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闇森の獣は光に焦がれる~氷輪の姫と病める光明~  作者: トウリン
そして、今

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リヒトとレオンハルト②

 深紅の瞳。

 レオンハルトとミアの、共通点。


 それはヴァンピールという種族の共通点でしかないのだろうが、二人の間のつながりをリヒトに突き付けてくるようで、不快だ。


 その胸中を押し隠し、リヒトはレオンハルトに向けて笑みを作る。

「あなたとミアは、ヴァンピール、でいいんですよね?」

「ん? ああ。純粋な、ではないがな」

「どういう意味ですか?」

 眉根を寄せたリヒトに、レオンハルトは肩をすくめた。

「俺はヴァンピールとヴェアヴォルフ、あいつはヴァンピールとヒトとの間に生まれたんだよ。生粋のヴァンピールじゃねぇ。混ざりもんだ」

 彼の答えに、リヒトの中の疑問が一つ解消する。

 このレオンハルトという男はミアの中で大きな位置を占める甚だ忌々しい存在であることは確かだが、ヴァンピールの情報を仕入れるのに一番適した相手であることもまた事実だ。


(色々訊き出しておくか)

 リヒトはにこりと笑い、言う。

「純粋なヴァンピールではないから、陽の光に耐えられるわけですか」

「灰にならずにってか? ああ。よく知ってるな」

「伝承では割と有名な部分です」

「へぇ」

 あまり興味がなさそうに相槌を打ったレオンハルトに、リヒトは彼が一番興味を抱いている事柄を持ち出す。


「ヴァンピールの伝承で有名なものが、もう一つ、ありますよね」

「もう一つ?」

「ええ。ヴァンピールに血を飲まれた者はヴァンピールになる、というものです」

 リヒトは、それを肯定してくれる答えを、喉から手が出るほど欲しかった。


 が、しかし。


「ああ、それか。それは、ガセだ」

「ガセ……ヒトをヴァンピールにすることはできない、と――?」

 愕然とするリヒトに、レオンハルトは目を眇める。

「いや、それはできるんだがな。やり方が違うんだ」

「やり方が――では、どうしたら?」

 リヒトはパッと顔を上げてそう問いかけたが、レオンハルトは答えの代わりに窺う眼差しを彼に向けてくる。リヒトにそれを教えるべきか否か、迷っているようだ。

「できるなら、教えてください」

 掴みかからん勢いで乞うたリヒトに、レオンハルトはそれまでの飄々としたものとは異なる低い声で問い返してくる。


「仮にヴァンピールになれたとして、お前はあの子を幸せにできるのか?」

「します」

「断定かよ」

 間髪入れずに返したリヒトに、半ば呆れた口調でレオンハルトは言った。

「お前は、どうしてヴァンピールになりたいんだ? 永遠に、生きたいからか?」

「いいえ」

 リヒトは即答し、続ける。

「この命そのものに、未練も執着もありません。もしもミアと出逢わなければ、僕はとうにこの世界に愛想を尽かしていました。僕が生きたいと思うのは彼女がいるからです。彼女がいなければ、何の意味もない。僕はミアと共に生きていきたいから、彼女と同じものになりたいんです」

 迷いなくそう告げたリヒトに、レオンハルトはなんとも複雑そうな顔になった。


「こりゃ、無意識に親父と似た奴選んじまったってことか。吉と出るか凶と出るか、微妙なところだな」

 ボソボソとこぼすように呟き、バリバリと頭を掻く。

「どういう意味です?」

「いや、こっちの話。まあ、取り敢えず、それに関しちゃ早いとこあいつをその気にさせろよ。今んとこ、かなり難しそうだけどな」

「眷属になる方法は、教えてくれないのですか?」

「あいつが同意するのが先だよ」

 レオンハルトは、この件に関してこれ以上口を緩めそうにない。


 ここまでミアの意思を尊重することにこだわるということは、裏を返せば、ミアの意思がなくとも叶えられるということなのだろうか。


(もしかしたら……)

 リヒトの頭の中に、一つの仮定が閃いた。が、もしもその考えが正しいならば、リヒトがそれに気づいたということをレオンハルトに悟られるのはあまり望ましくない展開だろう。


 そこで、ふと、リヒトは妥協案を思いつく。

「あなたもヴァンピールなんですよね? だったら、僕をヴァンピールにすることを、あなたにお願いすることはできないのですか?」

 リヒトのその台詞に、レオンハルトは肩をすくめた。

「できることはできるが、俺と繋がりたくないだろ」

「繋がる?」

「ああ。眷属――後天的なヴァンピールは、そいつを眷属にしたヴァンピールと繋がるんだ。ある種の主従関係になるな。感覚が繋がり、互いにどこにいるかが判るようになる。命が繋がり、主が死ねば眷属も死ぬ」

 ミアとそうなれるのであれば、それは、リヒトにとっては願ったり叶ったりだ。


 だが、もしかして。


「ミアはそれが嫌で僕をヴァンピールにしようとしないのかな」

 そんなふうに深い絆をリヒトと結ぶことに、抵抗があるのだろうか。

 独り言ちたリヒトの呟きを、耳ざとくレオンハルトが拾う。

「それは関係ねぇだろ。あいつも色々あるからさ。ま、とにかくそういうことだから、俺が相手じゃない方がいいだろ。ひとまずあんたも帰れよ。で、あいつの話を聞いてやってくれや」


『話』。


 その一言に、去り際のミアの台詞が脳裏によみがえり、知らずリヒトの手が拳を固めた。

「そう、ですね」

 この胸の内の苛立ちを、顔にも声にも出していなかったはずだ。だが、レオンハルトは目をすがめてリヒトを見下ろす。

「あいつに妙な真似するなよ?」

 釘を刺す彼に、リヒトが置いた間はほんのわずかなものだった。

「もちろんです。ちゃんとしますよ――話を」

 レオンハルトはまだ疑わしげにリヒトを見ていたが、いかにも渋々とという風情で盛大なため息をついた。


「まあ、俺もいつまでもあいつにべったりでいるわけにもいかねぇからな。取り敢えず、俺も言うべきことを言う覚悟ができたら行くからよ。ミアにもそう伝えてくれ」

「言うべきこと、ですか?」

「ああ。まぁ、こっちにも色々と事情があるんだよ」

 この、豪放磊落を通り越してかなり大雑把そうな男が言い渋るとは、どれほど厄介な内容なのだろう。

 リヒトは眉根を寄せたが、尋ねたところで彼が答えるはずがない。

「わかりました。では、失礼します」


 ミアに会って、取り敢えずは彼女の話を聞く。

 だが、その先をどうするかは、正直、リヒト自身にも定まってはいない。

 彼女を手放す気は毛頭ないが、その為に、自分はどこまでするだろう。


(……判らないな)

 胸の内でそう呟き、ひたと見据えてくるレオンハルトの視線から逃れるように踵を返す。

 歩き出したリヒトの背中に、「またな」という声が投げかけられた。


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