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闇森の獣は光に焦がれる~氷輪の姫と病める光明~  作者: トウリン
そして、今

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悩んで、迷って、それでも――

 白い小鳥が一羽、澄み渡る青空を舞う。

 ミアはそれを追いかけ森の中を駆けた。


 屋敷を抜け出したことを、リヒトには言っていない。なんのためにと問われることも、ついてこられるのも避けたかったからだ。


 出てくるとき、リヒトは書斎にいたけれど、多分、すぐにミアがいないことに気が付くだろう。

(心配させるかな)

 ここ最近のリヒトに対する自分の態度がおかしかったという自覚はある。彼に、ミアがいなくなったと思わせてしまうかもしれない。

(ごめんね、リヒト。ちょっと出てくるだけだから)

 取り敢えず、帰ったらちゃんと謝ろうと思いつつ、ミアは小鳥を追いかけた。


 ややして、小鳥がクルリクルリと旋回し始める。どうやら、目的地に着いたらしい。何となく見覚えがある場所で、しばし小首をかしげた後、リヒトとの待ち合わせに使っていた辺りだということに気付く。季節が違うから、すぐには判らなかった。

 ミアは足を止め、辺りを見渡す。物音も、人の気配もないけれど。


「レオン? いるの?」


 白い小鳥はレオンハルトが連絡手段として残していってくれたものだ。怪我をして死にかけていたところに血を与え、助けたのだという。数日前にレオンハルトの元へ送り出し、戻ってきたということは彼を連れてきてくれたということになるはずだ。


「レオン?」

 二度目の呼びかけと同時に、背後から声がかけられる。

「久しぶり」

 その声に振り返るより早く、ミアは両脇に差し込まれた手でふわりと持ち上げられた。宙でクルリとひっくり返され、丸太のような腕で高く掲げられた彼女は、黄金の髪と鮮血を映す真紅の瞳を見下ろす。

「レオン」

「よう」

 レオンハルトは、ミアに向けてニッカリと唇を横に引くようにして笑った。ヴェアヴォルフの血を引くせいか、ミアのものよりもかなり長い犬歯が、剥き出しになる。その笑顔は獰猛な肉食獣を思わせるものだが、ミアに注ぐ眼差しは温かい。


 彼はしげしげと彼女を眺める。

「変わってねぇなぁ」

「当たり前じゃない。たった十年だもの」

 ヴァンピールが十年かそこらで変わるはずがない。当然じゃないかと首を傾げたミアの前で、レオンハルトが妙な顔になった。注文したものと違う料理が出てきたというような顔に。

「そういう意味じゃねぇんだけどよ。……結構頑張るな、あいつ」

 ポソリと付け加えられた彼の台詞に、ミアは眉をひそめる。

「どういう意味?」

「男の事情の話。気にするな」

 彼は笑い、ミアを下ろすと、その大きな手をポンと彼女の頭の上にのせて、髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜるようにして撫でた。ミアが幼い頃から何度もされてきたやり方で、髪が絡まるからやめてくれと言っても、やめてはくれない。ので、とうに諦めた。


 解放されてから仏頂面で髪を直すミアを、レオンハルトが見下ろす。

「まあとにかく、元気そうで何よりだ。で、どうしたんだ? そろそろあいつといるのに飽きたのか?」

 冗談混じり――冗談よりも本気が多いと思われる――の声音で言ったレオンハルトを、ミアは睨み付ける。

「違うわよ」

 言ってから、分厚い筋肉で覆われた硬い彼の胸にしがみついた。

「どうした?」

「ちょっと、確かめてるの」

 レオンハルトは見上げるような巨躯だから、そうしていると彼のみぞおちが目の前に来る。ミアはギュゥとそこに顔を押し付けた。


 懐かしい、匂い。

 幼い頃から、レオンハルトはミアにとって絶対に揺らがない柱のようなものだった。寂しい時も、不安な時も、彼の広い胸に包まれたら、落ち着けた。


 今も、そう――なるはず、なのに。


(どうして、何かが物足りないような気がするのだろう)

