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闇森の獣は光に焦がれる~氷輪の姫と病める光明~  作者: トウリン
リヒト17歳

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牽制という名の化かし合い②

 声に出されずとも、ものすごく、この上なく不本意だ、というのは嫌というほど伝わってきた。

 

 ややして。


「ったく、過保護にし過ぎたかな。もうチョイ、人生の酸い方を教えておけば良かったぜ」

 言いながら、レオンハルトはバリバリと黄金の髪を掻きむしる。そうして、もう一度深々とため息を吐き出した。

「ミア、はぐれた時の連絡手段は覚えているよな?」

「うん」

 リヒトの腕の中で、ミアがコクリと頷く。

「じゃあ、そいつから離れたいと思ったら、いつでも言えよ?」

「そんなことは起こりませんから」

 即座に切り返したリヒトの声は無視され、歩み寄ってきたレオンハルトは片手を伸ばしてミアの頭をくしゃくしゃと撫でた。彼女は、首をすくめてそれを受けている。リヒトといる時には見せない態度はずいぶんと幼く可愛らしく、彼はそんな彼女を見ることに新鮮な喜びを覚えつつ、同時に妬心も抱いた。レオンハルトの手を遠ざけるために一歩下がってしまいたくなるのを、かなりの自制心を働かせて我慢する。


「たまに、様子を見に寄るからな」

 いくつかミアに告げた後、最後にギロリとリヒトに対して眼を光らせて、レオンハルトはそう言った。単に『寄る』だけではないというのは、言われずとも判る。

「是非とも。最高級のお茶とお菓子を用意してお待ちしていますよ」

 それだけ喰らったらさっさと帰ってくださいよと、リヒトも言外に含ませて。

 レオンハルトはまさに苦虫を嚙み潰して呑み込んだように鼻の上に皺を寄せた。ブツブツと何か呟いているが、どうせ、「どうしてこんな奴に」とか何とか、言っているのだろう。

「その分厚い化け猫の皮が早々に剥がれちまわなけりゃいいけどな」

「レオン!」

 再びリヒトのことを庇おうとしてくれるミアに甘くニコリと笑いかけ、内心の優越感を覆い隠してレオンハルトにかぶりを振った。

「そんなもの、被っていませんよ? ミアのことは下手な王侯貴族よりも大事にしますから、大船に乗った気分で任せてもらって大丈夫です」

 人畜無害の仮面を被るのはお手の物だが、どうやらレオンハルトには効果が薄いらしい。

「その大船にゃ何が乗ってるんだか……まあいい。とにかく、もうムリだと思ったら速攻報せを寄こせよな」

 最後にまたワシワシとミアの銀髪を乱してから、レオンハルトは身を翻す。のしのしと大股に去っていく彼を充分に見送ってから、リヒトはミアに眼を戻した。


「じゃあ、行こうか」

 ようやく晴れ晴れとした気分になってリヒトは言ったが、何故か腕の中のミアは眉をひそめている。

「ミア、どうかした?」

「……そろそろ下ろして欲しいのだけど」

 むっすりと返してきたミアに、リヒトは目をしばたたかせた。

「腕が疲れたら下ろすよ」

「そうじゃなくて、私は、下ろして欲しいの」

 先の台詞よりもう少し強い口調になったミアに、リヒトはにっこりと笑顔を返す。

「ごめん、いやだ。あなたが一緒に来てくれるという喜びをもう少し噛み締めさせて」

 答えて、ミアの要望とは反対に、腕に力を込めた。

 歩き出してしまえば諦めたのか、ミアの身体から力が抜ける。彼女はため息を一つ漏らしてからリヒトの肩に腕を回し、彼の胸にもたれかかってくる。リヒトはその重みを楽しみながら、ゆっくりと足を運んだ。邸に着いたら下ろさなければならないから、ことさらに、ゆっくりと。


 しばらくはどちらも口を開かず、サクサクと、リヒトが落ち葉を踏む音だけが辺りに響いていた。


 帰路も半ばを過ぎたころ、ポツリとミアが問いかけてくる。


「私がいやだと言ったら、どうしてた?」

 リヒトは足を止め、少し腕の力を緩める。顔を上げたミアが、その青い瞳でジッと彼を見つめていた。

「私が絶対に行かないって言ってたら、どうしてたの?」

「ん? ああ、そうだね、無理やり連れ帰って、大きな鳥籠でも作って閉じ込めるとか?」

 リヒトの答えに、ミアが大きく一つ、瞬きをする。面食らったようなその顔の愛らしさを堪能し、彼はニコリと笑う。

「嫌だな、冗談だよ」

 まあ、冗談一割、本気九割、だが。鳥籠とまではいかないが、鎖くらいは用意する。

「そうじゃなくて、私が訊きたかったのは――ッ、もう、いい」

 プイとそっぽを向いたミアに、ああ、そうかとリヒトは思い至る。


「アレも本気だったよ。本当に、あなたと共に在れないのであれば、生きていても仕方がないと思ったから。僕は、これまでだって、あなたに逢える一日の為だけに生きてきたんだ。もうずっと、一日しか逢えないことが苦痛でならなかったんだよ」

 笑顔で本気そのものの台詞を吐いたリヒトを前にして、ミアは唇を引き結んだ。

「私は……私は、そんなに特別な存在ではないわ」

「僕にとっては特別、だよ。特別なんて言葉では足りないくらいだ」

 心の底からの思いでそう答えて微笑むと、ミアの視線が揺らいだ。

「どうして、……」

 口ごもった彼女は、それきり唇を噛んで黙り込んでしまう。


 リヒトから眼を逸らしているミアを、彼はジッと見つめた。

 その(おもて)に浮かぶものは、いったい何なのだろう。


(不安?)

 いや、それよりももう少し強く――怯えに、近いようにも見える。

 自分の言葉の何がミアにそれほどの影響を及ぼしたのかが、リヒトには掴めない。


(それを見極める必要がありそうだ)

 まだまだ油断はできないなと胸の中で呟いて、リヒトは再び歩き出した。


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