ。
「本当に卵がお好きなんですね。でしたら卵料理をお伝えしましょう。」
俺は鍋を取り出し水を入れ、火にかける。
「んん?まずはお湯を作るのだな。」
カルさんは熱心にメモを取っている。ムキムキ強面マッチョが可愛く見えてきた。
お湯が沸騰してきたら俺は卵をそっと6つ入れた。
「このうち3つは6分ほど、残り3つは10分ほどで取りだします。」
「むむ?どうして分けるのだ?」
「あとで分かりますよ。」
6分後、10分後と卵を鍋から取り出し殻を取る。
それぞれ2つずつを3つの皿に乗せて塩をかけ提供した。
「さて、こちらはゆで卵という料理です。
右は半熟、左は固ゆでです。どうぞ食べてみてください。」
「ユデタマゴ?どんな料理なんだ……。」
「まあ、料理を食べることができるなんて…。」
セドニーさんとジャスパーさんは恐る恐るゆで卵を口に運ぶ。
まずは半熟から食べるようだ。
すると二人はふるふると震えだした。
「な、ななんて旨いんだ。生の時とはまた違った甘み、ゆっくりと舌から滑り落ちる感覚!!」
「このプルプルとした食感…。たまらないわ!」
よかった。だいぶ好評のようだ。
「お口にあったようで何よりです。では、固ゆでの方も召し上がってください。」
二人はさっきまでとは違い、ゆで卵にすぐさま飛びついた。
「なっ!!!先ほどとは違い、黄身が全く別物だ!なんて美味しいんだ……。お湯に入れておく時間の少しの違いでこんなにも違いがあるとは……。」
「ああ…。これ以上美味しいものを食べたことがないわ。」
かなり大げさの様に感じるが、無理もない。初めて食べるものなのだ。
俺も子供の頃、初めてゆで卵を食べたときは感動した。
「こちらでしたら簡単につくれますし、材料は卵一つです。まずは『ゆで卵』からつくっていきましょう。」
「し、師匠。是非、教えてくれ!!」
何故かこの日から、カルさんに師匠と呼ばれ始めたが、親睦の証として指摘しないことにしている。
この日は夜の居酒屋営業はせず、一晩中カルさんとゆで卵を作り続けた。
何故かカルさんが調理した『ゆで卵』はまったく何の味もしないのだ。
塩をかけているのに塩の味すらしない。
ずっと隣で見ていたので工程を間違えるはずもないのだが。
「やはりだめなのか……。卵焼きを作った時もそうだった。」
カルさんのムキムキの肩はがっくりと、うなだれている。
「やはり料理に魔力が必要なのに違いない。」
カルさんはかなりショックそうだ。
「魔力?そういえば転移の話の時も、魔法と仰ってましたが、この世界には魔法があるのですか?」
「うむ。あまり使えるものは少ないが、中には体から火を放ったり、空を飛べる者もいるらしい。」
「そうなんですね。俺の世界には魔法なんて力ありませんでした。」
「そうなのか…。もしかすると岩鉄も師匠も、無意識に魔法を使えるのかもしれないな。」
料理という魔法。魔力がなければ料理を作れないという事であれば、この世界に料理が流通していないのにも納得がいく。ただ、それではこんなに料理が好きな人が料理を作れないじゃないか。
俺はとても歯がゆい気持ちだった。
俺たち二人がテーブルで落ち込んでいると、店の扉が開いた。
「…うお?!誰だ!!って父さん?…とあれ、確か君は……。」
「あ、ジャスパーさん。俺はリョウです。先日ここへ案内して頂いた…。」
入ってきたのは、門番をしていたカルさんの息子、ジャスパーさんだった。
「ジャスパー…。」
カルさんは不機嫌そうな顔でジャスパーさんを見つめる。
そういえば喧嘩中って聞いたな。
俺はジャスパーさんに、宿賃がなく働かせてもらっていることや、料理をカルさんに教えようとしたが、うまくいかなかったことを説明した。
途中カルさんが、「師匠、先に休ませてもらう。」と言って寝室へ向かった。
ジャスパーさんは、『師匠』という言葉に一瞬驚いていたが、こちらに微笑み言った。
「父さんの相手をしてくれてありがとう。あの人が心を開いているなんて中々ないよ。」
「どうかな。俺の親父にそっくりだから、俺も親しみやすいのかもしれない。」
俺はジャスパーさんに家族の話をした。同じ境遇で共感しやすいからか、俺たちはだいぶ話込んだ。
ジャスパーもカルさんの話をする。
「俺はね、できない料理を頑張ることより、宿屋の仕事に専念してほしいんだ。いつまでも夢ばかり追いかけて、生活に苦しむよりね。」
「ねえ、ジャスパー。料理に魔力が必要だとして、どうにかならないのか。魔力って生まれつきなのか?訓練とかで手に入らないのか。」
ジャスパーは顔をしかめて考え込む。
「……。あまり言えないんだが、魔法に関することは王宮で管理されていて、そういった情報は全て独占されているんだ。君のお父さんが昔王宮に連れて行かれたようにね。」
親父が王宮に連れて行かれたのは、市民に料理の魔法を普及させない為だという可能性がある。
逆に魔力のことや、料理の作り方さえ知れば誰しも料理を作れるのではないか。
「リョウ。父さんの為に君が危ない目に合ってはいけないよ。帰る方法は、王宮以外にもきっとあるさ。俺も協力する。」
二人で夜中話し込んでいたら、そのままテーブルで寝ていたようだ。
俺とジャスパーはセドニーさんに「もう仕方ないねぇ」と起こされて寝室へ連れられた。