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闇森の獣は光に焦がれる~氷輪の姫と病める光明~  作者: トウリン
そして、今

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崩壊②

 こらえきれずにしゃくりあげた瞬間リヒトの手が伸びてきて、ミアを彼の腕の中へと引き寄せる。

「僕は、あなたを独りにはしないよ。だから、ずっと、僕をあなたの傍にいさせてよ」

 抱き締める、というにはきつ過ぎる抱擁だった。ミアを慰撫する為ではなく、リヒトの方が彼女に縋りついているかのようだ。


「リヒト……」

 名を呼ぶと、いっそう彼の腕の力が強くなる。

「お願いだ。僕と一緒にいて――僕を置いていかないで」

 その『置いていく』は、空間的な意味なのか、それとも、時間的な意味なのか。

 ミアの耳元で囁かれたリヒトの声は軋んでいて、その腕以上に彼女の胸を締め付ける。ミアを抱きすくめているその身体は彼女よりもずっと大きなものになっているというのに、何故か、出会った頃の小さなリヒトを抱きしめているような心持ちになった。

 リヒトがミアを望む気持ちは伝わってくる。切実に、苦しいほどに。

 けれども彼女は、それをそのまま受け止めることができない。ひたむきな想いを告げられるほど、疑問が湧く――湧いてしまう。


 だから。


「リヒトはそう言うけれど、それは本当にお前が望んでいることなの?」

 思わず、そんな言葉が口から転がりだしていた。

「え?」

 束の間リヒトの腕が緩み、訝しげな彼の眼が彼女を見下ろしてくる。うつむくことでその視線から逃げ、ミアは問う。


「リヒトは私といたいと言うけれど、それは、本当に、正しい気持ち――考えからなの?」

「どういう、意味……?」

 リヒトの声には戸惑いが滲んでいる。

 ミアは手を伸ばし、そっと彼の頬に指先で触れた。


「リヒトの世界には、私しかいない」


 その台詞にホッとしたように微笑み、リヒトは自分に触れている彼女の手を取り、唇を押し当てる。

「そうだよ。僕には君だけ――」

「だからではないの? 私と一緒にいたいのは、私しか知らないからではないの?」

「――え?」

 眉をひそめたリヒトから、ミアは手を引いた。

「私しか知らないのに、私しか要らないっていうのは、何か違うと思う。それは、――間違ってる」

「間違ってなんかいない!」

 声を上げたリヒトが、ミアの肩を掴んで寝台に押し倒す。覆い被さるようにして見下ろしてくる彼を、ミアは真っ直ぐに見上げた。


「でも、外に出て、もっと他の人と出会えたら、他にも一緒にいたいと思える人ができるかもしれない」

 きっぱりと告げると、リヒトの顔が悔しげに歪んだ。ミアの肩を掴む手に、力がこもる。

「どうしてそんなことを言うんだ? この想いは、他と比べられるものじゃない。僕はあなたを愛しているんだ。あなたが僕に対してどう思っているかは、何でもいいよ。同情でも、義務感でも、何でも。同じ想いを返してほしいとは、言わない。でも、僕は、あなたを愛しているからずっと共に生きていきたいと思うんだ」

 吐き出されたかすれた声に、しかし、ミアの胸が冷たくなった。


「……愛?」


「そうだよ。僕は、あなたを愛している。だから、あなたの傍にいたい。あなたとずっと共に在りたい。生も、死も、あなたと共にしたいんだ」

 ミアはリヒトを見る。その言葉は、どうしてか、彼女をゾッとさせた。

 一瞬脳裡に閃いたのは、温室で見かけた土の山。


 いや、違う。


(あれじゃ、ないわ。何か、違う……)

 もっと、ずっと、古い記憶だ。

 胸の奥に閉じ込めていた何かが、今にも封を破って噴き出してきそうだった。

 苦しい。怖い。

 愛など欲しくない。

 リヒトから、愛されたくなどない。

 頭の中に溢れかえったのは、強烈な拒否感だった。

 そんなふうに彼に言わせてはいけない――そんな思いを抱かせてはいけない。

 それは、とても危険なことだ。

 何の根拠もないのに、ミアの中で激しい警告が打ち鳴らされた。

 彼女は反射的にかぶりを振る。


「いやよ」

「いや……?」

「ソレは、要らないわ」

「要らないって、何が?」

「愛、よ。それはダメ。ソレは、要らない」

 頑なに拒むミアに、リヒトが息を呑んだ。

「ミア……」

 リヒトの目は、怖いほどの光を放っている。それに射竦められそうになるのを振り払い、身をよじって彼から逃れようとした。

「放して」

 だが、リヒトは応えず、ミアの肩を押さえる彼の手は、ビクともしない。

「放して!」

「いやだ」

 ミアの抵抗を一蹴し、リヒトは彼女の手を持ち上げ爪の一つ一つに口づける。


「ミア、僕はあなたを愛しているんだ。要らないと言われても、これを消すことはできない。あなたは僕の全てで、あなたがいなければ、僕の生には意味がないんだ」

 再び告げられ、ミアは唇を噛む。血がにじむほどに。

 リヒトに、そんなことを言わせていてはいけない。その想いを持たせていては、いけない。でないと、取り返しのつかないことが起きてしまう。

「そんなことを言うなら、一緒にはいられない。私は、もう行くから」

 今すぐ、彼から離れなければ、手遅れになってしまう。

 ミアは渾身の力でリヒトから逃れようとしたけれど、やはり、敵わない。


 もがくミアをリヒトは底の見えない眼差しで見下ろしている。そして、ポツリと言った。

「僕を置いて行くつもりだったくせに」

「え?」

 動きを止めたミアに、リヒトは暗く笑った。

「どちらにしても、僕を置いて、あの男と行くつもりだったんだろう?」

「あの、男?」

 ――置いて、行く?


 彼が言っている意味が解らない。


 眉をひそめているミアを、リヒトは彼らしからぬ鋭い視線で見下ろしてくる。

「さっき、聞いていたんだよ。あの男――レオンハルトと話しているのを」

「! あれは――」

「彼と行くんだよね」

「そうよ。でも――」

「僕がそれを許すと思ったんだ?」

「違う! 話を――」

「聞かない。こればかりは、聞けないよ」

 ちゃんと説明しようとするミアを、リヒトはことごとく遮ってしまう。

 彼はミアの両手を彼女の頭の上で一つにまとめ、手繰り寄せた敷布でグルグルと縛った。

 リヒトは、空いた両手でミアの頬を包み込む。


「僕はあなたを手放さない。僕から離れるなんて、絶対に、許さない」

 そう告げて、彼は手を下げ、ミアの服を掴み、そしてひと息にそれを左右に引き裂いた。


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