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闇森の獣は光に焦がれる~氷輪の姫と病める光明~  作者: トウリン
そして、今

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エピローグ

 ミアとリヒトは並んで高台に立ち、夜の都を見下ろした。


「リヒトは、あそこで生まれたのよね」

「そうだね」

 独りごとめいたミアの言葉に頷き、リヒトは真っ直ぐに伸ばした指で一点を示す。

「ほら、特に光が集まっている場所があるだろ? あの辺りが都の中心でね、僕の父と母、弟がそこにいる」

「ふぅん……寄らなくていいの?」

 訊ねたミアに、リヒトは目を丸くした。

「どうして?」

 そう返した彼は、そんな考えは頭の片隅にも存在していなかったと言わんばかりの顔をしている。以前に家族に対する情はないのだと言っていたけれど、それはミアに気遣ったとかいうものではなく、心底からの真実だったようだ。


「……リヒトがいいなら、いいよ」

 何となく胸の辺りが苦しいような感じになってうつむいたミアの頭に、そっとリヒトの手がのせられる。眼を上げて彼を見ると、優しい微笑みがそこにあった。


 ミアは再び街を見下ろす。

 ここに来たいと言ったのは、ミアだ。リヒトが生まれた地を彼と一緒に見たいと思ったから。


(でも、リヒトはあんまり来たくなかったのかな)


 眼下に広がる光の一つ一つに人々の生活がある筈だけれども、リヒトはその中の一つから弾かれてしまった人だ。

「天にも地にも星がちりばめられているみたい」

 ミアは呟き、リヒトの手を取る。

 無数の光が瞬くその様は、美しかった。

 リヒトには、冷たい場所だったのに。


 ふと、ミアの心が揺れる。

 ヒトのままでいれば、リヒトはあそこに戻ることができていたのかもしれない。


 無意識のうちに、彼の手を握る指に、力が籠もった。

 この手がここにあることを嬉しく思う気持ちの中に、一滴の濁りが落ちる。


「ミア?」

 どうしたの、と眼で問いかけてくるリヒトに小さくかぶりを振った。案じてくれているのは判るけれども、それには応えられない。


 ミアはリヒトから眼を逸らし、言う。

「そう言えば、こうやって夜に出歩くの、初めてかも」

「え?」

 ミアの台詞に、リヒトは意外そうに眉を上げた。

 ごまかすような形になってしまったことを何となく後ろめたく思いながら、彼女は言葉を足す。

「レオンといる時は、暗くなったらお留守番だったから」

 ミアはレオンハルトと共に色々な場所へ赴いたが、彼との旅は専ら昼の世界でのみ行われた。夜の街は子どもがうろつくものじゃないと言って、暗くなると彼女は『安全な場所』に置いていかれるのが常だった。もう子どもではないと言い張っても、彼は頑として受け入れてくれなったのを思い出す。


 レオンハルトとの思い出から引っ張り出そうとするかのように、リヒトがミアの頬に触れた。目を向けた彼女に、彼は軽く頭を傾ける。

「僕とでは、夜の世界だけになるね」

「……後悔、してる?」

 ためらいがちに訊ねると、リヒトは一瞬目を丸くし、そして笑った。真紅の瞳が星よりも明るく煌く。

「まさか。あなたがいれば、僕には昼も夜も関係ないよ」

 彼はミアの銀髪をひと房すくい上げ、恭しい所作で口づけた。

「でも、ミアがそうしたいなら、昼の街を歩いてみてもいいよ」

 とんでもないことを言うリヒトに、ミアは勢いよくかぶりを振る。突然の動きで手を放しそびれたリヒトの手に髪が引っ張られ、彼が眉をひそめた。


「ミア、そんな乱暴にしたら――」

 多分、彼女の痛みを案じてくれたのだろう台詞を遮って、声を張り上げる。

「絶対、ダメ!」

 青い瞳を光らせて、彼女はリヒトに詰め寄った。

 リヒトは陽の光に触れたら灰になる――父のように。それは、可能性ですら頭に浮かべたくない、けれども絶対に揺らぐことのない事実だ。


「そんなこと、しないし絶対許さないからね!」

 ミアの剣幕に彼は目をしばたたかせ、次いで、笑った。

「あなたがそう言うなら」

 妙に満足そうなリヒトのその笑顔に、ミアは眉間にしわを寄せる。

「私をからかったの?」

「まさか。僕はただ、あなた望みなら何でも叶えたいと思っているだけだよ」

「私の望みは、リヒトが私の隣にいることよ」

 仏頂面で呟くと、彼はまた、笑った。彼女の答えなど、とうに判っていたというように。


 ミアはそんなリヒトを睨み付け、再び街が作る星空を見下ろす。

 レオンハルトとだってあんなに色々なところに行ったのに、この光景は知らなかった。きっと、他にもまだ彼女が見たことがなかったもの、聞いたことがなかったものがたくさんあるのだろう。

 そう思ったミアの胸の内に、ふと、小さな疑問が生まれる。


「お父さまとお母さまは、私が広い世界を旅することを望んでいたって、レオンは言っていたわ」

 呟いたミアを、リヒトが首をかしげるようにして見つめてくるのが気配で判った。彼に視線を返すことなく、続ける。

「二人は、幸せではなかったのかな。本当は、こんなふうに外の世界を見たいと思っていたのかな」


 だから、ミアにその夢を託したのだろうか。

 だとすれば、少し、悲しい。


 深くうつむいたミアに、静かなリヒトの声が届く。

「不幸、ではなかったと思うよ」

「どうして?」

 見上げたミアの頬をリヒトの手のひらが包み込んだ。

「お互い、大事な人といられたのだからね」

 それが全てだと、言わんばかりだった。

「そう、かな」

「そうだよ。それに、あなたという宝も授かって、二人が不幸であったはずがない」

 断言したリヒトの声にも眼差しにも、一片の迷いも見いだせなかった。


 ミアは胸を膨らませるように、スゥッと大きく息を吸い込む。

「お父さまが私を置いていってしまったこと、少し、恨めしく思ったわ」


 でも。


「今は、私のことを解き放ってくれてありがとう、と、思えるの」

「僕こそ、お父上にはいくら感謝をしても足りないよ。そのおかげであなたと逢えたのだから」

 微笑みと共に届けられた言葉に、ミアは胸の内で頷く。

(お父さまといたら、リヒトとは逢えなかった)

 あの別れがあったから、リヒトと巡り逢うことができたのだ。


「私たちは身体的には確かに時が止まった存在だけれども、その中でどう生きるかは私たち次第なの。止まった時の中で止まったままでいることもできる。でも、そうではない生き方も選べる」

 ミアは、レオンハルトから譲り受けた懐中時計を取り出し、見つめる。


「私は、行くわ。二人が見られなかった世界を、見に行くの」


 大事な人と、一緒に。


 胸の中でそう続け、真っ直ぐにリヒトを見つめてそう告げた彼女に、彼は微笑む。

「僕は、あなたがどんな道を選んでも共にその道を行くだけだよ。どこまででも、ね」

 ミアはリヒトのその言葉を瞬き一つせずに聴き、そして、コトンと頭を彼の胸にもたれさせた。

「……ありがとう」

 かすれた声でそう言った彼女を、リヒトが腕の中に引き寄せてくれる。

「僕こそ、ありがとう、だ」

 ミアの耳元でそう囁いたリヒトの背に、彼女は両手を回す。


「傍に、いてね」

 硬い胸に額を押し付け囁いたミアに頷くように、リヒトの腕に力が込められた。


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