 匂いと温もりと感触。

 親よりも長い時間を共に過ごしてきた、誰よりも馴染んだ相手のはずなのに。

 多分、ミアの『居場所』はもうレオンハルトの隣ではないのだろう。

 ミアはもう一度ギュッと抱きついてから、彼から離れる。


「ねえ、レオン。お父さまはどこにいると思う」


 ミアのその問いが唐突だったせいか、彼女の頭の上に置かれていたレオンハルトの手がピクリとはねた。

「え?」

「お父さまよ。会いたいの。会って訊きたいことがあるの」

「あいつに……? いや、それは……」

 レオンハルトの返事は歯切れが悪い。

「心当たりはない?」

「ないなぁ」

「そう……」

 肩と同時に視線を落としたミアの顎にレオンハルトが指をかけ、持ち上げる。

「訊きたいことってのは、何なんだ?」

 言ってみろ、と眼で促してくる彼に、答えるべきか迷った。が、結局、応じる。


「……レオンは、誰かを眷属にしたいって思ったことある?」

「しそびれたことなら、あるよ」

 問いとは微妙にずれた彼の答えに、ミアは眉根を寄せた。

「それって、結局しなかったってことだよね。したいと思ったけど、できなかったの?」

「というより、その頃は俺もまだガキだったから、そもそも、目の前で死にかけてる相手を前にしてどうすればいいか判らなかったんだよ」

「すれば良かったって思ってる?」

「そうだな」

「してたら、今度はしなければ良かったって、後悔しない?」

「さぁな。後悔ってのは、後からするもんだろ? やってねぇことにはどうこう言えねぇよ」

 苦笑混じりにそう返し、レオンハルトはその場にしゃがみ込む。そうすると、少しばかりミアよりも目線が下になった。

 レオンハルトはミアの目を覗き込みながら、問うてくる。


「あいつを――リヒトを、眷属にしたいのか?」

「したくない」

 訊かれた瞬間そう答えていて、ミアは唇を噛んだ。そうして、言い換える。

「……判らないの。リヒトとずっと一緒にいたいと思うけど、でも……」

「でも、あいつはお前にベタ惚れじゃねぇか。どうせ、あいつの方からしてくれとか言い出したんじゃねぇの? だったらしてやればいいだろ」

 彼のその台詞に、ミアはかぶりを振る。

「一緒にいたいっていうだけで眷属にするのは、間違ってる――してはいけないことな気がする」

「いけないこと、か。つまり、あいつを捜し出して、どうしてお前の母親を眷属にしなかったのか、訊きたいんだな?」

 確かめるようにそう問われ、ミアは少しためらってから頷いた。

 レオンハルトは頭を下げ、地面に向けてため息をつく。しばらくそのままでいてから、また顔を上げた。


「あいつらにはあいつらの考えがあった。お前とリヒトとは、また違うだろ」

「でも、お父さまもお母さまも、どちらもずっと一緒にいたいと思ってたはずよ」

 その願いは、ミアとリヒトと、同じだ。

「それはそうだけどな、あいつらとお前たちとじゃ、状況が全然違うだろ」

「……」

 また唇を噛んだミアの頬に、レオンハルトが手を伸ばす。そっとミアの顔を両手で包み込み、彼女の目を見つめた。


「これは、答えが決まっている問題じゃない。お前はお前で考えろ――リヒトのことを心配してやるのはいい。だが、それを言い訳にするなよ。ぶち当たった壁を避けるだけじゃ、そのうち行き詰まるぞ? それにな、長い人生、絶対に避けちゃならねぇ壁もあるんだ。それをちゃんと見極めろ。それを見誤れば、一生もんの後悔になるぞ?」

 静かな声でのその言葉は、まるでレオンハルト自身がその『後悔』を抱いているような口調だった。いつも明るく煌いている真紅の瞳にも、ほんの一瞬、翳が走る。


 レオンハルトにも抱えているものがあるのだと、ミアは初めて気が付いた。今まで彼女に見せたことがなかったけれど、彼だって何百年も生きているのだ。いくらお気楽そうにしていても、心に沈む重荷の一つや二つ、ないわけがない。ただ、ミアには見せていなかっただけで。

 皆それぞれに、過去や、理由や、迷いがある。ずっと、迷わずに、悩まずに、ぬるま湯の中だけで生きていくことなど、できないのだ。

 誰だって、いつだって、考えて、苦しんで、それでもいずれは道を選ばなくてはいけなくて、その道を歩いていかなければならない。


「私も、後悔なんてしたくない。リヒトから逃げようとしているわけでもない。私だって考えてるよ。考えてるから、お父さまの話も訊きたいの。お父さまはあんなにお母さまを大事にしていたのに、どうして眷属にしなかったのかって。どうして――」

 ミアはそこで口ごもり、そして続ける。きっぱりとした口調で。

「それを知りたいから、お父さまを捜しに行きたいの。お父さまの考えを聞いたからって、お父さまたちと同じにしようと思ってるわけじゃないわ。でも、知りたいの」

 それが、この半月考えに考えて出した答えだった。

 きっと、父は母を眷属にしたいと思い、母は父に眷属にして欲しいと思っていたはず。

 その望みを妨げたものは、何だったのか。


(それを、知りたい)


 ミアはレオンハルトを見つめる。

「だから、お願い。連れて行って。一緒に、捜して」


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