目が醒めて
ミアは、寝ぼけ眼でムクリと起き上がった。そうして、目をこすりながら首を傾げる。
いったい、いつの間に布団に入ったのだろう。
昨日は朝起きてから、いつものように母のもとへ行き、それから――
それから。
ミアは首をかしげる。
一日どうやって過ごしたか、覚えていない。
何だか忘れてはいけないことを忘れてしまっているようで、ミアの胸の中に不快なざわつきがこみ上げてくる。
と、見慣れぬものが視界に映り込み、ミアはふと眉をひそめた。
肩先から滑り落ちる、銀色のモノ。
持ち上げてみると、確かに自分の髪だ。
(なんで、銀色?)
彼女の髪は父と同じように真っ直ぐだけれども、色は母と同じ朝焼けの空のような紅みを帯びた金のはず。
「レオンがまたイタズラしたのかな」
ミアは、ムゥと唇を尖らせた。前に、起きたらクルクルの巻毛になっていたことがあったけれど、今度は色を変えられてしまったのだろうか。
「オトナのくせに、こんなことばっかして」
仕方のない人だとため息をこぼしつつ、ミアは寝台から下りて服を着替え、母のもとに向かう。最近は眠りがちで応えてくれることがあまりなくなってしまったけれども、起きて一番に母に「おはよう」と言うのがミアの大事な日課だ。
ミアは、母と、漏れなく父もいるはずの二人の寝室の扉を叩き、中からの促しを待った。
が。
「?」
返事が、ない。
彼女は眉をひそめながら、ためらいがちに扉を開いた。
「お父さま……お母さま……?」
覗き込んでも――誰の姿もない。部屋の中、ほぼ中央に置かれた寝台の上には、母が横たわっている筈なのに。
中に入って寝台を覗き込み、部屋の隅々まで探して、ミアは途方に暮れた。
やっぱり、影も形もない。
再び主のいない寝台に戻って微かにくぼみの残る枕に手を伸ばしたけれど、それはひんやりとしていて、温もりの欠片もなかった。
二人ともどこに行ってしまったのだろうと立ち尽くしていたミアに、背後から低い声がかけられる。
「ミア。起きたのか」
パッと振り向くと、そこにレオンハルトが立っていた。彼は、何かを探るような眼差しを彼女に向けている。
いつでも率直なレオンハルトらしくないその様子に違和感を覚えつつ、ミアは彼に駆け寄った。
「お母さまとお父さまがいらっしゃらないわ。どこにいるの?」
ミアのその問いに、レオンハルトが喉の奥で変な音を立てる。彼はジッとミアを見つめ、そして鎧戸が下ろされ、灯りもともされていない部屋の中へ視線を移した。
「レオン?」
妙な態度に、ミアは彼の服の裾を引く。
レオンハルトはすぐには応じてくれなくて、しかめ面をして、空っぽの寝台を睨みつけている。
「レオンってば!」
何も言ってくれないレオンハルトに焦れて、ミアは両手で彼の服を引っ張った。それからややして、ようやく彼がミアを見てくれる。
けれど、やっぱり、おかしい。
いつもなら抱き上げたりしゃがみこんでくれたりしてミアと視線の高さを揃えてくれるのに。
レオンハルトは、何だか、どうしたら良いか判らない、というように見えた。どんな時でも自信たっぷり、余裕しゃくしゃくの彼らしくない。
「レオン?」
首をかしげて三度目に呼びかけると、レオンハルトはハァと小さなため息をこぼした。
そして、ようやく。
「ああっと、あいつらは、だな――」
レオンハルトはまるで喉に何か引っかかっているかのように咳払いをして、少し怖いくらいに強い光を浮かべた眼差しでミアの目を見つめながら、口を開いた。